シリーズ「南極観測隊の生活を支える技術」 第8回

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南極昭和基地での太陽エネルギー利用

国立極地研究所極地工学研究グループ 石沢 賢二

1. はじめに  昭和基地は南緯69度にあり、太陽高度も最大で40度と低いため、エネルギーとしての太陽光利用はあまり期待できないと思われがちです。しかし、年間の積算日射量は、日本国内と同等であり、夏期には東京の約3倍の量があります(図1)。
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図1 昭和基地と東京の全天日射量

 南極で日射量が大きい理由として第一にあげられるのは、太陽光線の空気中での減衰率が低いことです。東京などと比べると、清浄な空気中を通過して太陽光が地表まで届きます。また、雪面からの反射率は新雪の場合、0.7~0.8にも達するため、短い夏を除いてほとんど雪に覆われている昭和基地では、大きなエネルギーが得られます。雪山登山やスキーに行った時の日焼けを思い出せば、この現象は納得できると思います。また、水蒸気量が少ないことも大きな日射量が得られる原因の一つです。難点としては、5、6、7の3か月間はほとんどエネルギーが得られないことです。太陽エネルギーの素朴な利用として思い出すのは、車体を黒に塗装した雪上車です。第9次隊は、昭和基地から南極点基地までの往復5,200kmに亘る調査旅行をこの雪上車で行いました(図2)。
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図2 第9次隊の南極点調査旅行で使った黒色の雪上車

-60℃にもなる内陸氷床で快適に過ごすためのアイデアでしたが、車内はエンジンからの熱なども加わり、暑過ぎて閉口したそうです。南極の内陸高原地帯の夏は、太陽が沈まず、しかも晴天率も高いので、沿岸地帯に比べ、大きなエネルギーが得られます。図3は、年間に得られる太陽エネルギーを比較したものです。内陸奥深くで大きなエネルギーが得られることがわかります。  今回は、昭和基地での太陽光発電、太陽熱温水器、融雪などについての話題を取り上げてみます。 ishizawa_3

図3 南極大陸の単位面積あたりの年間日射量

2. 太陽光発電  南極で人間が生きるためには、食料・水の他に、暖房や電気などのエネルギーが必要です。現地で調達できるのは水だけです。燃料と食料は、砕氷船「しらせ」で持ち込む必要があります。軽由や灯油などの燃料は、観測隊物質重量の約60%を占めています(図4)。
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図4 観測隊物資の内訳:単位kg(第52次隊の例)

 観測隊は、この膨大な燃料輸送をできるだけ少なくするため、太陽光発電を計画しました。まず1996年、第37次隊で衛星受信棟の屋上にソーラーパネルと日射計を北向きに設置し、日射量と発電量の測定を行いました。その後、38次と39次隊が16基のパネルを建設し、1998年4月から最大出力20kWで、ディーゼル発電機との連系運転を始めました。当時のディーゼル発電機の平均負荷は、150kW程度なので、太陽光発電の負荷率は、最大でも13%程度でした。この2年間に設置したパネルは、すべて北向きに建設しましたが、1999年からは、北から東西にそれぞれ60度傾けた角度とし、2002年(第43次隊)で55kWの容量に達しました(図5)。
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図5 3方向(N、NE、NW)に向けたパネルの配置

 東西に傾け配置にした場合と、通常の北向きだけの場合の年間発電量を予測してみると、北向きだけにしたほうが発電量が多い結果となります。しかし、11月下旬から1月中旬まで太陽が沈まない夏期では、図6を見ればわかるように、朝から夕方までまんべんなく発電できます。あえてこのような配置にしたのは、2つの理由があります。一つは、正午頃のピーク電力が低いので、容量の小さな制御装置で済むことです。二つ目は、ディーゼル発電機との連系運転を考慮したからです。ディーゼルエンジンは一般的に、定格で運転すると高い燃料効率が得られるが、負荷が40%以下になると燃費が悪くなるばかりか、エンジンそのものに悪影響をもたらすのです。自然エネルギーの負荷分担の比率が高くなると、いろんな制約が増えます。現在の昭和基地にある大型エンジンの電力負荷は、約200kWです。太陽光パネルの容量は55kWなので、太陽光の負荷分担は多くても30%弱に過ぎませんが、今後風車などが増えてくると蓄電池などを導入する必要があります。 53次隊で得られた月ごとの出力を図7に示します。2012年2月~2013年1月の1年間の発電量は、36.568MWhで最大出力は12月の48.98kWでした。ディーゼル発電機の平均負荷が192kWだったので、太陽光の年間負荷分担率は、2.1%でした。

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図6 太陽パネルの向きによる発電量(1月)

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図7 月積算発電量と最大発電量(2012年2月~2013年1月)

2.1 パネルにヒビが入る問題  1999年6月に太陽光パネルに小さなヒビが入っているのが発見されました(図8)。この現象は、北東向きのパネルに圧倒的に多く発生していました。昭和基地では10m/s以上の風は、ほとんどが北東から吹きます。雪粒か砂の衝突、あるいは架台の振動の影響なのか?まだ結論は出ていません。パネルの傾斜角は、昭和基地の緯度に合わせて70度に設置してあるので、相当強い風圧を受けることは間違いありません。もっと傾斜を緩やかにして風圧を少なくしたら、どけだけ出力が低下するのか?日本大学の西川省吾教授が中心になり、パネルの傾斜角を0度、30度、60度、90度に配置した架台を昭和基地に設置し、発電量の比較を行いました。その結果、最大の日射量が得られるのは、傾斜角を約50度にしたときでした。しかし、20度でも90%、水平面でも75%が得られることがわかりました(文献1)。この結果をもとに、多少の発電量は犠牲にしてもヒビの発生がないパネル架台の設計ができるようになりました。
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図8 主風向に向けたパネルに入ったヒビ

3. 太陽熱温水器  太陽エネルギーを電気に変換しないで使う方法も昭和基地では利用しています。夏期隊員宿舎は、越冬隊が生活する基地中心部から約400m離れた場所にあります。この建物の横に設置してあるのが、真空2重ガラス管集熱器です(図9)。このガラス管の構造を図10に示します。真空で断熱された内部に、ポンプで強制的に不凍液を流し込むと、太陽光で暖められた温水が出てくるというものです。この集熱器で水温を30℃に高めた後、ボイラーでさらに加熱した温水を棟内循環させ、暖房として利用しています。太陽がほぼ出っぱなしの2か月間だけ使っている装置です。この温水器の効率は65%で、太陽電池の12%に比べると格段に高効率です。かつて日本の民家の屋根でも多く見られましたが、太陽電池に比べて大型で景観が良くないのか、現在ではあまり見られなくなりました。
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図9 夏期隊員宿舎に設置した真空二重ガラス管集熱器

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図10 真空二重ガラス管の構造

4. 太陽集熱パネル  水を介さないで、空気を直接温める装置もあります。図11は夏期隊員宿舎に取り付けて実験したもので、原理は、図12に示してあります。パネルの前面には透明なポリカーボネートが貼ってあります。その内側に無数の小さな穴が空いた黒色のアルミ板があり、建物壁パネルの上部に小さな吸入ファンを取り付け稼働させると、このパネルで温まった温風が室内に入ってきます。室内を暖房後、冷たくなった空気が下の穴から集熱パネルに戻って循環します。太陽が沈む夜間はファンを止めます。冷たくて重い空気が下の穴から建物内部に流入するのを防ぐために逆流防止弁を取り付けてあります。ファンの電源を太陽電池にしておくと、充分な太陽光が得られないとファンが稼働しないので好都合です。しかし、曇った日や夜間には使えないので、あくまでも補助的な暖房機です。昼しか使わない作業場などの建物に向いています。2013年に完成した自然エネルギー棟の北面と西面にも同じようなパネルを組み込んであります(図13)。9月~3月までの太陽光エネルギーから計算すると、ドラム缶35本分の暖房用灯油が節約できることになっています。
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図11 夏期第二宿舎で実験した太陽集熱パネル

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図12 太陽集熱パネルの集熱原理

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図13 自然エネルギー棟の太陽光集熱パネル

5. 砂撒きと除雪  砕氷船「しらせ」は、毎年、11月10日頃、東京を出港して南極昭和基地に向かいます。現地の越冬隊員は、そのニュースを聞くとそわそわしてきます。12月20頃には、ヘリコプターが飛んできて新しい隊の物資輸送が始まるのですが、外はまだ深い雪に覆われています。「それまでにこの雪は融けるのだろうか?」と不安になり、猛烈な勢いで除雪が始まるのが例年のパターンです。幹線道路だけでも除雪がなされていないと、物資が配送できず夏作業は滞るのです。しかし、除雪手順に関したマニュアルはなく、現地に任せきりになっています。何らかのガイドラインがあれば参考になると思い、考えてみたのを以下に紹介します。 5.1 融雪のエネルギー  融雪に関与するエネルギー源を図14に示しました。太陽放射には短波長放射と長波長放射があります。放射のすべてが雪面に吸収されるのではなく、短波長放射では、70%以上が反射してしまいます。短波・長波放射のそれぞれの入射、反射量は、長年測定されており、その合計収支を正味放射量といいます。もう一つの大きな要素は、気温が0℃以上になると直接融解に寄与する顕熱です。 図15は、10月から12月末までの正味放射量のグラフです。プラスの値になれば、積雪層にエネルギーが入り雪温を上昇させます。赤の破線で示したように、11月15日頃から急激に増えていくのがわかります。 また、日平均気温の変化を図16に示します。11月24日付近からプラスになる日が増えてくるのがわかります。図17は積雪深の変化で、これは11月25日付近から急激に減少しています。気温の上昇と強い相関性があります。
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図14 融雪に寄与するエネルギー

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図15 正味放射量の季節変化(2009~2014年)

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図16 日平均気温の推移(2009~2014年)

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図17 積雪深の推移(2009~2014年)

5.2 融雪剤散布と機械による除雪  昭和基地では以前から、砂撒きで融雪を促進させてきました(図18)。これは、雪を人為的に汚して積雪表面からの短波長放射の反射率(アルベトといいいます)を下げ、積雪内部に入るエネルギーを増加させるためです。融解は、積雪の温度が0℃以上でなければ始まりません。正味放射量が増加する11月15日頃(図15)に砂撒きをしておけば雪の中の温度が上がり、11月24日頃から始まるプラスの気温による顕熱エネルギーが加わって効率的な融雪が始まります(図19)。自然融雪と歩調を合わせて11月25日頃から重機による人為的な除雪を始めると、相乗的な効果が期待できます。ヘリコプターの第一便が飛来する12月18日頃までは、主要部の除雪を終了させることができるでしょう。
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図18 融雪促進のために行う砂撒き

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図19 砂撒きの効果

6. 終わりに  南極での地下資源の探査および採掘は南極条約によって禁止されています。しかし、南極には気象資源が豊富に存在し、その利用に規制はありません。風力エネルギーと共に大きな気象資源の一つが太陽エネルギーです。清浄な空気、夏期の高い晴天率、低温による太陽電池パネルの効率向上などの恵まれた条件を活かして、太陽エネルギーを観測活動の電源や生活用暖房に利用すれば、化石燃料を少なくすることができます。さらに、効率の良い蓄電や蓄熱設備が整えれば、外部からのエネルギー補給がいらない「ゼロエネルギー基地」も夢ではありません。 文献1 比留間一彦、西川省吾、藤野博行、石沢賢二(2016):昭和基地における太陽電池モジュールの発電性能、太陽エネルギー、Vol.42、No.3、45-52

石沢 賢二(いしざわ けんじ)プロフィール

国立極地研究所極地工学研究グループ技術職員。同研究所事業部観測協力室で長年にわたり輸送、建築、発電、環境保全などの南極設営業務に携わる。秋田大学大学院鉱山学研究科修了。第19次隊から第53次隊まで、越冬隊に5回、夏隊に2回参加、第53次隊越冬隊長を務める。米国マクマード基地・南極点基地、オーストラリアのケーシー基地・マッコ-リー基地等で調査活動を行う。
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