社員一丸で挑む、新たな冒険の始まり
DACグループ代表 石川 和則
セブンサミッツという言葉を聞いたことはあるだろうか。世界にある七大陸の最高峰を総称した呼び名だ。5年前、DACグループ創立50周年事業の1つとして「セブンサミッツプロジェクト」を立ち上げたが、社員のほとんどが耳馴染みのない言葉だったろう。しかし、今では社員の誰もが知り、当たり前に口にするワードとなった。
前回の記事でお伝えした通り、プロジェクトは佳境を迎えている。七座のうち六座まで制覇し、残すはアジア大陸最高峰にして世界最高峰 エベレストへの挑戦を残すのみだ。20代・30代の若い社員に混じり、還暦目前の役員も挑戦予定なのだから、私も70歳手前という年齢を盾にして挑戦の手を緩めることはできない。エベレストへの挑戦もまだ検討しているが、経営も冒険も、まだまだ挑戦を続けていこうと思う。
エベレスト挑戦に向け、2017年4月から役員1名・社員2名が1ヶ月かけてノースコル(7,020m)にてトレーニング実施
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このセブンサミッツプロジェクトは、決して社員に強制するものではない。しかし、冒険でしか得られない、人生にとって大きな感動は必ずある。私自身、冒険を繰り返すごとに新しい感動を得てきた。それを社員自身にも体感して欲しいとの思いを伝え、それに共感した者たちに自らエントリーしてもらう方式を取っている。関心はあっても両親の許可を得られない者、行きたいと思いつつ恐怖心が勝ってしまいエントリーを見送る者、エントリーはしたものの最終選考で落とされてしまう者― 募集をかける度に、様々な社員を見てきた。そういった課題や苦境を乗り越えた者たちが、このプロジェクトを紡いでくれているのだ。
<セブンサミッツプロジェクトの経緯>
プロジェクトは、2012年8月、6名の女性社員がキリマンジャロに登頂したことから始まった。
2012年8月26日、女性社員6名がアフリカ大陸最高峰 キリマンジャロ登頂
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2013年2月3日、男性社員3名が南米大陸最高峰 アコンカグア登頂
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2014年6月23日、私・石川が北米大陸最高峰 デナリ(マッキンリー)登頂
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2014年8月18日、男女社員3名がヨーロッパ大陸最高峰 エルブルス登頂
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2015年11月10日、男女若手社員10名がオーストラリア大陸最高峰 コジオスコ登頂
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2017年1月5日、男女社員2名が南極大陸最高峰 マウント・ビンソン登頂
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そして、来春にはプロジェクト最終章となるエベレストへの挑戦を予定している。
プロジェクトを立ち上げた当初は、10年間かけて実施していく予定だった。費用は会社が負担するのだから、予算的にも負荷はかかる。社員のトレーニング期間も必要だ。そう考えると、10年というスパンは決して短いものではない。しかし、このままの調子でいけば6年でプロジェクトが完了することになる。社員全員がプロジェクトに共感し、会社一丸となってこのプロジェクトに取り組んできたからこそ、予定を上回るペースで順調に進めてくることができたのだろう。
また、これまでに延べ25名が挑戦し、全員が登頂を果たす“完全登頂”を成し遂げてきた。業務後や貴重な休日をトレーニングに充て、重くのしかかるプレッシャーにも打ち勝ち、見事な成果でバトンを繋いできてくれた社員たちを誇りに思う。
しかし、直近の南極大陸最高峰 マウント・ビンソンは、正直なところ、この“完全登頂”のバトンが途切れると思っていた。いや、もちろん決して登頂することだけを望んでいるわけではない。挑戦し、己と、そして自然と戦う― その精神も社員に育んで欲しいと思っているのだから、必ずや登頂することを強いることはない。勇気ある撤退は辞さないとも強く伝えてある。とはいえ、挑戦するからには、登頂したからこそ得られる何かを掴み取ってきて欲しいと考えている。
見渡す限り白銀の世界が広がる
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マウント・ビンソンには社員2名が挑戦した。40代男性と20代女性だ。男性はプロジェクト第2弾 アコンカグアにも登頂成功していたから、マウント・ビンソンにも登れるだろうと思っていた。気がかりだったのは女性社員の方だ。彼女は、話に聞いたところ、登山経験はほぼない中でのエントリーだったようだ。DACグループでは、入社1年目社員に富士登山研修を実施している。その時も、彼女は下山が遅れ、皆を乗せるバスに間に合わなかったほどだったらしい。登山に対しても苦手意識があった。それでも「自分を変えたい」という熱意でエントリーしてきた心意気には感服したものの、果たして登頂できるのかという思いは、送り出した後も残ったままだった。
マウント・ビンソンに挑戦した2名
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結果、彼女は私の心配をよそに、見事登頂を果たした。ガイドを務めてくれた友人・倉岡裕之氏によると、決して難易度の高い山ではないものの、寒さとの闘いはついて回るという。それまでほぼ登山経験がなく、海外登山も初という彼女にとっては、決して簡単に射止められる相手ではない。しかし、夏でも-40℃という極寒の地で、彼女は見事に己と、そして自然と対峙し、打ち勝ってきたのだ。
マウント・ビンソン隊は2016年12月25日に日本を発った。チリから南極ユニオングレーシャー基地、マウント・ビンソンベースキャンプへと飛行機で移動。この移動だけでも体に負担がかかるのは想像に難くない。そして、標高約2,200mのベースキャンプから登山を開始したのは、2017年1月1日。2017年の幕開けを南極で迎えるというのは、世界広しといえども、なかなかできる経験ではないだろう。その後、標高約3,000m地点のC2キャンプ、約4,000m地点のハイキャンプを往復しながら高度順応を行い、自らの荷物も運んだ。ハイキャンプへは急斜面をフィックスロープを使って移動する。このフィックスロープの使い方も、日本で何度もトレーニングをして身に付けていた。
ここまでの行程は3日間。天候が荒れることも多い南極だが、幸運なことに天気に恵まれ、順調に行程を予定通り進めることができた。ちなみに、悪天候で待機せざるを得ない時のために、ユニオングレーシャー基地には数々の娯楽が用意されている。ゲームやギター、本など。日本語の本も置かれているということは、日本人も多く南極を訪れているということなのだろう。
そして、いよいよアタック当日。ここからは写真で見ていただいた方が、より情景が伝わることだろう。白銀の世界とはこのことだ。360°見渡す限り真っ白な景色が広がる。この感動は訪れた者、実際に目にした者にしか、本当のところは感じられないだろう。
遠いと感じていた山頂が、一歩一歩、足を動かすことで近付いてくる― そして、日本時間2017年1月5日、DACマウント・ビンソン隊は見事登頂を果たした。頂上から登頂報告の電話を受けた時は、心の底から嬉しさが込み上げてきた。二人を誇りに思った。そして、彼女が登頂できたことに正直驚いた。
マウント・ビンソンに挑戦した2名
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帰国した二人は、目に見えて成長していた。力強くなっていた。特に女性社員の変化は大きいものだった。一つの経験が、一人の人間を変えたのだ。私がこのプロジェクトを通して社員に得て欲しかったものを、彼女はしっかりと持ち帰ってきた。無事に帰国したことはもちろん、その成長ぶりに私は感動した。その彼女の強さに感動したのだ。
私はすぐさま、彼女の口から社員たちに経験談を語る場をいくつも用意した。人はどれだけ印象深い経験をしても、時間とともに記憶が徐々に薄れていく。だからこそ、記憶の新しいうちに、感じたこと、得たことを直接社員たちに伝えて欲しいと思ったからだ。それがこのプロジェクトの醍醐味だ。希望する者がただ登山をするだけでは意味がない。そこで得たものを社員に伝え、良い影響が伝播してこそ、プロジェクトは完了となるのだ。この若い社員が、自分に自信のなかった社員が、一つの挑戦をすることで何を得て変わることができたのか― その体験談を社員が聞き、自分の日常に落とし込んで変革をもたらしてくれれば、このプロジェクトを遂行する意義があるというものだ。
このプロジェクトも来春のエベレスト挑戦で幕を閉じる。しかし、プロジェクトはDACグループがより成長するための過程だと考えている。冒険も経営も同じ。挑戦なくして成長はない。まずはセブンサミッツプロジェクトを成功とともに無事完了させたら、その後はどんな冒険を繰り広げようか。
石川和則(いしかわ かずのり)プロフィール
1948年千葉県我孫子市に生まれる。DACグループ代表取締役社長。日本外国特派員協会(外国人記者クラブ)会員。秘境探検家として、デナリ、エベレストBC、キリマンジャロ登頂、タクラマカン砂漠横断、北極点・南極点到達。世界七大陸最高峰を社員たちがリレー方式で挑戦する「セブンサミッツプロジェクト」を進めており、残すところは2018年4月に挑戦する世界最高峰エベレストのみとなった。
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