シリーズ「南極観測隊の生活を支える技術」第2回

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雪氷を利用した構造空間

国立極地研究所極地工学研究グループ 石澤 賢二

内陸基地での構造空間の確保 氷床上にある内陸基地で活動するには、居住施設などの建物を始め、発電機室、造水槽、倉庫、実験室など様々な空間が必要です。このような空間を簡易に得るには、雪洞を掘って屋根掛けすることです。しかし、雪は時間とともに変形する塑性的性質を持つやっかいな物質です。屋根の上に溜まった雪粒はお互いに結合して大きな力となり、空間を変形させ、屋根を潰すようになります。日本隊が11次隊で建設し、第27次隊まで越冬して使用していたみずほ基地では、建物は完全に雪の中に埋まってしまいました。その当時は立って歩けた雪洞通路も天井が垂れ下がり今では危険なため出入りが禁止されています。 今回は、現地に大量にある雪や氷を使って空間を確保する様々な工夫を紹介します。 軍事基地建設に立ちはだかった積雪の力 1959年から1966年にかけて米国陸軍は、グリーンランドのキャンプ・センチュリー基地で様々な実験を行いました。この基地は、グリーンランド氷床の北西部に位置し、標高1883m、年平均気温-23.3℃、最低気温は-56.7℃で、風速は55.8m/sにも達します。年間積雪量は121.9cmでした。 この場所に、移動式核ミサイル発射基地を作るのが目的でした。当時はアメリカ合衆国とソヴィエト連邦の冷戦時代であり、アメリカはここに延4,000kmの氷中トンネルを掘削し、600個の核ミサイルを設置する計画でした(注1)。 この計画遂行のため、最盛期では人口200人の雪中都市ができました。雪の中にトレンチ(雪の溝)を掘り、屋根掛けして空間を確保しました。その中には、寝室、トイレ、造水設備、氷床ボーリング場、食堂、娯楽施設、劇場、図書室、会議室、洗濯室、食糧貯蔵庫、科学実験場、装備保管庫、原子力発電室、緊急ディーゼル発電設備、管理棟、教会、理髪室など、ほとんどの都市機能が整えられました。 また、1961年には、このトレンチの中にやぐらを組んで氷床の底まで掘削するのに成功しました。雪面から1386mまではサーマルドリルと呼ばれる技術で掘り進みました。ドリルビットの先端に熱線を埋め込み、雪面からケーブルで電力を供給します。それ以深から岩盤までの535mまでは、メカニカルドリルを使用しました。 この掘削技術は後に、地球温暖化の解明に欠かせない南極氷床でのアイスコア取得に大きく貢献することになります。 しかし、周囲の海に向かってゆっくり流れる氷床の流動と雪のクリープ(塑性変形)の影響により、掘削したトレンチや雪洞の変形は急速に進みました。空間を維持するための1カ月の除雪量は、120トンにも達し、数年ですべてのトンネルが潰れることが予想されました。そのため、1966年には閉鎖するに至りました。実際、1969年に調査のため再訪した時には、雪の重みで鉄骨は折れ曲がり、内部の建物は破壊していました。積雪の中の障害物に作用する雪の沈降力の大きさは想像を超えるものでした。 しかし、この経験から多くの新たな知見が得られ、雪の密度、硬度、強度、孔隙率など雪の物理学性質の研究は、飛躍的に発展しました。 注1) http://en.wikipedia.org/wiki/Project_Iceworm カットアンドカバー工法 氷床上にある雪だけで空間を作る方法です。最初にパワーショベルやロータリー除雪機でトレンチを掘ります。次に天井に屋根掛けをしなければなりませんが、恒久的な屋根掛けをしないのがこの工法のミソです。通常は耐力のある波状鉄板(コルゲート鉄板)などの屋根掛けにしてしまいがちです。こうすると、積雪による沈降力の影響で数年経つと屋根は変形し、最後は破壊に至ります。 図1で工法を説明します。最初に、屋根掛けした鉄板などの上にロータリー除雪車で細かく砕いた雪を撒きます。2~3日すると雪の焼結作用(融点よりも低い温度で固結する現象)により雪粒がお互いにくっついて固まります。十分固まった後、トレンチの内部から鉄板を撤去して出来上がりです。鉄板は一時的な型枠として利用したに過ぎません。

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図1 カットアンドカバー工法

雪の天井は時間とともにクリープ現象で下がってくるので、その都度内部から削り出して空間を確保する必要があります。 最近、グリーンランドの氷床で実験された方法(注2)は、掘削したトレンチの内部で空気膜を膨らませ、この上から雪を撒いて固めるというものです(図2)。雪が固まった後、膜を撤去すれば広い空間ができあがります。この空間は氷床掘削場、ガレージ、食糧庫などとして使えます。鉄板の代わりに軽量の膜を利用しているので、輸送や撤去が楽です。

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図2 トレンチ内部の膜の周囲に雪を散布する工法

できた空間は、雪氷材料だけの構造物なので、使用後には何も残りません。撤去が簡単な構造物の開発は、環境保全の面からも今後欠かせない技術となるでしょう。 注2)J.P Steffensen, Center for Ice and Climate, Niels Bohr Institute, University of Copenhagen ( 5, June, 2014): Report on the NEEM 2012 balloon trench experiment. アイスドーム 膜の周囲に雪と水をかけて固めるのがアイスドームと呼ばれるものです。雪だけですとある程度気温が高くないと焼結が進まず、固まりにくいのですが、水を用いると気温-20℃以下で一夜にして固まります。この工法は、東海大学芸術工学部の粉川名誉教授が1980年代に開発したものです。筆者は、直径10m、高さ3mのドームをあすか基地と昭和基地で合計4個作りました。簡単に作り方を図3で紹介します。この工法の特徴は、平面二重膜をロープで押さえてドーム状の型枠を作るというものです。材料費はごく安価で済みます。

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図3 アイスドームの作り方

南極では10トン以上の大量の水を確保するのがこの工法の難点です。それに対処するため筆者が考えたアイデアが図4です。前回紹介したロドリゲス井戸を使うものです。ヒーターの熱源は風車のエネルギーです。井戸の中にある程度水が溜まったら、ポンプで汲み出して散水するというものです。雪上車の格納庫や倉庫として使えたら、究極のエコ構造物になることでしょう。ただ、日射の影響で氷が昇華により薄くなるのが難点で、対策が必要です。

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図4 風車の熱で融雪・貯水し、アイスドームを作るアイデア

石澤賢二(いしざわ けんじ)プロフィール

国立極地研究所極地工学研究グループ技術職員。同研究所事業部観測協力室で長年にわたり輸送、建築、発電、環境保全などの南極設営業務に携わる。秋田大学大学院鉱山学研究科修了。第19次隊から第53次隊まで、越冬隊に5回、夏隊に2回参加、第53次隊越冬隊長を務める。米国マクマード基地・南極点基地、オーストラリアのケーシー基地・マッコ-リー基地等で調査活動を行う。
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