衛星によるオーロラ研究の現場から
国立極地研究所助教 西山 尚典
はじめに:
極域の夜空を舞うオーロラは,太陽と地球間の相互作用の結果流入するエネルギーが,高度100-300 kmの地球大気で光へと変換される現象だと理解することができます.オーロラ現象のさらなる理解のために,南極昭和基地では1957年の第1次観測隊による目視観測から,現在まで連綿とオーロラの地上観測が続けられてきています.図1に代表的なカーテン状のオーロラの写真を示しますが,オーロラ現象は様々な形状や変化の特徴で分類がされており,地上光学観測で詳細な変動を記録することが研究の第一歩と言えるでしょう.一方で,オーロラの変動をより高高度の宇宙空間から見下ろす衛星観測も,雲など気象現象に視野を遮られることなく観測が可能であり,地上の一点からでは見渡せない広範囲のオーロラの空間分布を知ることができます.
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図1:上空に伸びるカーテン状のオーロラ,オーロラアークと呼ばれる.オーロラに赤と白緑のグラデーションがうっすらと見えるのは,高度によってオーロラの発光波長が異なるため.この約10分後に全天にオーロラが広がる「オーロラ爆発」が起こった.(2012年2月22日 カナダ・フォートヴァーミリオンにて筆者撮影) |
オーロラ観測衛星「れいめい」:
筆者は大学院からオーロラ研究の世界に飛び込ましたが,最初に取り組んだテーマはオーロラ衛星「れいめい」(ミッション名:INDEX)のデータ解析でした.れいめいは,低コストかつ開発-打ち上げまでのスパンの短さによって近年注目されているピギーバック衛星の先駆けであり,2005年8月24日カザフスタン共和国のドニエプルロケットで,他の大型衛星と「相乗り」する形で打ち上げられました.また,正式なミッション名,INnovative-technology Demonstration Experimentが意味する通り,搭載機器の多くは民生品を活用することでインハウス開発を行っており,これらの機器の宇宙空間での性能を評価するという工学的実証実験の側面を持ち合わせています.
科学衛星としてのれいめいに目を向けると,その最大の特徴は,①オーロラ発光の原因となるオーロラ粒子(電子・イオン)の持つエネルギーと地球大気への流入量を高時間分解能(40 ms)で測定し(msはミリ秒を表し、1msは1000分の1秒),②粒子に対応するオーロラ発光の空間分布(約70 km四方,空間分解能は1.2 km)を異なる3波長の光で撮像可能であるという2点です.これにより,今までは衛星またはロケットによるオーロラ粒子観測と地上からのオーロラ光学観測の組み合わせでしか達成できなかったオーロラ光学・粒子同時観測を,衛星単独で行えるという(図2,図3を参照),小型ながらも期待されるサイエンスは非常に大きなインパクトを持った衛星であると言えます.
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図2:れいめい衛星による観測のイメージ図.地球から伸びる磁力線に沿って宇宙空間から流入するオーロラ電子(図中の赤矢印)を観測しつつ,その磁力線の根元にカメラを向けることで電子に対応するオーロラの撮像(視野範囲:70 km×70 km)を行う.衛星は7km/sで運動するため,高度約600 kmからオーロラをスキャンするように観測する. |
図3:れいめいが波長670 nm付近で撮像したオーロラアークの例.
nmはナノメートル(10億分の1メートル)を表す.一般にカーテンと表現されるオーロラも真上から見下ろすこと(または真下から見上げること)で,幅は70km以上,厚さが~5km程度の一部渦を巻くような断面構造であることがわかる.図中の四角は磁力線の根元の位置を示しており,粒子観測器はこの位置に対応する粒子のエネルギーと流入量を測定する. |
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れいめい衛星と昭和基地
実は,このれいめい衛星は昭和基地の観測と大きな関わりを持つ衛星です.まず1点目は,南極昭和基地第25次越冬隊で行われたロケットS-310JA-8,9,10による実験(実験主任:江尻全機 名誉教授)に着想を得て,れいめい衛星のプロジェクトが開始されたという点です.1984年の4月から5月にかけて打ち上げられた上記3機のロケットは,オーロラTVカメラやオーロラ粒子・磁場の測定器が搭載されており,れいめいの打ち上げの実に21年前に,世界に先駆けてロケットからのオーロラ撮像と粒子同時観測に成功していたという事実には驚きを隠せません.れいめいは,昭和基地での第25次ロケット実験を,最新の観測器によって地球上のあらゆるオーロラ帯で行う事を可能にした衛星だと言うことができるでしょう.れいめい観測がもたらしたデータは,オーロラの形状や時間変化とそれを作り出しているオーロラ電子との対応の定量的な考察,そして統計的な描像を明らかにしてきました.最近ではれいめい衛星観測と計算機シミュレーションを組み合わせることで,「脈動オーロラ」と呼ばれるオーロラの生成機構の解明に大きな役割を果たしました.(参考:下記プレスリリース)
2点目は,昭和基地の多目的大型アンテナによるれいめいのデータ受信が行われているという点です.私もれいめいの運用のため,宇宙科学研究所相模原キャンパスに何度も滞在しましたが,低高度(600 km)を飛翔するれいめい衛星と中緯度に位置する相模原の地上局との通信可能時間は長くても10分程度.その短い時間に衛星との通信確立,衛星ステータス確認,そして衛星上の観測データを地上局サーバへ転送するダウンリンクを行います.もし,データのダウンリンク中に衛星との通信が切れようものなら,折角観測されたデータは誰の目に止まることもなく,この世界から消滅してしまいます.れいめい衛星運用は,私にとって慣れることはあっても終始緊張の連続でした.そんな運用業務を,遥か彼方昭和基地で,たった一人で行って頂いた歴代隊員さんには感謝の気持ちでいっぱいです.残念ながら,れいめいの理学観測は放射線による粒子観測器へのダメージが深刻化したこともあり, 2012年度をもって終了となってしまいましたが,2015年12月の現在でも昭和基地や相模原で,搭載バッテリーの寿命モニタなど工学データの受信を目的として運用が行われています.極域環境モニタリングにおいても衛星観測の重要性が増しつつある近年,表舞台に上がることの少ないこのような衛星運用業務ですが,最先端の科学を支える縁の下の力持ちと言えるのではないでしょうか.
むすびに:今後のオーロラ観測と科学衛星
一般にオーロラ地上光学観測は,オーロラの変動を高時間・高空間分解能で連続観測できる点で優れますが,「何がどこでどのようにオーロラを変動させたか」を,オーロラ画像のみから解釈することは容易ではありません.事実,れいめい衛星の打ち上げ前後から,世界のオーロラ観測研究の再先端は地上と衛星による同時観測に基づくものが主流となっています.例えば,2007年に打ち上げられたTHEMIS衛星のサポートのために,アラスカとカナダを埋め尽くす20ヶ所を超えるオーロラ光学観測点がネットワークとして整備され,地球の磁気圏(高度60,000 km以上)を飛翔する衛星群とオーロラ地上観測群の連携によってオーロラ爆発現象の原因究明が進められました.このように,オーロラの地上観測と衛星の「その場」観測はお互いに相補的であり,両者の科学成果をより一層価値の高いものへと押し上げることが可能です.日本のコミュニティにおいても,オーロラ粒子の種となる高エネルギー粒子の変動の観測を目的の一つとしたERG衛星の打ち上げが2016年度に予定されています.南極及び北極のオーロラ地上観測拠点の高性能化およびネットワーク化を図るとともに,共同観測や運用など幅広い分野での将来的な衛星ミッションと連携を深めることがオーロラ研究の現場に求められているように思います.
れいめいの最新結果プレスリリース
http://www.jaxa.jp/press/2015/09/20050928_reimei_j.html
http://www.nipr.ac.jp/info/notice/20150928.html
西山 尚典(にしやま たかのり)
プロフィール
国立極地研究所助教、北海道生まれ。2008年に東北大学理学部物理学科卒業し、2013年に東北大学大学院理学研究科地球物理学専攻博士課程を修了する。「れいめい衛星とEMCCDを用いた地上光学観測による脈動オーロラの研究」で博士号を授与される。国立極地研究所特任研究員を経て2015年から現職。オーロラ・磁気圏の研究に加え,昭和基地の大型大気レーダーのデータ解析や新型レーザーレーダーの開発を行なっている。 |