福西 |
南極旅行から帰られたばかりのお忙しいところ、お時間を作っていただきありがとうございます。今回はどちらに行かれたのでしょうか。 |
藤井 |
今回は、亜南極と南極大陸ロス海沿岸を巡るクルーズに参加しました。ニュージーランド最南端の町インバーカーギルに集合し、そこでスピリット・オブ・エンダービィ号(ロシアの観光調査船)に乗船し、まず亜南極に位置するニュージーランド領のスネアーズ諸島に向かいました。この島の固有種、目の上に眉毛のように生えた金色の冠羽がトレードマークのスネアーズペンギンのコロニーをゾディアックから見ることが出来ました。スネアーズペンギンは岩場の斜面を滑らずに歩けるように爪が発達しているそうです。
次にニュージーランドの亜南極諸島の中で「植物が最も多彩な島」と言われているオークランド諸島を訪れ、強い偏西風と低温多湿な気候で苔、地衣類、シダ類、タソック草が多く、風当たりの弱い場所では赤い葉をつけたラータが曲がりくねった枝を伸ばしているのが見られました。世界で最も少ないと言われているキンメペンギン(キガシラペンギン)に出会いました。絶滅危惧種に属しているペンギンで黄金色の目が特徴的です。
その後オーストラリア領のマッコーリー島に向かいました。4種類のペンギンが繁殖しており、世界自然遺産に登録されていますが、残念ながら強風のために船は島に接岸することができず、帰りに訪れることになり南極大陸沿岸のロス海に向かうことになりました。 |
福西 |
私も日本の南極観測隊に4度参加し、南極大陸に着く前に、吠える40度、狂う50度、叫ぶ60度と呼ばれる暴風圏を何度も通過した経験がありますが、マッコーリー島は暴風圏の真ん中、南緯55度に位置するのでいつも強風が吹いているのでしょうね。ロス海の沿岸はどんな状況はどうでしたか。 |
藤井 |
ロス海は、探検の歴史に彩られた魅力的な場所ですが、厚い氷に覆われているため訪れる事が出来るチャンスは少ないと聞いていました。幸運にも25年ぶりの良い天候に恵まれて我々の船はロス海に無事に入って行くことができました。ただロス海の入り口に位置するアデア岬に上陸し、アデリーペンギンの巨大な営巣地やイギリスのサザンクロス探検隊が1899年に建てた南極大陸初の越冬小屋などを見学する予定でしたが、アデア岬沖は海氷が多く、接岸できませんでした。しかしゾディアッククルーズで素晴らしい造形美の氷山を堪能し、その後ロス海奥にあるロス島に向かいました。 |
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クルーズのコース図(http://www.cruiselife.co.jp/) |
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ロス海の棚氷 |
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ゾディアックボートを使っての氷山観光 |
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ゾディアックボートを使っての氷山観光 |
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氷上のアデリーペンギン |
福西 |
ロス島は南極探検史ではとても有名な場所ですね。スコットやシャクルトンの小屋を見学されましたか。最初に南極点一番乗りを目指したスコット隊はロス島を出発点とし、ここに食料・装備品を保管する小屋を建設しました。残念ながら南極点一番乗りはノルウェーのアムンゼン隊によって1911年12月14日に達成され、スコット隊は1912年1月17日に南極点に到達したものの、帰途、スコット小屋目前で5名全員が遭難するという悲劇が襲いましたが。 |
藤井 |
先ず、ロイド岬にあるシャクルトン小屋を訪問しました。アーネスト・シャクルトンを隊長とする英国の南極探検隊(1907~1909)が遺した歴史的な小屋が遺されています。20世紀初の南極大陸探検に持ち込まれた当時の薬品、食料、ろうそく、ソリ等が整頓された状態で保存されていました。次いでエヴァンス岬にあるテラノバ小屋を訪れました。1910~1913年のテラノバ探検隊(イギリス南極遠征 スコット隊長)の際、使用されました。南極はとても寒冷で乾燥しているために微生物が少なく腐食しないので、100年前の建物には見えませんでした。驚くことに、2009年12月には100年前のバターが当時のままの状態で発見されています。2014年1月には100年間氷漬けだったネガから画像が再生されたそうです。南極・ロス海の最も歴史的な場所を訪れ、南極探検家たちに思いを馳せる機を得ました。 |
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シャクルトン小屋 |
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シャクルトン小屋の内部 小屋はそのままの状態で当時から使っていた物、食料が100年以上の歳月が経っているにも関わらず残されている。 |
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スコット小屋 最近当時のバターや写真のネガが発見された。 |
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ロス島から眺めたエレバス山(標高3794m)地球上でもっとも南にある活火山 |
藤井 |
この日はとてもお天気が良かったので、マクマード基地から200mくらい離れたオブザベーションヒルと呼ばれる小高い山に登りました。南極の夏なので日が長く、夕食後、希望者十数人で登り、頂上からは片方にマクマード基地が見え、もう一方にスコット基地が見え、夕焼けがとても綺麗で、素晴らしい景色を目にする事が出来ました。 |
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マクマード基地近くのオブザベーションヒルにスコット隊の記念として1913年1月に建てられた十字架。亡くなった5人の名前が彫られ、さらにアルフレッド・テニソンの詩『ユリシーズ』から「戦い、求め、見出し、そして負けない」という句が彫られている。 |
福西 |
100年前の探検家の史跡を訪ねて、何か感じられたことがありましたか。 |
藤井 |
私はアーネスト・シャクルトンが出した南極探検隊員募集を読んだことがあります。
南極探検隊募集 求む隊員 至難の旅 わずかな報酬 極寒 暗黒の日々 絶えざる危険 生還の保証はない 成功の暁には名誉と賞賛を得る
ネガティブな募集でも5000人もの人が応募したそうです。それだけ南極探検は魅力的で夢がありロマンがあったのだろうと思います。 |
福西 |
ロス島には各国の科学基地がありますが、どこを見学されましたか。 |
藤井 |
アメリカのマクマード基地、ニュージーランドのスコット基地、韓国のチャン・ボゴ(張保皐)基地を見学しました。 |
福西 |
マクマード基地は1955年に開設された南極大陸最大の科学基地で、滞在者は夏期1000人、冬期250人ほどです。スコット基地も1957年に開設された基地で、滞在者は夏期85人、冬期10人ほどです。これに対して韓国のチャン・ボゴ(張保皐)基地は2年前の2014年に開設された新しい科学基地で、滞在者は夏期60人、冬期15人ほどです。これらの基地を見学された印象はいかがですか。 |
藤井 |
マクマード基地とスコット基地は中まで案内して頂き、どんな研究をしているかも説明して頂きました。それで南極観測隊の仕事がかなり理解できました。両基地とも、とても快適な場所に思えました。運動する場所,サウナ室、バーなどもあり観測や研究の日々の息抜きの場が備わっていると。今回のクルーズで、警察関係の方がひとり乗っていらっしゃったのですが、その方はスコット基地に2回越冬したとお聞きしました。冬季は夏季と全く異なった風景が見られ、とてもいい経験をしたとおっしゃっていました。 |
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アメリカのマクマード基地 夏は約1000人が働く |
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ニュージーランドのスコット基地 内部はとても綺麗で研究施設というより宿泊所のよう。奥の氷原を横に走る線は氷上の滑走路で、ニュージーランドのクライストチャーチから頻繁にLC130輸送機で物資が運ばれている。 |
福西 |
韓国の科学基地の印象はいかがですか。 |
藤井 |
韓国の基地は広大な土地にたくさんの施設があり、全体が統一された近代的デザインで、外観はすごく立派で、観測隊員も若い人が多く活気がありました。ただ残念だったのは、施設の中には全く入れてもらえませんでした。多分内部の設備を建設中だったからだと思います。この3か国の他に、近くにドイツのゴンドワナ基地とイタリアのマリオ・ズッケリ基地がありましたが、すでに無人になっていて、本国からの遠隔操作で観測しているようでした。 |
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チャン・ボゴ(張保皐)基地 2014年に建てられた韓国の最新基地 |
福西 |
南極からの帰途はどこに寄られたのですか。 |
藤井 |
亜南極にあるマッコーリー島とキャンベル島に寄りました。マッコーリー島は再度上陸できなかったのですが、船上から100万羽ものキングペンギンが海岸を埋め尽くしているのが見られました。圧巻でした。キャンベル島はニュージーランド領最南の島で、亜南極諸島に位置しています。二日間にわたり徒歩で島を散策し、独特の植物や、多くの野生動物をら見ることが出来ました。とても印象的だったのはロイアル ・アルバトロス(アホウドリ)が求愛ダンスしているのが見られたことです。 |
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マッコーリー島の100万羽に及ぶキングペンギンのコロニー |
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キャンベル島のロイアル・アルバトロスの求愛行動 |
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翼長が3mにもなるサザン・ロイアル・アルバトロス(アホウドリ) |
福西 |
亜南極の島々は孤立した環境にあるので、それぞれの島に固有な生き物が見られるのでしょうね。ところで今回の南極・ロス海クルーズには全体では何人くらい参加したのですか。 |
藤井 |
今回は小さい船で、50人足らずでした。ニュージーランド、オーストラリア、アメリカ、イギリスなどの参加者が主で、日本からは5人の参加でした。 |
福西 |
南極大陸は地球上で唯一の国境のない大陸で、科学研究が目的ならばどの国も科学基地を建設することができます。でもその際、建物やそれを利用した研究活動が原生的な南極の自然環境に影響を与えないことが条件になります。そこで南極の環境に負荷を与えない建物やライフスタイルの研究はこれからますます重要になってくると思います。そうした研究はゼロエミッション社会の実現に役立つと思います。私は長年にわたって南極・北極地域で研究活動を続けてきましたが、南極・北極地域は地球の将来を考える上でとても大切な場所になってきたと感じています。特に最近の地球温暖化問題では、この地域で温暖化の影響が最も大きく出ており、地球の将来を察知するための敏感なセンサーの役割を担っています。研究者だけでなく、社会のいろいろな方が南極・北極地域を訪れていただきたいと思っています。そうすれば地球の環境を守ることの大切さへの理解が深まると思います。藤井さんは南極、北極にたびたび出かけられておられますが、最初に行かれたのはどこですか。 |
藤井 |
一番最初に行ったのが、北極圏のスピッツベルゲン島から東グリーンランド、アイスランドのルートです。そのクルーズ出港地スヴァールバル諸島のロングイヤービェンでスヴァールバル世界種子貯蔵庫(Global Seed Vault) を目にし、感動しました。深刻な気候変動や自然災害、核戦争など地球存亡の危機に備えて世界中のあらゆる植物の種子が冷凍保存されているのです。
ロングイヤービェンの町外れの小高い丘にEISCAT(欧州非干渉散乱)レーダーという国際的な共同施設があり、ここのレーダーはオーロラやオゾン層などの高層の大気を観測するための設備です。スヴァールバルのような人間の営みが極端に少ないこの地は、自然環境の変化を観測するためには最適地であるそうです。
You Tubeにアップしています。https://youtu.be/W6TOaXLHEu0
このクルーズで現在世界中の研究者が極地科学や極地生態研究の拠点となっているスヴァールバル諸島のニーオーレスンを訪れた時にアムンセンがこの地から飛行船で北極横断に出発したと知り、いつの日か私も北極点を訪れてみたいと思いました。 |
福西 |
最近は毎年、南極か北極か、どちらかに行かれているのですか。 |
藤井 |
極地を旅なさる各国の方々からクルーズ中、様々な情報を頂きます。とても参考になり行きたい所が次々に出てきます。野生動物、極地の歴史、人々 と極地への興味は尽きません。 |
福西 |
最初に極地に行かれたきっかけは何かありますか。 |
藤井 |
もともとは山登りに興味がありました。日本国内の山々、パキスタン、ネパール、南米の山々のトレッキングを楽しんでいました。その後BBCの「フローズンプラネット~最後の未踏の大自然」を見て極地に魅かれるようになりました。とても印象的だったシーンは南極大陸を飛行機で飛んでいる映像です。真っ白な山々、人工物のない無限の世界。いつの日かこの目で見てみたと思うようになりました。 |
福西 |
登山はかなり昔からやられているのですか。 |
藤井 |
娘が大学時代、夏休みに北アルプスの山小屋でアルバイトをしていた時に誘われて行ったのが始まりです。登山歴は長くはありません。 |
藤井 |
もともとは山登りに興味がありました。日本国内の山々、パキスタン、ネパール、南米の山々のトレッキングを楽しんでいました。その後BBCの「フローズンプラネット~最後の未踏の大自然」を見て極地に魅かれるようになりました。とても印象的だったシーンは南極大陸を飛行機で飛んでいる映像です。真っ白な山々、人工物のない無限の世界。いつの日かこの目で見てみたと思うようになりました。 |
福西 |
南極や北極に行かれて、いろいろなビデオ映像を撮られて、それをYoutubeで公開されていますね。ビデオ映像は今どのように撮られているのですか。かなり大変だと思うのですが。 |
藤井 |
大変ですがとても楽しいです。ビデオ映像編集ならMacだと言われて、Mac PCを購入し編集を始めました。 一作一作少しでも良い作品をと日々、試行錯誤しています。 |
福西 |
例えば今回の旅行では、何時間くらいのビデオ映像を撮られたのですか。 |
藤井 |
数台のビデオカメラ、カメラで状況に応じて撮影するので相当な映像素材量になります。1Tのハードディスクを2台持っていき、その日に撮影したビデオとスチールを順番に入れました。船の中でも整理するのですが、帰国後、それらを大きなハードディスクに移し、さらに整理していきます。 |
福西 |
ストーリーを考えた上で撮影するのですか。 |
藤井 |
ストーリーは考えます。例えば小さな船だったのですごく揺れ、同行のカメラマンが「その揺れを撮ろう」と考え撮影。「Rolling」という8分のもの作りました。https://www.youtube.com/watch?v=Tg78G0Aqjoc
同じ船に乗っていた方々にお見せしたら、皆さんに喜ばれました。ペンギンの泳いでいるのも作りましたが、今回は撮影のために伸縮性の長い棒を持っていったんですよ。水の中につっこんで、揺れる波とかペンギンが海の中を泳いでいる様子をカメラマンが撮影しました。 |
福西 |
ビデオ映像はどのように編集されるのですか。 |
藤井 |
撮った映像からストーリーに必要な映像を抜き取り、それをつなげると3時間くらいになります。それを15分ほどにまとめるのが大変です。思い入れのある映像が多いので・・・それにテロップをつけます。ナレーションを入れた方が見てくださる人には良いのですが、未だ声に自信がないのでナレーションが入れられずテロップにしています。 |
福西 |
藤井さんのビデオ映像を見て心を揺さぶられました。これから南極や北極への旅を考えておられる方や、考えておられなくてもその映像を見てみたいと思う方がおられると思うのですが、そういう方が映像を見たい場合は、Youtubeのアドレスから見られるのですか。 |
藤井 |
YoutubeでApril Anneの名で公開しています。
一人でも多くの方に見て頂けると嬉しいです。 |
福西 |
これまで何度も南極や北極に行かれた経験から、これから極地に行ってみようと考えておられる方へのアドバイスはありますか。 |
藤井 |
そうですね。決して寒くて白と黒のモノトーンの世界だけだはなく、地球の偉大さが感じられるところだと思います。まず極地に興味を持つことではないでしょうか。最近テレビでも多くの映像を見ることができます。その場所に身を置き自分の目で確かめたい、そこの空気に触れてみたいと思うようになると思います。前もって関連本を読んだり、ネットで調べ予備知識を得るとより旅先で楽しめます。 |
福西 |
私たちの財団は、南極・北極の素晴らしい自然やそこで活動する人々を小中高校生や大学生に知ってもらおうと、いろいろな企画を考えています。藤井さんが撮られた感動的な映像を、そういう企画で活用させていただきたいのですが、ご協力いただけますか。 |
藤井 |
私でお役に立てることがあれば是非協力させていただきます。 |
福西 |
南極、北極というのは、地球上に残された最後の原生的自然が残っている場所です。子供たちがその自然の中に入って行くと、自然の大切さを実感すると思います。そういう体験が子供たちの教育にとても大事だと思っています。単に環境保護について教えるのではく、子供たちが本当に素晴らしい自然があるんだと、それを体験すれば、やはりそれを守らなければという気持ちになりますよね。 |
藤井 |
そうですね。私は皇帝ペンギンの営巣地に行った時に感じたことがあります。ニュージーランド人のペンギン調査員が死んだペンギンを調査設備のあるベースキャンプに持ち帰り死因の原因特定をした後で元死んでいた場所に戻したのです。死んでいた子供のペンギンは全て飢餓(栄養不足)で、人間に触れ外部からの影響が原因ではなかったと言うのです。それらを自然に返しに行くのに私はついて行きました。まとめて死んだペンギンを返すのではなく、それぞれ死んでいた場所場所に返すのです。そういう小さな事でも、すごく感動しましたね。人間は侵入者なのですから自然、野生動物の邪魔にならないようしなければならないと思っています。 |
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福西 |
本日は貴重な体験談をお聞かせくださりありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。 |