地震アレイ観測現場から
第56次夏隊員・第58次越冬隊員 中元 真美
東オングル島内水準測量の手伝い。背景に映るのは接岸した南極観測船「しらせ」と南極大陸。
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「南極に行ってみる気はあるか?」そう問われ私が初めて南極行きを意識したのは博士論文提出を翌年春に控えた秋のことでした。昔からただ漠然と南極に興味を持っていたので軽い気持ちで行きたいと返事をしていました。それから年が明け2月、改めて参加意思を問われついに56次隊への参加が現実となったのです。2月といえば博士論文の執筆と審査の真っ最中。論文提出の翌日から乗鞍での冬期訓練に参加というスケジュールで南極のことなど考えている余裕がなかったのをよく覚えています。
さて、そんな教員の一言をきっかけに決まった私の56次夏隊参加ですが、実は私の学生時代の研究は極地とは無縁のものでした。私のこれまでの研究テーマは地震。修士課程では観測した地震波を使って断層付近の地殻構造を調べ、博士課程では火山性微動がどのような場所で発生しているのか、噴火活動とどのような関係性があるのかを調べていました。一方で南極観測隊での私の担当はインフラサウンド観測。インフラサウンド観測では人間は聞くことができない低周波の空気の振動(微気圧変化)を計測します。その発生源は海洋波浪・隕石落下の衝撃波・氷河の崩落など様々です。南極で起こっている現象を捉えるために南極昭和基地周辺地域ではインフラサウンド観測と地震観測がほぼ同じ場所で実施されており、そのデータを回収するというのが主な任務でした。
その任務に加えて地震計アレイ観測を実施することになったきっかけは、当時の指導教員の「せっかく南極に行くのだから何か自分のデータを取ってきなさい」というアドバイスでした。この言葉がきっかけで自分に何ができるかを考え、一から計画を立てることになりました。夏期間という短い期間、本来の業務の妨げにならない、準備期間の短さ、使用可能な機材の制限を考慮した結果、今の自分にできる観測はこれしかないと決意してチャレンジしたのが「Seismic Array Observation:地震計アレイ観測」です。Arrayとは直訳すると配列という意味で、この観測では複数の地震計を限られた範囲に配置します。並べ方は直線状、L字型やピラミッド型など調べたい目的や設置場所の状況によって決めます。地震計1台では地震が発生した時に地震が発生したという事実しかわかりませんが、密に複数台設置することによってレーダーのような役割を果たし、どの方向で地震が発生したのかを知ることができます。昭和基地周辺のすでに設置されている地震観測点やインフラサウンド観測点のデータと合わせれば震源を決めることも可能です。
地震アレイ観測点の設置作業。手で持っているのが地震計、手前のプラスティックケースが収録装置。
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ここで、「それなら昭和基地周辺の観測点だけで地震の震源を決められるのでは?」と思ったあなた。鋭い!その通りなのです。実はすでに設置されている観測点のデータだけでP波やS波が明瞭な地震は震源決定ができます。それは震源決定に走時と呼ばれる地震波が震源から観測点まで伝わってくる時間を利用しているからです。観測を始める時にはまずターゲットを決め、それに合わせた機材や配置を考えます。私の場合は先に色々な制限があったのでそれを考慮してターゲットを絞りました。その結果、地震は地震でも「微動」と呼ばれる通常の地震よりもエネルギーが小さく長く続く振動と、「コーダ波」と呼ばれる地震波が観測点まで伝わってくる途中で反射や散乱して発生する波(後続波)を観測することにしたのです。これらの波は離れて複数配置した観測点よりもアレイ観測点の方が解析するのが得意なのです。
観測を計画する上で一番困ったのが観測点の場所決めです。普通国内では下見をして決めます。ところが私は南極に行くのは初めて。人工的なノイズの有無や地面の状態がわからない中、人力での機材の運搬を考慮しながら地形図とにらめっこする日々が続きました。研究グループの主観測のオマケとして始まった私の地震観測ですが、もちろん1人だけで実施することはできません。同じプロジェクト担当の隊員の他にも複数の隊員の方々に手伝っていただき無事に観測をすることができました。
ラングホブデの地震・インフラサウンド観測点。夏の間は太陽光発電を利用している。
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観測は本業の合間を縫って約1ヶ月。設置した地震計は7台。途中のブリザードにもびくともせず全観測点でデータを回収できました。もちろん失敗もあり、計算していたよりも電池の保ちが悪く7点全点で同時にデータを収録できたのは10日間だけでした。実はこの失敗の経験が現在の58次隊への参加に繋がっています。56次で回収したデータには収録期間が短かったにも関わらず少なくとも2つの微動が観測されていました。そのうち1つの微動は東オングル島の南東方向で発生していることがわかりました。これは氷河の崩落や氷山の移動ではないかと推測されていますが明らかではありません。微動がいつどこで発生しているのか、その活動の全貌を把握するのにはたった10日間のデータでは足りません。またアレイ観測点が一つだけというのも十分ではありません。そこでもっと多くのデータを集めて解析を進めるためにもう一度南極で観測をしたいという思いが芽生えました。
南極大陸氷床上、とっつきルートP50インフラサウンド観測点のインフラサウンド・センサボックス。奥に映るのが移動と滞在に使用した雪上車。
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そんな時に今の58次隊への参加のお話を頂きました。しかも今度は越冬隊で、夏隊では実施できない南極の春や秋の観測が可能なのです。正式に58次隊への参加が決まり、今隊では2つの地震計アレイ観測点を計画しています。1つのレーダーでは方向しか特定できないものが2つのレーダーがあれば発生場所がわかるのです。56次の経験のおかげで前回よりも具体的に設置状況を想定することができより綿密に準備ができたと思います。越冬が終わった1年4ヶ月後どんなデータが収録できているのか今から楽しみです。
最後に、観測の計画も実施もたった1人の力では到底できないものです。きっかけを与えて下さった方、実際に手伝っていただいた方、私の南極での活動を支えて下さった全ての方に感謝しています。
中元 真美(なかもと まなみ)プロフィール
広島県広島市出身。九州大学理学部に入学し地震や火山に関する研究を行う。九州大学大学院で博士号(理学)を取得したのち、第56次日本南極地域観測隊に夏隊員(一般研究観測)として参加。九州大学大学院理学研究院附属地震火山観測研究センター非常勤研究員を経て国立極地研究所南極観測センター勤務。第58次日本南極地域観測隊に越冬隊員(地圏モニタリング観測)として参加。専門は地震学。趣味はクラリネット。 |