減りゆくグリーンランド氷床の謎に迫る~国際共同掘削プロジェクトEGRIPを訪れて~
朝日新聞社会部記者 中山 由美
グリーンランド北部の内陸に位置するEGRIPにて。後ろの黒い球体がメインドームだ。
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白くまぶしく光る氷原に黒い球体がぽつんと立つ。グリーンランド南西のカンガルースアックから航空機で3時間弱、見下ろす白い世界に突如、奇妙な物体が現れた。国際プロジェクト「EGRIP」の氷床掘削サイトだ。日本やデンマーク、米独仏、スイス、ノルウェーなどの研究者や技術者が集まり、氷を掘り、融解が加速する氷床の解明に挑んでいる。2017年夏に訪れた。
「北と南、似ているけれど違う」。思い出したのは13年前、45次南極観測越冬隊で南極大陸内陸の氷床掘削を取材したときのことだ。冬が明けた2004年10月、ドーム隊の9人は5台の雪上車で昭和基地を出発した。ドームふじ基地まで千キロ、1カ月走り続けた。たどり着いたのは標高3810メートル、見渡す限り純白の氷原、零下60度の大気が頰を突き刺した。孤立した内陸基地では日に2回、雪を集めてとかして水を作った。補給はなく、持っていった食料と燃料だけで生活しなければならず、何一つムダにできない。千キロ四方だれもいない、虫1匹すらいない、圧倒的な孤立世界で4カ月を過ごした仲間の一人が国立極地研究所の東久美子さんだ。
教授となった東さんは南極から北極へ転じ、今はグリーンランドの国際氷床掘削プロジェクトの日本チームのリーダーだ。再び一緒に氷床掘削基地へとの特別な思いも抱きながら、私は北極へ向かった。
EGRIPは町を飛び立ってわずか3時間ほど、標高2700㍍の内陸でマイナス1度の暖かさにまず驚かされた。
黒い球体の周りには大型のテントがぽつぽつ並ぶ。4~8月、入れ替わり滞在する研究者やドリラーたちの住まいだ。訪れた7月下旬は10カ国出身の31人がいた。私たちを運んできた米軍輸送機C130は、後部ハッチを開けると、食料や資材の大きな荷物をドスンドスンと氷の上にはき出していく。
食料テントをのぞくと、レタスやトマト、肉やカニもどっさり。輸送便が頻繁に来るので、新鮮な野菜や生卵、肉も魚もさほど不自由なく手に入るのだ。
球体はメインドームで、中は意外に広い。1階は食堂、2階に上がると作業したりパソコンに向かったり、くつろげるスペースがある。衛星通信でインターネットも使える。はしごで3階に登ると、360度を見渡せるこじんまりした部屋があった。ここでシロクマの監視も!?実は1年前、こんな内陸まで、ひょっこり現れたという。
新鮮野菜もたくさん、毎日おいしくて豊富なメニューを料理人が作ってくれる。EGRIPメインドーム1階にて。
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1階の食堂奥にある台所では、半袖半ズボン姿のコック、ゴンザロ・グゥアルウさんが鼻歌まじりにパン生地をこねていた。毎日、サラダや焼きたてパンも食べられるとは極地でなんというぜいたくだろう!
現地リーダーでコペンハーゲン大学のドーテ・ダールイェンセンさんは、「新入り」の私たちに基地生活についてレクチャーする。「トイレは屋内と外にあります。シャワーを使ったら、外の造水装置に雪を足しておいてね」
流せる水がある!南極で1カ月半、風呂もシャワーもない氷上生活したことを思い起こせば、なんというぜいたくか。もはや「極地感」に欠けるほどだ。
頑丈なメインドームは以前、別な場所で氷床掘削をした時に使っていたそうだ。巨大なスキーをはかせて、雪上車で引っ張って、465キロを9日間かけて運んで来た。氷の掘削や貯蔵、解析の部屋は氷の下にある。氷を掘って空間や通路を作り、中で巨大な風船をぱんぱんにふくらませ、上に雪をのせて凍らせて天井を造ったという。
「当番表を貼っておくので見ておいてね」とドーテさん。掃除や皿洗いの当番、水を作る屋外タンクに雪を入れる当番もある。大変なのは調理当番だ。毎日、肉に野菜、サラダにパン、デザートまで品数豊富に料理を準備するコックの手伝いで一日こきつかわれる。料理が美味しいので文句はいえないが!
当番は、研究者も技術者もリーダーも例外なくまわってくる。自分の専門以外に皆で生活するために必要な仕事がある、昭和基地と同じだ。とはいえ、様々な国、異なる職種の人がごちゃまぜに極地で共同生活している基地はあまり聞かない。
私にも食器洗い当番がまわってきた。食事が終わると、手が空いた人は次々台所に入り、後片付けを手伝う。国や言葉が違っても一緒に暮らす一体感はあっという間に生まれるようで、うれしくなった。
南極の氷床掘削も経験してきたベテランもいる。日本人ドリラーの宮原盛厚さんもその一人だ。極地は初めてという若手もいる。デンマーク人の医者クリスチャン・バゲさんは「こんな経験なかなかできないと思って希望してきた」と話していた。
各国の研究者や技術者が協力し、グリーンランド北部内陸で氷床の掘削が進む
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両極で各国は深さ約3千メートルの氷を掘ってきたが、これも南北で違う。極寒の南極では乾燥して降雪量も少ない。ドームふじ基地なら、降水量換算で年間3センチほど。それだけに少し掘れば古くなる。各国が挑んだ内陸氷床掘削で南極では80万年前の氷まで達した。
同じく約3千メートルを掘っても、南極より暖かく雪も多いグリーンランドでは、13万年前ほどしかさかのぼれない。でも、新しい時代を細かく見ることにはすぐれている訳だ。
南極氷床の解析では、約10万年周期で氷期と間氷期が繰り返されたことがみえた。グリーンランドの氷では、過去10万年間にも25回以上の急激な気候変動が読み取れたという。14700年前には、たった3年間で10度も上昇したらしい。
両極をみることで、過去の地球に起きたことを長い時の流れからとらえ、一方で細かい変動も探れるのだ。
氷は深くなるほど古くなる。氷床掘削では、年代の変化がきれいに読み解ける所、氷が流れず垂直に積み重なってできた所を狙うのが常だ。ところがEGRIPは氷の流れがある所で、海岸へ向かって1年間で60メートルほど動いている。氷流の源流部を狙ったという。
温暖化の影響が著しいグリーンランド。氷の中でどんな力が働いて、海へ押し流されているのか?今夏、掘削を再開したら、掘削孔が曲がっていないか?いや上から下部までそろって流れるのか?減少が加速する氷にいったい何が起きているのだろう。その謎に興味は尽きない。
中山 由美(なかやま ゆみ)プロフィール
朝日新聞社会部記者。第45次南極観測隊越冬隊員、第51次南極観測隊夏隊員。南極は2回、北極6回、パタゴニアやヒマラヤの氷河も取材し、地球環境を探る極地記者。45次越冬隊は女性記者初の同行で、ドームふじ基地で氷床掘削も取材した。51次夏隊ではセールロンダーネ山地の隕石探査・地質調査に同行した。グリーンランドへは5回、氷河や海氷の観測、犬ぞり猟、氷床掘削を取材。ノルウェー北部やスバールバル諸島も取材した。著書に「南極で宇宙をみつけた!」「こちら南極 ただいまマイナス60度」(草思社)、共著で「南極ってどんなところ?」(朝日新聞社)など。
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