太陽放射線被ばく警報システムWASAVIESとICAO宇宙天気センター

%e5%a4%aa%e9%99%bd%e6%94%be%e5%b0%84%e7%b7%9a%e8%a2%ab%e3%81%b0%e3%81%8f%e8%ad%a6%e5%a0%b1%e3%82%b7%e3%82%b9%e3%83%86%e3%83%a0wasavies%e3%81%a8icao%e5%ae%87%e5%ae%99%e5%a4%a9%e6%b0%97%e3%82%bb

久保勇樹(国立研究開発法人情報通信研究機構 電磁波研究所 宇宙環境研究室 研究マネージャー)

宇宙天気、耳慣れない言葉かもしれませんが、今、宇宙天気情報の需要が急速に高まりつつあります。

はじめに

国立研究開発法人情報通信研究機構(NICT)は、日本で唯一の宇宙天気予報を業務として行っている公的機関です。NICTでは、その前身である郵政省電波研究所が発足した1950年代初めごろから、短波通信障害を事前に察知して利用者に伝える電波警報業務を行ってきました(図1)。この業務は、郵政省通信総合研究所に名称変更された1988年、宇宙天気予報業務と名前を変えて、短波通信障害を引き起こす原因となる太陽活動や地磁気じょう乱にまで予報・警報の範囲を広げていきました。同時に、宇宙天気予報という言葉も世界に広がっていきました。 現在、NICTの宇宙天気予報業務は予報・警報の範囲を更に広げ、短波通信障害とその原因となり得る太陽活動、地磁気じょう乱、デリンジャー現象などの情報以外に、人工衛星障害の原因となり得る放射線帯電子、宇宙飛行士や航空機乗務員の宇宙放射線*1被ばくによる健康影響の原因となり得る太陽高エネルギー粒子、衛星測位の誤差増大の原因となり得る電離圏じょう乱、そしてオーロラ予報など、様々な情報を発信しています。

図1 1951年の電波警報業務の記録

ICAO宇宙天気センター

2018年、国際連合の専門機関である国際民間航空機関(ICAO)において、国際民間航空条約第3附属書「国際航空のための気象業務」の第78次改訂が行われ、宇宙天気情報の利用が盛り込まれました。ICAOでは、主に次の3つの観点から民間航空機の運航における宇宙天気情報の重要性が認識されています。第1に航空機と地上管制との短波通信障害、衛星通信障害の回避、第2に電子航法に関連した衛星測位誤差の増大防止、第3に航空機乗務員の宇宙放射線被ばくの低減です。これを受けて、2019年11月7日、ICAO宇宙天気センターから、民間航空機の運航に特化した宇宙天気情報の配信が開始されました。
ICAO宇宙天気センターには、国際連合の専門機関である世界気象機関によって行われた査察を経て、米国(SWPC)、欧州連合(PECASUS)、日豪仏加連合(ACFJ)の3つの組織が、現在ICAOから指名されています。NICTはACFJの一員としてICAO宇宙天気センターの一翼を担っています。NICTは、もともと電波警報業務から宇宙天気予報業務に発展してきた歴史的経緯から、短波通信や衛星測位はもちろんのこと、近年は宇宙放射線に関する情報もその範疇に含み、ICAOが重要視する3つ全ての観点からICAO宇宙天気センターとして航空関係各機関に情報を提供しています(図2)。

図2 現在、ICAO宇宙天気センターからは「短波通信」、「衛星測位」、「宇宙放射線被ばく」に関わる宇宙天気情報が配信されている

太陽放射線被ばく警報システムWASAVIES

ICAO宇宙天気センターでは、宇宙天気情報として宇宙放射線被ばくに関する情報を提供することが決められています。また、航空機乗務員の宇宙放射線による被ばくは、職業被ばくとして認定されているため、民間航空会社では、乗務員の放射線被ばく管理を行うことが必要とされています*2。このような背景から、NICTでは宇宙放射線による被ばくに関する情報提供を目指し、日本原子力研究開発機構、国立極地研究所、広島大学、茨城高専、名古屋大学と協力し、太陽放射線被ばく警報システムWASAVIES(Warning System for Aviation Exposure to Solar Energetic Particles)を開発してきました。
WASAVIESは、太陽放射線の突発的な増加をリアルタイムに検出し、それをトリガとして大気圏内の任意地点における太陽放射線による被ばく線量を、太陽フレア発生直後からリアルタイムに推定するシステムです。
太陽放射線による被ばく線量を推定するシステムは世界中で開発されていますが、これらの多くは地上の中性子モニターか人工衛星による高エネルギー粒子のどちらかの観測データを外挿して航空機運航高度での被ばく線量を推定しています。一方でWASAVIESは、ほかのシステムと異なり、地上の中性子モニターで太陽放射線量の増加を検出した直後に人工衛星の観測データも用いて、その間を数値シミュレーションによって内挿することで、地表から高度100kmまでの地球上のあらゆる場所での被ばく線量を推定します(図3)。このシステムは、異なる分野の研究者がそれぞれ開発した主に3つの数値シミュレーションを一つに統合することで、太陽から放出された太陽放射線が地上に到来する間に起こる様々な過程を再現し、太陽放射線による被ばく線量の増加をリアルタイムに高い精度で推定することができます。WASAVIESにより、航空機乗務員の太陽放射線による被ばく線量をリアルタイムに監視することができるようになり、宇宙放射線による被ばく線量が高い航路を避けたり、運航高度を下げたりするなど、世界中の民間航空機の運航に必須の情報として利用されることが期待されます。
本研究は、宇宙天気、太陽物理、超高層大気物理、原子核物理、放射線防護など様々な分野の研究者が連携して達成した異分野融合研究の成功例といえるでしょう。

図3 WASAVIESにより推定された、2005年1月20日の大規模太陽放射線現象時の、高度12kmでの宇宙放射線被ばく線量図

おわりに

かつては需要があまりないと思われていた宇宙天気情報ですが、その需要は急速に増加しています。民間航空機の運航に宇宙天気情報が利用されるようになったことは、宇宙天気情報が社会システムに実装されたという点で、非常に大きなステップと言って良いでしょう。宇宙天気情報の需要は今後ますます高まっていき、社会システムの様々なところで利用されるようになっていくことでしょう。

補足説明*1

宇宙から飛来する放射線は、太陽系外から定常的に飛来している銀河宇宙線と、太陽フレア発生時に突発的に太陽から飛来する太陽放射線(太陽高エネルギー粒子とも呼ばれる)に大別されます。銀河宇宙線量は、約11年周期で変動する太陽活動に連動して変化するため、数日という短い時間スケールではほとんど変化しませんが、一方で太陽放射線は、大規模太陽フレアに伴って突発的に増加し、数時間の時間スケールで減少してしまいます。太陽放射線は、極端な場合には銀河宇宙線量の100~1000倍にも達することもあります。
銀河宇宙線も太陽放射線も主成分は水素の原子核(陽子)であり、これらが地球大気に飛び込むと、大気を構成する様々な原子、分子と核反応を起こし、中性子やガンマ線、ミューオンなどを発生させます。これらを二次宇宙線と呼び、この二次宇宙線が航空機などの被ばく線量の増加を引き起こすことになります(図4)。

図4 宇宙放射線による航空機被ばくの模式図(広島大学保田浩志氏提供)

補足説明*2

航空機の運航高度では、太陽放射線による被ばく線量の有意な増加が確認されているため、頻繁に航空機に乗務する航空機乗務員に対しては、太陽放射線を含む宇宙放射線被ばく管理が必要とされていますが、地上においては、太陽放射線による被ばく線量の増加はほとんどないことが確認されています。

久保 勇樹(くぼ ゆうき)プロフィール

国立研究開発法人情報通信研究機構 電磁波研究所 宇宙環境研究室 研究マネージャー 1998年、東京大学大学院理学系研究科天文学専攻修士課程修了。同年、郵政省通信総合研究所(現 国立研究開発法人情報通信研究機構)入所。太陽電波観測や宇宙放射線などの宇宙天気予報研究に従事。宇宙天気予報業務の取り纏めと共に、ICAO宇宙天気センターの立ち上げや情報配信業務にも関わっている。博士(学術)。

目次に戻る