シリーズ「南極にチャレンジする女性たち」第9回

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南極から宇宙環境を探る

二村有希(第60次南極地域観測隊越冬隊 北海道大学大学院生)

キーボードを弾く(南極・昭和基地にて)

インタビューは2018年11月10日に東京都立川市の公益財団法人日本極地研究振興会の事務所で行いました。

インタビュアー:福西 浩

福西:南極に出発される直前のお忙しい中でインタビューの時間をとってくださりありがとうございます。これまで挑戦されてきたこと、南極で挑戦したいと思っていらっしゃることなどいろいろと質問させていただきます。最初に、子どものころからの生い立ちを紹介していただけますか。

二村:出身は愛知県の蒲郡で、高校3年生までそこにずっと住んでいました。海と山に囲まれた田舎で、名産品としては蒲郡みかんがあります。高校を卒業して奈良女子大学の生活環境学部に入学し、大学1年生からは奈良県に住んでいました。でも大学3年生の前期までで、そこから休学してフランスに3年間留学しました。

福西:3年間も休学して留学したのはとても珍しいケースだと思いますが、どういう理由ですか。

フランスでパン作りの修行

二村:私は小さい頃からケーキ作りが好きで、母親とよくケーキ作りをやっていました。そんな時にパン作りの本を見つけて、作ってみたら全然上手く出来なかったのです。それでどうしたら上手く作れるかあれこれ考えました。本当は高校卒業後、大学に進学せずにフランスに留学してパン作りをやりたいと思っていたのです。親に、「とりあえず大学には行きなさい」と言われ進学したのですが、パンを作りたいという思いは捨てることができず、大学を休学して留学しました。私の姉はカナダにワーキングホリデーで行っていたので、フランスに行くことに家族の理解もすんなり得られました。

福西:フランスのどこにいらしたのですか。

二村:トゥールというパリから西の方に行った所です。

福西:3年間、どのようにパン作りを学ばれたのですか。

二村:職業育成学校が提携を結んでいる語学学校があって、最初の何か月間はその語学学校でフランス語を勉強しました。その後、職業育成学校に入りました。1週間学校で座学をやって、その後2週間は実際にお店で研修をするというサイクルでパン作りを学びました。最初は1年半の予定だったのですが、1年半だけではちょっと学び足りないなと感じて、延長して3年間になりました。

福西:帰国されて、奈良女子大学に復学されて、卒業されたのですか。

二村:はい、そうです。

福西:奈良女子大学を卒業して、今度は北海道大学の大学院に進学されましたが、それはどうしてですか。

北海道大学大学院宇宙理学専攻に進学

二村:私の父親が北大出身なので、小さい頃から家族旅行でよく北海道に遊びに行っていました。それで北海道という土地柄が凄く好きになって、北海道に住みたいという思いをずっと持っていました。北海道に行って何をするかと考えた時に、最初はパン屋さんに就職することを考えていたのです。でも小さい頃から星を見るのが好きで、家にも小さいですが望遠鏡があって、それでときどき星を見ていました。そんなわけで宇宙関係の勉強ができたらいいなと思って探したところ、北大の大学院に宇宙理学専攻があり、運よく入学できました。

福西:大きな方向転換だったと思いますが、どう思っていらっしゃいますか。

二村:私としては自分の好きなことをやっている感じなので、方向転換については何とも思わなかったです。方向転換したきっかけは分からないです。

福西:宇宙理学専攻の修士課程ではどのような研究をされているのですか。

二村:北海道名寄市にある北海道大学の口径1.6mのピリカ望遠鏡を使って金星を複数の波長で偏光観測しています。その観測データを解析して、金星を覆う厚い雲に氷結晶があるか無いかを明らかにしようというのが目的です。でも観測時期が凄く限られているためにまだほとんどデータは取れていない状態で、私の代わりに後輩が観測をしてくれることになっています。

福西:惑星の観測やったのは初めてですか。

二村:はい、とても楽しかったです。ワクワクしました。

南極観測隊員を目指す

福西:金星観測の途中で今度は南極観測隊員を目指したわけですが、それはどうしてですか。

二村:北大に入る前から何となく南極に興味がありました。北大に入って、南極観測隊員だった佐藤光輝先生や高橋幸弘先生から話をお聞きして、自分も南極に行けるチャンスがあると知り、行きたいと思うようになったのです。そんな時、たまたま国立極地研究所から佐藤光輝先生のところに南極に行きたいと思っている学生はいないかという話が来て手を上げました。本当にタイミングが良かったと思っています。

福西:南極にはどういうイメージを持っていますか。

二村:経験したことがないことを経験することやいろいろな新しいことに挑戦することが凄く好きなので、そういう意味で物凄く楽しみにしています。

昭和基地での仕事

福西:第60次越冬隊では宙空部門の一般研究観測を担当されますが、具体的にどのような観測器を担当されるのですか。

二村:電離圏観測用HF(短波)レーダー、オーロラ観測用全天カメラ、ELFサーチコイルセンサーなどを主に担当しますが、宙空圏モニタリング観測担当の藤田光高隊員と分担して宙空系のいろいろな観測を担当します。

福西:2人で役割分担は話し合ったのですか。

二村:ある程度は話し合いましたが、実際は南極に行ってやってみないと分からないことが多いので、上手く役割分担をしていきたいと思っています。それぞれ得意分野があり、藤田さんはアンテナに詳しく、私はパソコンでの情報処理には対応できると思っています。

福西:これまでは準備で大変だったと思いますが。

二村:そうですね。いろいろなことがどんどん入って、もう必死で頑張りました。最初は北大で準備作業をしていたのですが、8月1日からは北大を休学して東京都立川市の国立極地研究所に勤務し、3ヶ月間そこで準備作業をしました。

福西:第60次越冬隊は31人の隊員の中で女性は5人とお伺いしましたが、女性だということを意識されますか。

二村:意識しないことはないですが、あまり意識しない様にしています。誰とでも気楽に話せています。

福西:いままで大学にいた人たちとは違う経歴の人たちと話をするのは楽しいですか。

二村:楽しいです。私の知らない世界を生きて来た人たちばかりなので、勉強になります。

南極・昭和基地のオーロラ

HF(短波)レーダーアンテナの保守作業

家族のこと

福西:ご家族は愛知県に住んでいらっしゃるそうですが、南極観測隊員に選ばれたことをどう思われているのですか。

二村:私は兄と姉と私の3人兄弟ですが、兄からは、すごく羨ましがられていますね。自分も行きたかったと言ってました。両親もとても喜んでくれました。

福西:南極の自然環境は厳しいので不安はありますか。

二村:不安はありません。楽観的な性格なので。

南極でやってみたいもの

福西:南極で自分の仕事以外でやってみたいものは何ですか。

二村:まずは南極特有の自然を楽しみたいと思っています。太陽の珍しいハロー現象や可愛いペンギンを見たいです。またいろいろな調査旅行があるので、参加して昭和基地以外の自然を楽しみたいと思っています。

福西:歩くことは好きですか。

二村:走ることが好きです。ジョギングですね。これは小さい頃からずっとやり続けてます。

福西:趣味で持って行くものはありますか。楽器など。

二村:楽器はもっていきませんが、向こうにキーボードがあると聞きました。私は小さい時からピアノを弾いていたので、替わりにキーボードを弾きたいと思っています。他には絵を描くのが好きなのでスケッチブックと絵具を持って行きます。

福西:越冬隊で絵を描いた人はあまり多くないと思いますので、ぜひいろいろな絵を描いてください。

南極でパンを焼く

福西:パンのことは調理担当隊員の方と話しましたか。

二村:はい、私は越冬隊の生活係なのでいろいろと打ち合わせをしました。

福西:フジパンから毎年冷凍パンが越冬隊に寄付されているのは知っていますか。

二村:はい、知っています。

福西:フジパンは名古屋にフジパングループ本社があるのですが、南極観測隊を応援されていて、1966年の第8次隊から第60次隊まで52年間にわたって毎年パンを寄贈されています。寄贈された冷凍パンは朝食に出されているようですが、昭和基地で冷凍パンを焼く手伝いをするのですか。

二村:冷凍パンを焼く手伝いもしたいと思っていますが、パンを小麦粉から作って焼こうと思っています。

福西:フランスでのパン作りの経験を南極で生かすのは素晴らしいですね。頑張ってください。

二村:私が焼いたパンを越冬隊で楽しんでもらえたらうれしいですね。

パン係でパン作成中(南極・昭和期地にて)

自分の選択肢が広がる

福西:南極から帰って来て、その先のことはどう考えていますか。

二村:まずは修士論文を書いて修士課程を修了したいと思っています。

福西:修士課程を修了した後のことは考えていますか。

二村:まだきちんとは考えていません。パン作りや宇宙環境の研究や南極観測など、自分の選択肢がすごく広がったと感じています。将来どっちに行くか分からないですが、選択肢が広がったことは凄くよかったと思っています。

若い人たちへのメッセージ

福西:最後にこれまでの自分の経験から若い人たちへメッセージをお願いします。

二村:私の場合ですが、考える前にとりあえず行動に移して、それから考えることにしています。行動する前にあれこれ考えて、こうなったらどうしようかと心配していると行動に移せないので。考える前にとりあえず行動してほしいですね。その先のことを心配しないで。

福西:本日はたくさんのお話をお聞かせくださりありがとうございました。南極での活躍をお祈りいたしております。

二村 有希 (ふたむら ゆき) プロフィール

1991年11月05日生まれ、愛知県出身。2017年北海道大学大学院理学院宇宙理学専攻修士課程修了。第60次南極地域観測隊の越冬隊で宙空圏一般研究観測を担当。趣味は、ピアノ、ランニング、パン屋巡り、絵を描くこと。好きなことは、製パンと製菓。

インタビュアー:福西 浩(ふくにし ひろし)プロフィール

公益財団法人日本極地研究振興会常務理事、東北大学名誉教授。日本地球惑星科学連合フェロー。東京大学理学系大学院博士課程修了、理学博士。南極観測隊に4度参加し、第22次隊夏隊長、第26次隊越冬隊長を務める。専門は地球惑星科学で、地球や惑星のオーロラ現象を研究している。

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