シリーズ「南極観測隊エピソード」第19回 南極観測と朝日新聞その19

韓国からのオブザーバーと同室で南極に向かう

柴田鉄治(元朝日新聞社会部記者)

 私が新聞社を定年退社し、関連企業、さらには大学の客員教授も終えた70歳のとき、「もう一度、南極へ行こう」と思い立ち、40年ぶりの南極行が実現した話は前回までに記した。7次隊から47次隊と、40年の間に記事の送り方が大きく変わったため、45次越冬隊に同行した中山由美記者と武田剛カメラマンの指導を受けて、カメラもパソコンも新たに買い整えたことも記した。

 観測船は、7次が「ふじ」47次が「しらせ」と変わったが、トン数こそ2倍だが、後部に大きな飛行甲板がある構造もほとんど相似形で、船体も同じオレンジ色なので、あまり変化を感じなかった。だが、大きく変わったところは、オーストラリアまで飛行機で飛んで、フリーマントル港から乗船することだった。

オーストラリアから乗船、暴風圏でも船酔いせず

 7次隊のときは、東京湾を出たところで低気圧に遭遇し、船酔いに苦しんだだけに、この変化は嬉しかったが、今度は乗船してすぐ、暴風圏に入るので、そこが心配だった。ところが、「しらせ」の揺れも決して小さくはなかったのだが、70歳になって私の感度が鈍ったのか、今度は食事を抜くこともなく、無事に乗り切った。

 立派な船室にオブザーバーが2人、同室者は、韓国から参加のオブザーバー、洪鐘国(ホン・ジョングク)博士だった。洪博士は、韓国の極地研究所に所属する地質学者で、南極半島の近くのあるキングジョージ島にある世宗(セジョン)基地には何度も出かけている南極のベテランだ。2人の娘さんがいる父親で、当時41歳。

 こまやかな心使いと親切心にあふれた人柄で、そのうえ、長幼の序をひときわ重んじる韓国人らしく、年長の私をとても大事にしてくれた。私の同室者が洪さんだったことで、70歳での南極行がどれほど楽しく、心安らかなものになったか、計り知れない。

同室者は韓国の洪鐘国博士、辞書を挟んでの会話

実は、私の同室者が外国からのオブザーバーだと聞いたときは、一抹の不安がなかったわけではない。しかし、すぐに考えなおした。居ながらにして異文化が学べるなんて、むしろ幸運なのだと思い直したのである。

 そして、韓国の洪博士だと知って、私はすぐ「日・韓・英辞典」を買い求め、また韓国には囲碁を打つ人が多いので、秘かに碁盤も持ち込んだ。残念ながら碁は打たない人だったが、私が洪さんに失望したのはその1点だけで、あとは本当に良い同室者に恵まれたという思いに感謝し続けた人だった。

 洪さんは日本語ができない。私は韓国語ができない。そこで、2人のあいだのコミュニケーションは英語ということになるが、洪さんは米国にも留学したことがあって、流暢な英語をしゃべるのに、私は英語が大の苦手ときている。

 そこで、私のカタコトの英語と、いつも机の上に「日・韓・英辞典」を置いておき、必要なところを開いて示す方法で行われた。人間同士、身振り手振りでもかなりのことは伝わるし、辞書を挟んでの会話というのも、なかなか楽しいものである。

基地のバーで洪さん(左)と

ギブ・アンド・テイク?――お互いにプラス!

洪さんと私との関係は、ひと言でいえばギブ・アンド・テイク、お互いにとってプラスだった。洪さんは日本語ができないが、艦内放送はすべて日本語だ。その内容を洪さんに伝えるのは、私の役割だ。洪さんが一人部屋だったら、相当不安だったに違いない。

 もちろん私が洪さんに助けられたことも、数知れない。寝坊をすれば起こしてくれるし、物忘れをすれば、注意してくれる。そんな日常生活の助けも大きかったが、私が最も貴重に思ったのは、韓国の事情を詳しく教えてもらったことだった。

 日本には安倍首相のように「韓国嫌い」の人が少なくないが、私は韓国に何度も行っているし、韓国ドラマも大好きだ。何よりも、古代からの日本文化の恩人として、心から尊敬していることがあげられよう。

 教育担当の記者として、韓国の学歴社会は日本以上だと知っていたので、教育の話題は、話が弾んだ。

 洪さんが私の話に最も熱心に耳を傾けてくれたのは、北朝鮮の話だった。「北朝鮮は、戦前の日本とそっくりなのだよ」という私の説明に、びっくりしたような反応を見せてくれたのである。(以下次号)

柴田鉄治(しばた てつじ)プロフィール

元朝日新聞社会部記者・論説委員・科学部長・社会部長・出版局長などを歴任。退職後、国際基督教大学客員教授。南極へは第7次隊、第47次隊に報道記者として同行。9次隊の極点旅行を南極点で取材。南極関係の著書に「世界中を南極にしよう」(集英社新書)「国境なき大陸、南極」(冨山房インターナショナル)「南極ってどんなところ?」(共著、朝日新聞社)「ニッポン南極観測隊」(共著、丸善)など多数。

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