シリーズ「南極・北極研究の最前線」第14回

ウェッデルアザラシの越冬生態の調査

國分亙彦(国立極地研究所助教 第58次南極地域観測隊越冬隊員)

高次捕食動物と南極の海洋環境

 私は58次越冬隊員として2016年12月から2018年2月まで昭和基地に滞在してウェッデルアザラシの生態を調査してきた。生物分野の隊員が昭和基地で越冬観測をするのは稀であり、今回は45次隊以来、13年ぶりである。冬は一般的に生物の活動性が低下する時期であり、この時期を狙って動物の生態を調査しようという動機はそれほど強くないというのがその理由の一つだろう。昭和基地で越冬したことのある人であれば、秋の5月上旬頃から春の9月下旬ころまで気候条件が厳しく、野生動物を目にする機会がほとんどないということには同意すると思う。しかし、冬の間姿を消した動物たちは一体どこでどのようにすごしているのだろうか?

 南極の中でも昭和基地を含む東南極域は、南極半島などと比べればより寒冷であり、定着氷(大陸や氷床と一つながりになった、簡単に流れ出すことのない海氷)が発達しやすい。定着氷の下でも植物プランクトンや動物プランクトン、魚類をはじめとして、活発な生物生産が行われているものの、その高生産をもたらす物理的・生物的要因についてはこれまで十分明らかになっているとは言えない。厚くて丈夫な定着氷自体が観測を阻む一因であり、特に気候条件が厳しくなる冬期間には、定着氷に覆われた海域で海洋環境や動物の行動パターンを調べた研究はこれまでほとんどない。これらのことが明らかになれば、何が南極の海洋生態系の変化の鍵となるかを知る大きな手掛かりとなるだろう。

 近年、動物装着型の小型海洋観測データロガーが開発され、これまで船舶による観測の難しかった時期やいろいろな場所で、海洋環境を動物の行動パターンと共に明らかにできるようになってきた。特にアザラシの中には回遊性が高く、深く潜水する種類がおり、このような調査に適している。かれらの頭にこのデータロガーを取り付け、そこから出たアンテナを介して、得られたデータをリアルタイムで衛星経由で送信するという技術がこの10数年間で確立されつつある。南極の昭和基地以外の海域でも、ミナミゾウアザラシやウェッデルアザラシに、換毛の終わる秋にこのタイプのデータロガーを取り付け、冬期間中の海洋環境・行動生態を明らかにしようとする研究が徐々に行われてきた。これまでに調査の実施されてきた海域と、昭和基地周辺の海域を隔てるものは、海氷条件の悪さとそれに伴うアクセスの悪さである。2月に帰りの砕氷船が出発してしまい、それ以降はしばらく氷状も悪化するため、外部との交通の遮断される昭和基地では、3月・4月が取り付けの適期のアザラシ調査を実施しようと考えた場合、それは越冬観測を意味する、というのが一番のネックではある。しかしそういった悪条件にもかかわらず、この海域にウェッデルアザラシをはじめとした高次捕食者は豊富に生息している。これまで明らかにできていない、定着氷に広く覆われる海域の冬期間の海洋環境と動物の行動パターンを明らかにできるのであれば、冬の南極の環境をこの身で感じるという体験も含めて、何ものにも代えがたいと思い、越冬隊への参加を志願した。

 以上のような経緯で、南極昭和基地周辺に生息するウェッデルアザラシにこの小型の海洋観測データロガーを取り付け、越冬中のアザラシの移動パターンと、利用した海洋環境の特徴を明らかにすることを今回の越冬観測の主目的とした。

調査の準備

 私がそれまで専門としていたのは南極のペンギンや北極周辺の海鳥の生態研究だった。南極も夏期間に外国基地に行った経験は少なからずあるものの、アザラシを捕まえるのも、昭和基地に行くのも、越冬隊に参加するのも初めてである。まずは外国基地でアザラシの調査に同行して経験を積んでから昭和基地での越冬観測に参加するのが妥当なのではないかなとも思ったが、そのような時間も研究費もなかった。そこで利用できる情報と研究者コミュニティーのつながりを最大限生かして準備を進めることにした。

 幸い同じ研究グループの共同研究者が米国カリフォルニアでアザラシの行動調査を定期的にやっていたので、その調査に短期間参加させてもらうことにして、調査の流れ全体のイメージをつくり、南極の調査でネックになりそうな点とその対策をリストアップした。また捕獲や麻酔に関しては、40次隊や45次隊で越冬してアザラシ調査をやった研究者に会いに行って、どのような手法が望ましいかを入念に聞き取った。どうやら、個体の状況(オスメスの区別、太り具合、換毛の進み具合)をいかに見積もるか、そしていかに興奮させずにスムーズに捕獲して麻酔をかけるかが一番のネックになりそうだった。それには実際にアザラシを観察しながら要点をつかむしかなさそうだった。そのため、北海道の襟裳岬で漁師の定置網に混獲されたアザラシの調査と採血作業や、博物館に所蔵されているウェッデルアザラシの骨格標本を、越冬隊のドクターと一緒に観察させてもらった。麻酔薬を扱うには国や地方自治体の免許が必要であり、その手続きも進めた。低温下での頭へのデータロガーの取り付け方法やその材料は、外国の研究者に問い合わせ、必要な資材を国内外から調達した。データロガーは衛星発信型なので、取り付けて起動さえできれば圧縮されたデータがウェブサイト経由で入手できるものの、翌春に回収できればすべてのデータを回収できる。そのために、頭に取り付けるデータロガーの他に背中に電波発信器を取り付け、電波を頼りにアザラシを発見できるように機器を準備した。日本の電波法に合致し、かつ10km程度の十分な探知距離の期待できる潜水動物用の発信器がその時点ではなかったため、国内のメーカーと打ち合わせて試作品を作ってもらい、それを研究所の屋上に設置して、街中をアンテナ片手に練り歩きながら受信テストするという不審者的な行動もとらざるを得なかった。

 無事越冬隊員に選ばれ、観測準備を進めていったものの、懸念材料はいくつもあった。前次隊の57次隊の報告によれば、リュツォ・ホルム湾内の定着氷が10-20年に一度の規模で大きく流出し、新たな氷が形成されてもそれが再び流出しやすい状況が続いているとのことだった。そのため、夏や秋に基地周辺の定着氷が流出してしまえば、新たに安定な氷が形成されるまでの間、つまりデータロガーの取り付けに適した3月・4月に、ほとんど基地の外で活動できないかもしれない。そして何より、私を含め越冬をする隊員の誰一人として野生のアザラシを実際に捕まえたことがない。一時捕獲に適した個体の見極めと捕獲の手順、不動化の成否、データロガーの適切な起動と取り付け、どれ1つ欠けても調査は失敗である。下手をすると越冬期間中をみすみす無駄にするかもしれないな、といそがしく準備を進めながらも心のどこかで思っていた。しかしそれならばそれで仕方がない、とにかくやれることは全部やって、それでうまくいかなければ越冬前後のペンギン調査でがんばって成果を出し、それで良しとしよう、と割り切ることにした。

現地での調査と得られた結果

 懸念された通り、私が昭和基地入りした2016年12月にはリュツォ・ホルム湾の一部で定着氷が流出し、それが徐々に湾全体に拡がって、3月・4月には昭和基地周辺にも開氷面が見られるようになった。行動可能範囲がどんどん狭まっていくことに気が気ではなかったが、それでもわずかに残った定着氷の上にルートを工作し、アザラシの集まるところを発見する必要があった。それには、何かの役に立つかもと持ち込んでいたドローンが大活躍した。開氷面を避けるという制限があったため、通常なら大きく避けるべき氷山の近くやクラックを巧みに細かく回避しながら氷上ルートを設定せざるを得なかったし、高度を稼げばそれだけアザラシの発見効率は上がったから、ドローンによる上空からの偵察の効果は絶大だった。アザラシの捕獲や麻酔、データロガーの取り付けに関しては、事前の予習が実を結び、始めこそぎこちなかったものの、回数を経るごとに上達し、だんだんスムーズに捕獲とデータロガーの取り付けができるようになった(図1, 図2)。このように、当初の心配をよそに、秋に7個体、翌春に1個体、用意したすべての海洋観測データロガーを装着してデータを収集することができた。

図1. ウェッデルアザラシを一時捕獲してデータロガーを装着しようとしているところ
 
図2. 海洋観測データロガーを頭に装着したウェッデルアザラシ

得られた結果とその意味

 それではアザラシは越冬期間中どこへ行っていたのだろうか。結果は予想を上回って、主に東の方へ長距離(最大630km)移動していた(図3)。越冬期間中、定着氷は昭和基地周辺やその東方の海域で大きく流出し、4月には海氷面積が最小となった(図4)。アザラシはこの新しく広がった開水面の縁に沿って移動していた。開水面の残る5月までは移動を続け、再び定着氷の発達する6月に入ると、いた場所で移動を止めて一か所に留まる傾向があった。これだけの距離の移動は、これまで南極の他の海域で調べられてきたウェッデルアザラシの行動パターンから見れば、例外的に長い。

図3. 昭和基地周辺でデータロガーを取り付けたウェッデルアザラシの冬期間中の移動軌跡
図4. 昭和基地周辺の観測期間を通じた海氷の様子

  越冬期間を通じて衛星経由で送られてきた塩分・水温のデータを解析したところ、1つの大きな特徴が見られた。それは秋に亜表層で高温低塩分の海水が見られ、それが冬に向けて徐々に深く沈み込んでゆくという現象である(図5)。この暖かくて塩分の低い水は本来、海氷が夏に解けて海表面が暖められてできるような海水であるものの、夏の間定着氷に覆われていた当海域では、その場でできたものが夏から残っていたとは考えにくい。今のところ可能性が高いと思われるのは、以下のような説明である。当海域の沖合には、夏の間開水面となっている海域が広がっており、そこで長期間暖められた海水が、秋になって陸側に入り込んできたというものである。その原動力となり得るのが、秋に定着氷が割れてできた開水面と、その上を吹く北東―東からの風である。当海域では秋に最も強く風が吹き、その風向は北東―東である。風の力が開水面に作用すると、海表面で沖から陸へ向かう流れが生じると共に、海水が大陸に押し付けられる格好となって、行き場を失った海水は表面から下に押し込められ始める。これと共に海表面からの冷却で海水の比重が増すことの効果も加わって、海水は下方向に移動する。

図5. 冬期間中、1個体のアザラシによって観測された海洋環境

 それではこのような海水の移動はアザラシの行動や、海洋生態系の構成種にどのような影響をもたらしていたのだろうか?移動データと共に得られた潜水行動を解析すると、上記のような、高温低塩分の海水の影響下では、アザラシの捕食行動の指標が上昇していることがわかった。当海域の外洋側の表層には、南極の海洋生態系の鍵種である、ナンキョクオキアミが豊富に生息している一方、当海域のある大陸棚上で本来頻繁に見つかるのはコオリオキアミというより小さな種類のオキアミである。海水の移動に伴って、本来は沖側に生息しているナンキョクオキアミが、陸側に運ばれてきているという説明が、今のところ可能性が高いと考えている。このような外洋由来のナンキョクオキアミは一定期間生存して、直接アザラシの餌にもなるだろうし、そこに生息している魚の餌となったり、それがさらにアザラシの餌になったりもするだろう。実際、今回春に昭和基地周辺でアザラシに小型ビデオを取り付けたり、アザラシの糞を分析したりした結果、魚食性の強いと考えられていたウェッデルアザラシとしては高い頻度で、ナンキョクオキアミを捕食しているという直接的な証拠も得られている。

 つまり、秋に大気と海洋の相互作用が強まることで外洋由来の表層の暖かい海水が陸側に移動してきて、それがこの海域全体の生物生産を活発にしているという、当初は考えもしなかった海の様子が、ウェッデルアザラシの越冬観測を通じて初めて見えてきた。

得られた教訓と実感

 実際に南極に行って越冬観測をして、まだわかっていない動物の生態や環境利用のしかたを調べてみることの重要性を強く感じた。南極では行ってみるまで何が起こるかわからず、行って調べてみたら予想外に興味深いことがわかったという、南極の研究者ならば一度は経験したであろう一般的な現象を、とても深く味わうことができたと言ってもよい。

 白状すると、昭和基地で越冬してアザラシの調査をして、どれほどの研究成果を持ち帰ることができるのか、事前の期待値がそれほど高かったわけではない。そもそも南極の他の海域で行われてきたウェッデルアザラシの研究結果によれば、少ない例外を除いて、多くの個体が越冬中動き回ることなく一つの海域に留まり、呼吸穴を維持しながら比較的深い潜水を繰り返すという生活パターンを送っている。狭い海域の時系列データを詳しく調べる分にはいいかもしれないが、そこから予想される結果は、秋から冬に向かって海水が結氷点に達するまでひたすら冷え続け、海表面に新しい氷が張ったら次の夏に解けるまで海水の循環はほぼ停止し、アザラシはそこにある餌資源を深くまで潜ってとり続けるという、静的なイメージである。

 ところが実際に昭和基地で調べてみたところ、秋から冬にかけて定着氷が広い範囲で流出し、アザラシは予想に反して広範囲を動き回っていた。また秋には大陸棚上の広い範囲で外洋由来と思われる暖かい水が表層から入り込んでいて、その影響下でアザラシの捕食行動が上昇していたことから、外洋からの海水の移動がこの海域全体の生産性の向上につながっていることが示唆された。秋から冬にかけて、地域の海洋生態系に影響を及ぼしうるほど、南極沿岸の海洋環境が動的に変化するとは予想もしなかったし、このタイミングでこの海域の定着氷域の奥深くに生息するウェッデルアザラシの生態を調べなければ到底わからなかったことだろうと今になっては思っている。

 もう一つの期待外の大きな収穫は、普段は接することのない職業の人と一緒に野外調査を成し遂げられたことだった。準備段階での外国チームからの聞き取りによれば、アザラシの一時捕獲を含む野外調査は、専門知識と経験を持つ者同士でチームを組んで臨むことが通常であり、そのことで人間もアザラシも事故のリスクを下げることができる(それは全くその通りだと思う)ことから、経験者を隊員に一人も含まない今回の調査については相当の懸念が示された。このことは私自身強い不安を感じつつ調査に臨んだのだが、結果的には、非専門家が集まることで、私だけでは気付かなかったり解決できなかったりした問題点の多くが解消された。例えば①木工の得意な建築担当隊員と共にアザラシの反撃を防ぐための楯を作って、アザラシの予想外の動きに対応しやすくなった、②装具を何でも使いやすいようにカスタマイズすることの得意な野外活動支援隊員と共にアザラシを捕まえるための袋を改良して、捕獲作業や初期麻酔の効率が上がった、③発電・機械担当隊員からのアドバイスにより、小型発電機・電気ケーブル・ヘアードライヤーを持参して注射針やデータロガーの接着部を温めながら作業を進め、麻酔薬や血液の凍結を防ぎ、ロガーの接着時間を短縮できた、④通信機器工作なら何でもできる通信担当隊員に雪上車取り付け型のアンテナを作ってもらって、運転中の雪上車内からアザラシの発信器の出す電波を捉えることができるようになった、など枚挙にいとまがない。専門外であってもお互いの仕事に理解を示し、可能な限り協力するという、日本の越冬隊に通底するメンタリティーが、この面では功を奏したと言えるのかもしれない。

 まだお互いの素性もわかりきっていない越冬開始直後から、通常の年と比べて不安定な海氷上に出て、体重400kgにもなるアザラシと格闘しながらデータロガーを装着するという危険な仕事を共に引き受けてくれた多くの越冬仲間には、感謝の気持ちしかない。後で話を聞けば、ともすれば基地内にこもりがちな越冬生活の中、野外に動物調査に出て行くことができて嬉しかったという面も大きかったようだが、それを差し引いても自分の仕事の合間を見ては喜んで協力してくれたことには敬意を表する。越冬中には、ささやかながら相手の仕事も手伝ったりはしたものの、受けた恩を十分に返せたとは思っていない。今回の調査で得られたデータを様々な面で解析して、よい論文として多く公表し、南極の海洋環境や海洋生態系の変化をいち早くとらえるような研究に結び付け、発展させてゆくことが、昭和基地に一年滞在して動物の生態を調べてきた私の使命であると痛感している。

國分亙彦(こくぶん のぶお)プロフィール

国立極地研究所助教。1979年神奈川県生まれ。南極や北極で海鳥やアザラシの生態を研究している。動物に小さなデータロガーを取り付け、人間の目では直接見ることのできない海中の生活の様子を 調べている。第58次南極地域観測隊で越冬して動物を調査してきた。

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