北極域研究加速プロジェクト(ArCS II)の開始

榎本浩之(国立極地研究所 教授)

1.北極研究の最近10年の動き

 2020年6月1日より北極域研究加速プロジェクト(Arctic Challenge for Sustainability Project II:ArCS II)が開始した。日本の北極研究は2011年以降、大きな動きとなって実施されてきている。この活動をさらに加速すべくArCS IIが開始することとなった。2011-2015年には、GRENE北極気候変動研究事業が実施され、自然科学の多くの分野の研究連携、また観測とモデル研究の協働が行われた。北極の温暖化増幅の解明を中心とする大気、海洋、海氷、陸域の研究で成果をあげた。ここで、日本の300名以上の研究者が7つの研究課題の基に結集し、それを4つの戦略目標を通して、急速に変化する北極の温暖化の解明に向けてまとめる活動が行われた。

 そして、GRENE北極気候変動研究事業の科学的な成果を発展すべく、また、自然科学だけでなく社会科学、人文科学の課題も取り込んだ北極域研究推進プロジェクト(Arctic Challenge for Sustainability Project:ArCS)が2015年9月から2020年3月まで実施された。ArCSは、科学的成果を国内外のステークホルダーに伝えるという使命を担っていた。このプロジェクトの期間に、内閣府から「我が国の北極政策」が公開され、国内の省庁による北極対応の議論が進められた。また、産業界でも北極海航路利用が増加している。国際的には、北極評議会のワーキンググループでの北極の環境保全に関する議論も行われている。ArCSプロジェクトでは、それらに対する科学からの情報提供を行った。2018年の第2回北極科学大臣会合やその直前のアイスランドにおけるArctic Circle会合でも、文部科学大臣と外務大臣から日本の活動実績や今後の北極研究船構想についても発言されている。このような日本の北極の科学や政策に対する大きな動きが起きている。

2.ArCS II始動

 この流れを加速させるべくArCS IIが生まれた。北極に対する自然の変化、社会の変化と要請は、この10年間の中に大きく変わって来ている。そして今後どのような姿を目指すべきか、科学はどうふるまうことが出来るか、社会の反応をどう生み出すことができるか探し、提案していく。このため、自然科学の分野と人文・社会科学、防災や工学、さらに北極をめぐる法・政策の分野も取り込んだプロジェクトを開始した。

北極域研究加速プロジェクト(Arctic Challenge for Sustainability Project II:ArCS II)のプロジェクトゴールとその実現を目指す4つの戦略目標、2つの重点課題、研究基盤の構造。

 プロジェクトのゴールとしては、

「持続可能な社会の実現を目的として、北極域の環境変化の実態把握とプロセス解明、気象気候予測の高度化などの先進的な研究を推進することにより、北極の急激な環境変化が我が国を含む人間社会に与える影響を評価し、研究成果の社会実装を目指すとともに、北極における国際的なルール形成のための法政策的な対応の基礎となる科学的知見を国内外のステークホルダーに提供」することを掲げている。

 北極域は、脆弱なバランスのもとで成り立っていると言われているが、まだ観測地域やデータは限られており、観測空白域を解消して正確な北極域の変化の実態を把握し、精緻で高精度な将来予測を実現し、社会に及ぼす影響を把握して、その脆弱性を減少させ、対応策を構築していくことが急務である。また、環境の変化に伴う先住民の権利や資源の開発・利用の諸問題に対処するための科学的な知見が求められている。

 本プロジェクトでは、『我が国の北極政策』にある「研究開発」、「国際協力」、「持続的な利用」や、『第3期海洋基本計画』で謳う「北極をめぐる議論の主要なプレイヤーとして、広範な国際協力に基づく地球規模課題の解決」に貢献し、国連が提唱するSDGsも踏まえた持続可能な社会の実現に不可欠な知見を提供することを目標としている。

3.戦略目標と重点課題、研究基盤

 これを実現するために4つの戦略目標と2つの重点課題を設定し、それに必要な研究基盤を整備する計画を作成した。

4つの戦略目標として、

先進的な観測システムを活用した北極環境変化の実態把握、
気象気候予測の高度化
北極域における自然環境の変化が人間社会に与える影響の評価
北極域の持続可能な利用のための研究成果の社会実装の試行・法政策的対応。

2つの重点課題は、
 人材育成・研究力強化、および戦略的情報発信。

研究基盤としては、
 国際連携拠点、観測船、地球観測衛星データ、北極域データアーカイブシステム(ADS)、である。

 それぞれの戦略目標の下には、研究課題が入るが、他の戦略目標にも連携して活動する。先進的な大気、海洋、海氷、陸域の北極観測の実施、それによる気象の遠隔影響や予測可能性の向上、自然環境の変化が社会に及ぼす影響、そして国際的なルール作りに法政策的研究活動がある。社会影響に関しては、人文科学、社会科学も自然科学とともに活動する。また、北極海航路の状況予測や氷海と船舶への影響など、工学的な課題にも取り組む。北極をめぐる国際法の動きに速やかに対応するために、最新の情報や社会の関心をとらえておくことにも力を入れる。

 重点課題では、若手育成とともに国際的な研究グループ間での協力の強化も目指している。持続的な研究進展や国際的な議論の場で活躍できる次世代育成は重要な課題である。また社会へのアウトリーチの強化も不可欠である。戦略的情報発信では、「北極環境情報統合プラットフォーム」を開設し、情報提供の一元化と届けるべきところに届けるべきタイミングで提供できる効果的な発信をめざす。さらに「北極海氷情報室」を設置し最新の科学的な成果と情報利用者の要望をつなげる活動を担うこととした。研究基盤がそれを支える。北極圏の国々への連携拠点の拡大、海洋地球研究船「みらい」の北極航海、JAXAの衛星データ利用促進、科学データを公開や国際的なデータベースと接続を担うADSがある。この活動のアウトカムとなる政策や社会実装に関しては、それぞれコーディネーターを配置した。

「変わりゆく北極」から、「望ましい北極」へ。5年間のプロジェクトがその観測と理解、行動と社会実装の進展を目指す。

 プロジェクトは2020年から2025年までの5年間、この間に北極の科学の進展と変化する社会要請への対応は変わる、そしてその後の「望ましい北極(Ideal Arctic)」にどうつながるか、北極域研究加速プロジェクト(ArCS II)が始まった。

最後に

 この報告を紹介する2020年7月、世界はまだ新型コロナウィルスの深刻な影響下にあり、北極へのアクセスも閉ざされている。北極は今、夏の観測シーズンを迎えている。プロジェクト内でもその対策が進められている。また海外の研究グループも対策を模索している。様々な国で、現地の研究者や住民に協力を要請する方法が模索されている。そのなかで7月初め、グリーンランドより、日本が希望する調査を実施したという報告が届いた。国際的にもよい先行例となったが、これにはそれまでに築かれてきた現地との信頼関係が重要であった。最新科学と地域がどうつながるか、新たな科学活動の試みが北極で行われている。

メルマガの読者に向けて:

このメルマガでは探検や冒険、調査において各地でフロンティアとして活動された方の話が紹介されている。多くの国際会議で、極地に生きてきた先住民の知識や技術、自然に対する姿勢も最新の科学とどう組みまわせられるかという議論が盛んに行われている。新型コロナウィルスの影響に対し、現地の研究者、住民に協力を要請する方法が模索されているが、それを可能にしているのは、これまでの現地で活動された日本からの訪問者に対する信頼であると言える。

榎本 浩之(えのもと ひろゆき)プロフィール

国立極地研究所国際北極環境研究センターおよび総合研究大学院大学・教授、国立極地研究所副所長。北海道大学工学部応用物理学科卒、筑波大学環境科学研究科修了、スイス連邦工科大学博士課程修了(Ph.D)。北見工業大学勤務を経て、2011年より国立極地研究所勤務。北極圏では1987年スバールバル掘削、1991年に開設期のニーオルスン基地利用研究、2000年代初めよりIARC/JAXAで雪氷現地調査及ぶ衛星観測研究。南極圏では1993年第34南極観測隊越冬隊でドームF表層掘削・基地建設参加。2003年オーストラリア南極観測隊(南大洋海氷調査)、2007/2008年第49次隊にて日本-スウェーデン共同南極内陸トラバース参加。専門は極地気候学、雪氷学、リモートセンシング工学。北極研究加速プロジェクト(ArCS II)プロジェクトダイレクター。

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