シリーズ「極地からのメッセージ」第2回

地球最北の犬ぞり猟に同行して

朝日新聞特別報道部記者 中山由美

果てしなく続く純白と青い空がまじわる彼方、「雪平線」そんな言葉が浮かぶ。さえぎるもの一つない氷床は南極大陸を思い出させる。北極・グリーンランド北西、10頭の犬にひかれて半月、約600キロを走った。「地球最北の村」シオラパルクに暮らす大島育雄さん(68)の犬ぞり猟に4月、同行した。
大島さんは1972年にこの地へ渡り、猟師として生きてきた。猟の旅に出るのも「最後かも」と現地にいた山崎哲秀さん(当メールマガジン創刊号に寄稿)から連絡があった。大島さんに電話すると「そろそろ引退かな」と話す。撮影機材に防寒具、シュラフ……約50キロの荷物を抱えて現地へ急いだ。
冬の北極を犬ぞりで走ったことはある。寒風に長時間吹きさらしになる過酷さは覚悟していたが、想像以上だった。海氷を1時間ほど走ると、目の前に氷壁がそびえる。「氷河を登るよ」と大島さんはそりを降り、犬たちを斜面に誘導する。私も降りて重たい雪靴で登る。転がる岩にそりがひっかかれば、押したり引いたりして向きを変える。ガタガタの氷上では振り落とされないようしがみつく。のんびり座っていられない。
氷床は気が遠くなるほど続いた。彼方に蜃気楼が揺らぐ。ほおが凍りそうだ。大島さんは風と雪の筋で方角を確かめ、そりを走らせる。標高1300㍍、進路を北から西北西へ替えた。
午後11時40分、-36度。雪原に落ちる太陽にビデオを向ける。薄い手袋になって操作するが、1分ともたず、指は凍えて動かなくなる。
そりはがたがた揺れながら氷の坂を下る。午前1時、「氷床上で吹雪になると動けなくなる。ここまで来れば大丈夫だ」と大島さん。出発から17時間たっていた。

テントを張り、ラーメンをかきこむ。極寒と空腹から解放され、横になった時だった。右手の中指が変だ。じんじんしびれている。コンロの火にかざして見ると、指先から1センチ下まで白っぽい。「まずい。凍傷だ」。南極は越冬を含め2回、北極4回、冬山も数えきれぬほど行ったが、初めてだ。「悪化しませんように」。軟膏を塗って祈るしかなかった。
これまでの極地取材は研究者の同行、北極に生きる猟師とは「安全係数」が違うのだ。荷物と人で重さ300キロにもなるそりをひき、走り続ける犬の体力も驚異的だが、使う方も相当な体力がいる。出発は犬を誘導し、走り出すそりに飛び乗る。「アッチョ(右)!アッチョ!アッチョ!」と声を張り上げ続け、鞭をしならす。10頭の犬は「曲がれ」「止まれ」の号令一つで素早く反応できる訳ではない。ベテランでもヒヤリとする場面に遭遇する。がくっとそりが止まり、見るとクレバスが口を開けていた。「犬が落ちた!手伝って」と大島さんが叫ぶ。3頭がそりとつながったまま氷の割れ目で宙づりに。なんとか無事にひきあげ、ホッとしたのもつかの間、そりが横転するハプニングもあった。

山崎さんとは初日の夜、はぐれてしまった。そりが深雪にはまり「追いつけない」と判断、引き返すことにしたのだ。吹雪で停滞し帰還には5日かかった。残念だが、無理をしない判断は賢明だ。
大島さんには体力だけでなく、猟の腕にも驚かされた。2日目、ジャコウウシを1頭仕留める。翌日もう1頭。「犬のエサは十分。猟が続けられる」。本領はこの後だ。北の海岸アウンナットに着いた翌日、大島さんが双眼鏡を手にとった。「シロクマだ!」。海氷の上、クリーム色の小さな点が動いている。距離は500㍍近い。ビデオをまわし始めると、パンと乾いた銃声が1発響いた。クマはばたっと崩れ落ちる。「すごい!」、横を見ると大島さんは「遠いから腹より1メートル上を狙ったんだ」と照れ笑いした。
ナイフ1本で皮をはぎ、肉をとり、骨をはずす。その光景は、不思議にも生々しさを感じさせない。見事だ。毛皮をきれいにたたみ、大島さんは「イサムのズボンが作ってやれる」と笑顔を見せる。防寒と防水に優れた毛皮は伝統の衣装。6月で14歳になる孫にプレゼントするという。

犬たちは骨にしゃぶりつき、肉は私たちも頂く。「ありがとう」と言葉が自然に出る。肉をかみしめながら、私たちの社会は毎日どれだけ食べ物を捨てているのかと思いをはせた。
大島さんはクマの爪10本をきれいにはずした。装飾品になる。頂いた命に感謝し、無駄にせず使い尽くす、それが北極の伝統だ。ジャコウウシやトナカイの毛皮は暖かい上着や敷布になる。アザラシの皮はイッカク猟や伝統食キビヤックを作る時の道具や袋にもなり、昔は脂でランプを灯した。
そんな自給自足の生活も「貨幣経済が来て壊れてしまった」という。犬ぞりで走った北の海岸には住居の跡があった。もう誰もいない。電気や電話が来ればお金が必要になる。仕事を求めて南へと人は流れていく。シオラパルクも100人以上いた時代もあったが、今は30人ほどに。猟に出た頃、ほかの猟師仲間は観光客を犬ぞりで案内したり、隣村でオヒョウを釣ったりして稼いでいた。
千年余り続く犬ぞり猟を取り巻く環境は厳しさを増す。温暖化で、海氷がはり、大地を雪が覆う時期も場所も狭められてきた。さらに「狩猟制限が堪える」と大島さん。国際社会の声に押され、狩猟数の上限が課せられる。シロクマはグリーンランド北西一帯で年間6頭、専業猟師だけに認められる。「一部を一時期調べて推定したものが『世界中で絶滅危機』のように騒がれる。ここらは調べていないのに」。セイウチも制限されて増えた結果、「アザラシが減ってしまい、バランスが崩れてきた」と大島さんはいう。

猟師はこの10年間で半減した。先住民の伝統の防寒服や猟具を作れる人が減り、大島さんの元にはグリーンランド全土から注文が絶えない。民族衣装に使うアザラシの皮の処理方法を教えに遠方の学校にも出向く。今や大島さんは伝統の希少な担い手だ。でももう「子供たちは猟師だけでは食べていけない」と語る。
“人と動物”、“人と自然”の関係ではない。北極の先住民は弱肉強食の輪に組み込まれ、自然の恵みを頂きながら生きてきた。“人と自然が共生する”世界も今、消えかけている。「いい時代に生きた」という大島さんの言葉が突き刺さった。

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写真1.犬ぞりの旅の途中で(イニュアッフィッヒャーにて)

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写真2.大島育雄さんと、後ろは長男のヒロシさん夫婦。

中山由美(なかやま ゆみ)プロフィール

朝日新聞記者。南極へ2回、北極へ4回、パタゴニアやヒマラヤの氷河も取材してきた。女性記者で初めて第45次南極観測隊の越冬隊に参加し、マイナス60度のドームふじ基地で暮らし、氷床掘削を取材。第51次隊では、セールロンダーネ山地地学調査隊と氷上で40日間暮らし、隕石探査や地質調査を取材した。

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