シリーズ「南極観測隊〜未知への挑戦」第1回

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大型大気レーダー“PANSY”への挑戦

三菱電機株式会社 伊藤 礼

 私は、第53次越冬隊と、第56次夏隊の2回にわたりPANSYのシステム構築のため、三菱電機から南極地域観測隊へ参加した。  52次隊から建設の始まったPANSYであるが、苦節5年を経て、今次56次隊でようやく全システム構成完成という節目を迎えることができた。技術者として、完成の瞬間に立ち会えたことを大変光栄に思う。諸先輩方のご尽力に敬意を表し、僭越ながらPANSYについて、紹介することとする。  PANSYは、正式名称を「南極昭和基地大型大気レーダー計画」と言い、英語名 Program of the Antarctic Syowa MST/IS Radarの頭文字を並べ、アルファベットで略称PANSYと呼んでいる。  PANSYの構成品は、大きくアンテナ関係の屋外装置(空中線、送受信モジュール、屋外分配装置、屋外ケーブル類)と、PANSY小屋と呼ばれる建屋内にある屋内装置(変復調装置、データ処理装置、電源、屋内分配装置など)に分かれる。  PANSYシステムの特徴は、何と言ってもその空中線システムにある。アクティブフェイズドアレイという空中線方式を採用しており、多数の素子アンテナに小型のレーダーとも言える送受信モジュールが取り付けられ、電波を送受信する。上層大気の散乱信号から、大気の運動(風)などの物理量を計測することができる。  各アンテナは、群と呼ばれる6角形に配列された19素子を単位として、屋外分配装置を介して制御、管理されている。1群に1個、屋外分配装置があり、電源、送受信信号、制御信号が分配・合成される。(図1参照)

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図1 PANSYアンテナ1群の配列

 空中線は全55群で構成され、19素子×55群で総数1045素子となる。(実際は、迷子岩などあり2素子欠番あり)  PANSYは、レーダーシステムを構築するにあたり、大きな試練を2つ乗り越えねばならなかった。  1つ目は物資輸送である。当初計画では、53次隊で全システム構成が完成する予定で、全ての物資は、52次、53次の2回に分けて輸送されるはずであった。52次隊、53次隊の積荷を合わせると、12ftコンテナ約50個、スチコン約60個、リターナブルパレット22個に裸物という量になる。  しかしながら、ご存知の通り、多くの方の努力も虚しく53次隊、54次隊では砕氷艦しらせが接岸できず、さらに54次隊では氷上輸送もできず、しらせに搭載されていた12ftコンテナのほとんどが昭和基地を目前にして帰国せざるを得なくなった。  55次隊、56次隊では、しらせが接岸を果たし、大量の物資を昭和へ送り込むことができた。 (写真1)2年連続の接岸で、全ての物資が搬入され、システム全群完成に至ったのである。

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写真1 接岸したしらせをPANSYエリアから臨む。(56次隊)

 もう一つの試練は、予想外の積雪であった。元々、事前の調査で雪がつきにくい迷子沢を建設地としたのだが、52次隊では想定以上の積雪に見舞われ、やっとのことで建設した1043素子のアンテナの半数以上が雪に埋まり、使用不能となってしまった。(写真2) パイロットシステム的に観測するために、ようやく電波発射にこぎつけた3群のアンテナも雪に埋もれ、観測できない状態になってしまった。  

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写真2 52次隊の積雪の推移

 53次隊では、当初ほぼ円形となるはずだったアンテナ配置を変更し、雪に深く埋もれた一部の空中線群を雪のつかないところへ分散・移設することとした。そのため32群分の空中線基礎孔(640個)を新たに掘削した。 移設計画の概要を図2に示す。 しかし、積雪の問題は、移設だけでは解決できず、現在も一部のアンテナは設計を変更して嵩上げするなどして調整中である。

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図2 PANSY空中線移設計画概要

 ここで、アンテナに比べやや地味な存在である屋外ケーブルについて紹介しよう。 ケーブルは、送受信信号、電源、制御信号をPANSY小屋から、素子アンテナの1本1本へ伝送するいわばレーダーのライフラインである。 PANSYで使用している屋外ケーブルは、PANSY小屋から各55群の屋外分配装置までの基幹ケーブルと、各群内で屋外分配装置から素子アンテナまでの群内ケーブルに大きく分類される。  基幹ケーブルには、電源、制御、RFの3種あり、電源ケーブルは、接続先の位置により、90m~240mの長さで、各群3本ずつ敷設する。制御ケーブルは同様に150m~240mの長さで各群1本、RFケーブルは信号の振幅、位相を揃えるため、一律240mで各1本、都合1群あたり5本の基幹ケーブルを敷設することになり、基幹ケーブルの総数は、5×55=275本である。  基幹ケーブルは、ケーブルドラムに巻きつけられて運搬、現場へ搬入される。敷設に当たっては、写真のようにドラムをジャッキの上へ乗せ、糸巻きから糸を繰り出すようにケーブルを引っ張り出し、PANSY小屋から、接続先のアンテナ群まで展張するのである。この作業は、重機が使えないため、すべて人力で行われた。(写真3) ちなみに、ドラムに巻きつけられた屋外ケーブルは、軽い物で約80kg、最も重いのは240mの電源ケーブルで、280kgである。

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写真3 基幹ケーブル敷設作業(53次隊)

また、敷設した基幹ケーブルの長さは合計で約56kmに及ぶ。 その他、各群内で、屋外分配装置から各アンテナ素子の送受信モジュールへのRFケーブル、電源・制御ケーブル、さらに、送受信モジュールからアンテナの放射エレメントへのRFケーブルがあり、群内ケーブルの長さの合計は約40kmである。 屋外ケーブル全部では総長96kmとなり、フルマラソン2回でまだお釣りがくる長さである。  すべてのアンテナにケーブルが接続された瞬間に自分が昭和基地にいたことは、まさに運命の巡り合わせであり、この機会を与えていただいた関係各位に深謝する。(写真4)

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写真4 全群完成の記念撮影(56次隊、55次越冬隊)

 今後、このPANSYを研究者の方々に大いにご利用いただき、多くの貴重なデータを取得し、地球を取り巻くサイエンスの解明に役立つことを期待する。

伊藤 礼(いとう れい)プロフィール

1953年三重県生まれ。京都大学工学部卒業、同大学院修士課程修了、三菱電機株式会社へ入社。入社以来、防衛用レーダーの開発、設計に従事。2010年、PANSY担当の越冬隊員の社内公募に応募し、第53次隊で越冬。2014年、同社を定年退職し、専門嘱託として再入社。第56次夏隊に参加し、PANSYの建設、システム調整を行う。現在も、大気レーダー関係に従事。
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