シリーズ「南極・北極研究の最前線」第3回

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隕石研究の現場から

国立極地研究所助教 山口 亮

1969年、日本南極地域観測隊(JARE)によって、やまと山脈付近の氷床上で9個の隕石が発見された。その後の南極探査により、氷床上の一部(裸氷帯)に隕石が集まっているという事実が明らかにされた。JAREでは、最初の発見や他のプロジェクトの付随的な探査を含めると、これまで23回の隕石探査が行われた。国立極研究所は、世界最大級の隕石コレクションを保有している。現在、世界中で確認されている隕石の個数は52,000個を超えているが、その約70%は南極で採取されたものである。南極隕石の研究によって、惑星物質科学やその関連分野は飛躍的に発展した。 地球に落下する隕石のほとんどは、小惑星を起源とする。小惑星とは、太陽系誕生時にあった微惑星や原始惑星の生き残りである。微惑星や原始惑星は、地球や火星などの大きな惑星の発達途上にあり、大きな惑星の原材料になったと考えられている。これらの隕石の形成年代は、45-46億年と大変古く、太陽系誕生とほとんど同じ年代を示す。地球最古の鉱物は、44億年といわれているので、隕石は太陽系誕生から地球誕生までの歴史を知るのに重要な試料である。 ダイオジェナイト隕石は、分化隕石の一つで、隕石の中でも数が多いものの一つである。三番目に大きい小惑星ベスタを起源とする。ベスタは、大規模溶融を経験した原始惑星としては、ほぼ完全な形で、唯一生き残ったものである。ベスタ起源の隕石は、これまでに全体では2000個ほど、南極では700個以上回収されている。2011年に、アメリカの探査機DAWNがベスタを訪れ、詳細な表面観測を行った。 ダイオジェナイトは、主に輝石と呼ばれる鉱物からなる岩石である。地球の岩石名では、輝岩とかハルツバージャイトに分類される。地下深部でゆっくり冷えて出来た岩石(深成岩)である。そのために、数ミリからセンチメートル単位の比較的大きな結晶からなる組織を示すことが多い(図1)。岩石組織や元素組成の考察から、ダイオジェナイトは、ベスタの下部地殻かマントル上部(数kmから数十km地下)で固化したとされる。

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図1. Asuka-881548隕石の薄片写真.横幅は4.7 mm.1 cm近い大きな輝石やかんらん石の結晶からなる.典型的な深成岩の組織を示す.同じダイオジェナイト隕石であるが、岩石組織は全く異なる.南極で見つかった隕石である.

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図2. NWA 5480ダイオジェナイト隕石の切断面.横幅は2.5cm.中央部の白っぽい部分はかんらん岩で、周りの黒い部分は輝岩(主に輝石からなる岩石)である.

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図3. NWA 5480ダイオジェナイト隕石の薄片写真.横幅は4.7mm.カラフルに色が付いた部分はかんらん岩で、グレートーンの部分は輝岩である.輝岩の中にかんらん岩の破片が沢山散らばっているのがわかる。また、左には輝岩の脈が、かんらん岩の中に走っている.
筆者らのグループは、このダイオジェナイトや関連する隕石から、小惑星ベスタの地殻発達史を明らかにしようとしてきた。Northwest Africa 5480 (NWA 5480)と呼ばれるダイオジェナイト(図2, 3)は、他と異なり、普通の深成岩の組織をしていないことがわかった。非常に不均質な組織をしている。不定形や破片の形をしたかんらん岩が、輝石のなかに埋まったような組織をしている(図3)。これは、もともとあった岩石が、一度、粉砕され融けて(あるいは、再結晶して)できたような隕石(衝突角礫岩と呼ばれる)にみられる組織である。 化学組成を調べてみると、普通の(ケイ酸塩鉱物からなる)岩石に比べ、親鉄元素が相対的に高いことがわかった。親鉄元素は、その言葉通り、金属鉄に取り込まれやすい。原始惑星が大規模溶融したときに、金属鉄は中心に沈積し金属鉄のコアを形成する.その時に、ケイ酸塩マグマから取り除かれる。よって、ケイ酸塩質な地殻やマントルに、親鉄元素は極めて微量しかはいっていないはずである。 しかし、親鉄元素に富む物質(始原的物質や金属コア)が地表に衝突すると、その物質の汚染のために、親鉄元素が相対的に富むことがある。月や火星、小惑星ベスタの表土は、数多くの隕石衝突により破砕されており、親鉄の含有量が極めて高い。よって筆者らは、岩石組織や化学組成の考察から、NWA 5480ダイオジェナイトは、小惑星ベスタに起こった大規模衝突で融けて固まった岩石であるという結論を出した。 冷却速度や元素組成から、NWA 5480の形成場所がある程度推定できる。深さ数kmの場所で冷えたことがわかった。もしこれが、衝突によって出来た溶融岩ならば、その衝突クレーターのサイズは数百キロメートル近くなると推定される。探査機DAWNの観測により、小惑星ベスタの南半球に、非常に大きな衝突クレーターが見つかっている。大きさは、ベスタの直径(約500km)とほぼ同じである。クレーターに露出している岩石はダイオジェナイトに類似する。NWA 5480は、そのような場所起源であると結論づけた。 この変わった隕石に着目していたのは、筆者のグループだけではなかった。まさに公表しようとしていた時に、ドイツのグループに、同じ隕石の研究結果が公表されたのだ。こういった研究は、結果を先に発表されると価値は大幅に減ずる。しかし、彼らの結論は全く異なった。このグループは、NWA 5480に含まれるかんらん岩に、特有の組織(結晶方位配列)を見つけ、これがベスタ形成初期のマントル対流で出来たと結論づけた。非常に興味深い解釈である。しかし、大規模衝突によって出来たとする筆者らの仮説と相反する。 すぐに、筆者らはその論文に対する反論論文を投稿した。しかし、そんなに簡単に事は進まなかった。反論コメントであったためA4二枚程度とページ制限が厳しく、説明が非常に難しかった。ドイツのグループも、筆者らの論文に反論コメントを出した。両方のコメントは、外部査読に回されたが、編集者の判断は掲載拒否。編集者や査読者が、論点を理解していたとは思えなかった。 その後、論文を大幅に書き換えて別の専門誌に投稿した。二名の査読者の判断は、「掲載拒否」および「大幅改訂」である。担当編集者の判断は、「大幅改訂」である。ぎりぎりセーフである。実際は、大幅改訂もすることなく若干の修正で、意外なほどすんなり受理された。結果がしっかりしているのは必要条件であるが、議論にユニークなアイデアがあると、査読プロセスで苦労することが多い。無難な議論であるとすんなり受理されることが多いように思える。 さて、一見矛盾する仮説である。が、さらに思考を進めていくと、このかんらん石の方位配列も大規模衝突の結果ではないかという考えにたどり着いた。あるシミュレーションによると直径数百kmの微惑星同士の衝突では、数分から数十分も歪変形が続くという結果が出ている。太陽系初期の、内部が高温であった微惑星同士の衝突では、高温で比較的ゆっくりした変形が起こってもおかしくない。そうすると、この方位配列も大規模衝突の結果ではないかということである。最初は矛盾するような観察も、さらに思案を進めていくと別のものが見えてくるものである。これが研究のおもしろさである。

山口 亮(やまぐち あきら)プロフィール

国立極地研究所助教、南極隕石キュレーター。1994年に東京大学理学系研究科修了、博士(理学)。ハワイ大学マノア校、無機材質研究所(現物質材料研究機構)を経て現職。国際隕石学会フェロー。隕石命名委員会委員、国際誌「Meteoritics & Planetary Science」のアソシエイトエディターを務める。第54次南極地域観測隊の夏隊でベルギーとの共同隕石探査に参加。
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