シリーズ「南極観測隊の生活を支える技術」 第5回

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南極での風力発電機の利用

国立極地研究所極地工学研究グループ 石沢 賢二

1.第1次隊が持ち込んだ風力発電機 第1次隊が南極に出発する年の昭和31年2月、南極地域観測機械関係準備委員会が日本機械学会に発足しました。この組織は、南極特別委員会の協力要請により遅ればせながらできたもので、民間会社の協力を得て、機械関係のいっさいの企画・準備を行い、観測隊に様々な製品を持たせました。そこで決めた方針は、①すべて国産品とする。②内地で使用されている物に最小限の改造を行い、-30~-40℃の低温でも機能を発揮すること。③南極での使用を目的として特別に設計・試作したものも含む。これらの製品の中に、風力発電機も含まれていました(文献1)。この風車は、翼理論の権威であった守屋富次郎東京大学教授の指導の元、本田技研工業が設計・製作した寄贈品でした。昭和基地に持ち込もうと、橇積みして待機中に、橇が載った海氷が流れ、海の藻屑となってしまいました。越冬中の非常電源やバッテリーの充電に使うためのものでした。図1に示すように、直径4.4mの3枚翼で、風速によりブレードのピッチ角を変えて回転数を一定にできる本格的なものでした。  

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図1 第1次隊が持ち込んだ1kW風車(文献1からトレース)

2.ナンセンがフラム号で使った風車 1911年に南極点初到達を成し遂げたのはノルウェーのアムンセンです。彼の先輩に当たるナンセンは、自らが北極で使用した船をアムンセンに提供しました。ナンセンは木造耐氷船フラム号を使い、1893年(明治26年)から1896年にかけて北極海横断漂流を試みました(文献2)。この時、甲板上に風車を設置し、極夜となった1893年10月25日から約1年間、電気照明装置の電力源として使用しました。この風車は、図2にあるように相当大振りの物で、羽根が風向に追尾せず、強風時には分解する必要があるなど、手間がかかるものでした。しかし、船のエンジンが停止した船内では、貴重なエネルギー源でした。稼働から約1年後の1894年10月12日には、歯車がすり減って破損、使用不能になりました。  

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図2 1893年3月北極海で閉じ込められたフラム号の風車

3. 日本隊の取り組み 第1次隊での風車の持ち込み以降、多くの小型機を導入し運転を試みました。その使用目的は大きく2つに分けられます。一つは、基地の補助電力源として、ふたつ目が、無人観測装置の電力源でした。比較的短期間の運転に成功した例はありますが、その多くは何らかの不具合により期待した性能を発揮できませんでした(文献3)。その原因の多くが、南極特有の低温、地吹雪、強風によるものでした。設置場所の気象条件の検討や国内試験が充分に行われないまま、実用機として持ち込むケースが多かったのです。 1991年、第32次隊であすか基地に設置した1kW小型風車は、基地閉鎖後も順調に稼働し、2004年でもブレードの正常な回転が確認されました(図3)。この風車はあすか基地の風況に併せて設計したもので、ブレードを主風向に向け固定したこと、永久磁石励磁式の交流発電機を採用したこと、ワイヤステーなどが無いモノポールタワーにして振動軽減を図ったこと、ブレードのピッチ角を固定し強風時の過回転を防止したことなどが特徴です(文献4)。

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図3 あすか基地の1kW風車

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図4 昭和基地の20kW風車(56次隊中村隊員提供)

一方、昭和基地には、2000年、第41次隊により10kW風車が建設・運用されましたが、7月1日から37時間継続したA級ブリザード(最大風速41.1m/s、最大瞬間風速53.6m/s)によりポールが折れ破損してしまいました。その後、持ち込んだ復旧機もブレード制御機構が故障するなどのトラブルに見舞われ、第49次隊でようやく安定した運転が行えるようになりました。その後、第53次隊では20kW垂直軸型風車を持ち込みました。しかし、「しらせ」の2年連続の接岸断念で資材が運べず、結局、第55次隊で1号機が完成し運転を始めました。垂直軸なので風向制御が必要ないこと、発電機や制御装置が風車下部の小屋に収納できるため、メンテナンスが容易なことなどが特徴です。2016年には第2号機も完成し、ディーゼル発電機との連系運転が始まりました(図4)。第1次隊以来、様々な失敗を繰り返しましたが、基地電力源の一つとしてようやくその地位を築いたと言えそうです。 4.南極基地の風況 図5は、年平均気温と風速から分類した各基地の気候区分です。沿岸から内陸に入るに従い気温は低下します。同じ沿岸に位置しても、昭和基地のような弱風帯とモーソン基地のようなカタバ風帯に別れます。カタバ風とは、内陸高原で冷やされた空気が、重力の影響で斜面に沿って下方に流れる風のことです。海岸からやや内陸に入った棚氷帯でも強風帯と弱風帯があります。みずほ基地は、さらに内陸に入った寒冷カタバ風帯です。ドームふじ基地が属する高原寒冷帯は-50℃以下の極寒ですが、強い風は吹きません。

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図5 主な基地の気候区分

5.日本の各基地の風況 図5の気候区分図で分かる通り、日本の各基地はそれぞれ違う気候区分に立地しています。図6にその位置関係を示します。沿岸から約270km離れたみずほ基地は、標高2,200mの氷床上にあり、東風が卓越し平均風速11m/sのカタバ風帯です。また、昭和基地から西に650km離れたあすか基地の風速は、12.6m/sに達します。第28次隊から32次隊までの5年間、ここで越冬隊が生活しました。午前中はカタバ風が吹き荒れるため、風が弱くなった午後に外作業を行うようにしていました。

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図6 日本の南極観測基地

図7は、昭和基地、あすか基地、ドームふじ基地の風速の年間出現頻度分布図です。昭和基地は、2~3m/sにピークがあり、風力発電には適さない20m/s以上の強風も存在します。ドームふじ基地のピークは、7m/sで、強風はほとんどありません。弱風用風車を持ち込めば発電可能です。あすか基地は、弱風、強風の頻度が少なく、5~20m/sの風が卓越し、風車運用にとって理想的な場所です。  

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図7 各基地の風速出現頻度

6.モーソン基地の風車 カタバ風の特徴を活かして大型風車が最初に建設されたのは、オーストラリアのモーソン基地でした(文献5)。この基地の平均風速は11.2m/s、最大瞬間風速は70m/sに達します。 2002/2003年のシーズンに300kW風車2台の建設が実施されました。建設のために、容量100トンのクレーンも導入しました(図8)。2基の風車建設に要した費用は、14億8,000万円です(文献6)。この風車は、ドイツ製の市販品ですが、鋼材、グリース、ゴムシールなどは南極仕様の部品を使っています。また、制御装置などはヒーターで温め周囲を断熱材で覆っています。もう一つの工夫は、通常よりタワーの高さを低くして、地上30m付近に風速のピークを持つカタバ風を有効に利用したことです。  

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図8 モーソン基地での300kW風車の建設

この風車の運転により、年間160klの燃料を削減できました。それまでは砕氷船で毎年燃料補給が必要でしたが、2年に1回で済むようになりました。500~600トン/年のCO2削減にも貢献しました。 風車で発生した電力は、基地のディーゼル発電機からの電力と系統連系して基地に供給されますが、その制御に電気ボイラーを使用しているのが大きな特徴です。図9で4台のディーゼル発電機の内、風車出力に合わせて必ず1台以上を運転します。この発電機から出る冷却水熱は、温水暖房に使っています。風車出力が増すと連動してエンジン出力は減り、暖房に利用する冷却水熱も減少します。このような時に風車出力で電気ボイラーを稼働します。逆に弱風の時は、油焚きボイラーを運転します。南極では常に暖房が必要になるので、ボイラーを使う制御は賢い方法です。この方式により、基地のエネルギー負荷に対する風車の寄与率は、電気と熱を併せて平均で35%に達しています。

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図9 電気ボイラーによる風車とディーゼル発電機との運転制御

7. ニュージーランドとアメリカが330kW風車3台を導入 2008-2009年のシーズンには、西南極にあるニュージーランドのスコット基地と米国マクマード基地が共同して、330kW風車3台を建設しました(図10)。建設地は、火山礫の凍土地帯で強固な岩盤が無いため、1個14トンのコンクリートブロック8個を地面に置いて、その上に発電機本体を組み上げています(図11)。タワーの高さは、37m、ブレードの直径は33.5mです。2010年から稼働し、出力の2/3はマクマード基地に、残りの1/3がスコット基地に送られています。この3台の大型風車の稼働により、マクマード基地の15%、スコット基地の87%の電力を賄い、年間454klの燃料節約に役立っています。将来は、さらに10基の増設計画がたてられています。周波数などの安定化のため、回転フライホイールが導入されています(文献7)。  

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図10 スコット基地近傍の330kW風車

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図11 1ブロック14トンのコンクリート基礎

8.風車利用の課題 風車利用の難点は、エンジンなどと比較して出力変動が激しく安定性にかけることです。また、季節間の長期的変動もあります。短期的な変動には、蓄電池や回転フライホイールが役立ちますが、1年間以上に亘って活用するには、水素によるエネルギー保存が期待されます。風車出力で水を電気分解し水素を製造し、タンクに貯めます。あるいは、液体のトルエンなどを混合し、有機ハイドライドとして保存することも可能です。気象資源の観点からすると、南極の風況、とくにカタバ風はすぐれたエネルギー源です。効率的に利用すれば、砕氷船での大量燃料輸送の呪縛から解き放される時代が到来するでしょう。 9.参考文献 1)Special Committee on Engineering for the Japanese Antarctic Research Expedition of Japan Society of Mechanical Engineers and Technical Members of the first, Second and Third JARE(1959): Report of the Mechanical Engineering Committee for the Japanese Antarctic Research Expedition. Nankyoku Shiryo (Antarctic Record) 8, 57-128 2)フリッチョフ・ナンセン(太田昌秀訳):フラム号北極海横断記-北の果て-、ニュートンプレス(1998年) 3)石沢賢二(1988):南極における風力発電機開発の意義と日本南極地域観測隊が使用した実験機の問題点, 南極資料Vol.32, No.2,pp.140-162 4) Ishizawa K. et al. (1990): A new designed wind generator for Antarctica., Proceedings of the Fourth Symposium on Antarctic Logistics and Operations, Sao Paulo, Brazil 1990 5) Tina Tine et al.(2009):Energy efficiency and renewable energy under extreme conditions: Case studies from Antarctica, Renewable Energy, ⅩⅩⅩ 1-9 6)David Waterhouse (2009):Remote Power Supply Case Study: Wind Turbines at Australia’s Mawson Station, Antarctica., Regional Electrical Engineering Forum 2009-IDC Technologies 7)The McMurdo Wind Farm: http://www.southpolestation.com/trivia/00s/windfarm.html

石沢賢二(いしざわ けんじ)プロフィール

国立極地研究所極地工学研究グループ技術職員。同研究所事業部観測協力室で長年にわたり輸送、建築、発電、環境保全などの南極設営業務に携わる。秋田大学大学院鉱山学研究科修了。第19次隊から第53次隊まで、越冬隊に5回、夏隊に2回参加、第53次隊越冬隊長を務める。米国マクマード基地・南極点基地、オーストラリアのケーシー基地・マッコ-リー基地等で調査活動を行う。
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