シリーズ「極地からのメッセージ」第5回

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地球最北の国際観測村、極夜絶賛開催中! ~北極圏ノルウェーを訪れて①

朝日新聞社会部記者 中山 由美

越冬の始まり
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ニーオルスンの空港で

どこを見ても、何時になっても、真っ暗だ。北極圏スバールバル諸島のスピッツベルゲン島に入ったのは1月半ば、“北緯78度”を実感した。南緯69度の昭和基地では、真冬でも、正午には地平線に近づく太陽を感じられた。夜明け前の明るさがしばし戻る。だがロングイヤービンは「極夜絶賛開催中」。マイナス5度前後の暖かさにも驚かされる。 ノルウェーのオスロから飛行機で北へ2時間、まずはトロムソ入りする。さらに1時間半、ロングイヤービンへ。搭乗口へ向かうとパスポートコントロールがある。「スバールバル諸島もノルウェーでは?」と尋ねると、「シェンゲン協定の域外なんだ」と検査官がいう。ヨーロッパで国境検査なしに行き来できる国際協定にノルウェーは入っているが、スバールバル諸島は対象地域外なのだ。確かにユニークな所だ。1925年発効のスバールバル条約で、ノルウェーの統治下となったが、条約締結国は居住や経済活動の自由が認められている。軍事活動は制限され、自然環境の保護・保全の義務を担う。根幹は経済にあるか、研究観測かという違いはあるが、南極条約に似ている。日本は両方の原署名国でもある。 ロングイヤービンは人口約2000人の小さな町だが、会社やスーパー、病院、地球最北の大学「UNIS」もある。日本人が経営する寿司屋もあった。どこへ行ってもクレジットカードやインターネットが使える。ホテルのロビーにはネスプレッソマシン、無料で温かいコーヒーがいつでも飲める。観光案内所の扉には、オーロラ予報の電光掲示板が光っていた。 極地といえば、野営装備や衛星電話を抱えて乗り込むことばかりだったせいか、北極に来た実感がまったくわかない。
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ニーオルスンのアムンセン像

人が定住する世界最北の地・ニーオルスンへはさらに小型機で向かう。約10カ国が観測基地をもつ国際観測村で、研究や設営にかかわる人以外は原則として、この飛行機に乗れない。取材記者も「身元引受人」が必要になる。 今回の北極行は、1月にトロムソで北極国際会議「Arctic Frontiers」が開かれるのに際し、ノルウェー大使館から誘いを受けてチャンスを得た。取材の希望を聞いて、様々な研究者らへもつないで下さった。だが、ニーオルスンは「今は無理」とノルウェー極地研究所からも断られた。基地「ラベン」をもつ日本の国立極地研究所も同様、職員や研究者が滞在していないからだ。そもそも真っ暗な冬に行こうという記者もめったにいないだろう。 「よく来たね」、ニーオルスンの空港で笑顔で迎えてくれたのは、ノルウェー地図局「Kartverket」のケント(Kent Roskifte)さん。出発前、私は困った末、人が常駐して通年観測している所を探した。気象、大気、そしてVLBI。VLBI観測は、日本の国土地理院にあたるノルウェー地図局が担う。日本から電話をかけ、「取材に行きたい」とお願いしたところ、快く引き受けてくれたのがケントさんだった。 夏には研究者ら200人ほどが入れ替わり立ち替わり訪れるが、冬は30~40人。静かな越冬生活を送っている。各国の観測所が点在し、食事の時刻にはメインの建物の食堂に集まる。サラダ、肉や魚、野菜料理にパスタ、パン、デザート……美味しい食事がずらり。ビュッフェスタイルで頂く。これら調理や住居、機械設備など基地生活、観測支援など、全体の設営を「Kings Bay」社が請け負っている。 昼食後、ケントさんは職場へ案内してくれた。VLBIの大きなアンテナが空を仰ぐ。何十億光年も離れた星から届くわずかな電波をとらえている。日本や南極など世界各地にあるアンテナと同時に観測し、電波を受信するわずかな時間差から、地球上の位置やプレートの動きを精密に測っている。微弱な電波でも影響するため、携帯電話は使用禁止。パソコンの無線通信ですらスイッチを入れてはいけない。 仕事は3人態勢で「3カ月働いて、1カ月の休暇をとるサイクル。休みの日はスキーに出かけたりして、楽しいよ。でも冬は暗くて、シロクマがそばに来てもわからない。あまり野外には出かけられないんだ」。極夜は4カ月。ケントさんが毎日通うのはスポーツジムだ。小さな体育館にランニングや筋トレのマシン、ボルダリング用の壁もある。
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週末の夕食

翌日は気象観測所(AWIPEV)を見学した。ドイツとフランスの気象局が人を派遣している。昭和基地でも見慣れた光景があった。ゾンデの放球だ。毎日午前11時45分に飛ばし、上空の温度や湿度、気圧などを測っているそうだ。 小さなケーブルカーで山に登ると、ツェッペリン(Zeppelin)大気観測所があった。二酸化炭素の濃度やエアロゾルなどを測る。採取した大気は、日本など世界各国の研究機関へも送られている。 それにしても暖かい。温度計をみると-2.5度!北欧は海流の影響で暖かいとはいえ、真冬にこれほどの高緯度で、驚きだ。 20年以上前から気象観測に訪れているドイツ技師のルーヘ(Wilfred Ruhe)さんは話していた。「冬は暖かくなったね。20年前は-20度くらいで、雨なんて降らなかったのに2年前の1月は年間降雨量の8割くらい降った。昨年の1月も雨が多かったし、今年1月も降った。目の前のフィヨルドが最後に凍ったのは2006年だったかな。昔は歩いて渡れたけれど。今は真冬でも凍らない。夏は気温が10度くらいにまで上がるんだ」 ここでも、温暖化の影響が進む北極が見えてきた。(続く)

中山 由美(なかやま ゆみ)プロフィール

朝日新聞社会部記者。45次越冬隊、51次夏隊。南極は2回、北極は5回、パタゴニアやヒマラヤの氷河も取材し、地球環境を探る極地記者。45次越冬隊は女性記者初の同行で、ドームふじ基地で氷床掘削も取材した。51次夏隊ではセールロンダーネ山地の隕石探査・地質調査に同行した。グリーンランドへは4回、氷河や海氷の観測取材、犬ぞり猟同行ルポをした。今年1月ノルウェー北部を取材。著書に「南極で宇宙をみつけた!」「こちら南極 ただいまマイナス60度」(草思社)、共著で「南極ってどんなところ?」(朝日新聞社)など。
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