雪の吹き溜まりから建物を守る
国立極地研究所極地工学研究グループ 石沢 賢二
1. 第1次隊の建物
第1次南極観測隊は昭和31年(1956年)11月に「宗谷」で南極に向けて出発しましたが、南極観測隊が使う建物を検討したのは、主に日本建築学会から選ばれた南極建築委員会の方々でした。強風への構造的な耐力や暖房の熱損失などを考慮し、図1のような斬新な案も検討されましたが、隊長・副隊長の強い要望もあり、結局採用されたのは、直方体の木製プレハブ式建物でした(文献1)。この魅力的な円筒形建物は、後で述べる現在建設中の基本観測棟に生かされています。
図1 第1次隊で検討された円筒形家屋
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当時のプレハブ式建物の設計条件は、以下のようなものでした。
①最大風速 80m/s
②最大積雪 2m(屋根面)
③最低気温 -60℃
図2 第1次隊の建物配置
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これらの条件とは別に懸念されたのは、設置場所の選定を誤ると雪の吹き溜まり(スノードリフト)ができて、出入り口が塞がってしまうということでした(文献2)。屋根積雪2mというのは、このような吹き溜まりも想定しての数値だったと思われます。また、全4棟の建物配置は、図2のように建物の長手方向が概ね北向きで、昭和基地の主風向である北東と大きくはずれていませんでした。この配置が、その先、昭和基地の基本的な建物配置となります。
2. スノードリフトを考慮した高床式建物
新砕氷船「ふじ」の就航により再開した昭和基地では、第7次隊が新発電棟を建設しました。設計時に要求された2つの条件は、
①風圧やブリザードに対して抵抗の少ないこと
②雪の吹き溜まりのできにくいこと
でした。
従来の直方体形を改め、風の抵抗が少なく、ドリフトも少ないと予想される曲面を持つ外形形状を採用しました。しかし、船積みのスペースの制約から、それ以降は従来の矩形建物が主流となりました。
第8次隊では、スノードリフトを減らすため、地面から1.6~2mの高床式を採用しました。コンクリート基礎の上にトラスを組み、その上に床パネルを敷いて組み上げます。これ以降、昭和基地の建物は、高床式パネル構造が基本形となりました。ただ、床荷重が大きい発電棟、作業棟、倉庫などは、通常の床構造でした。
3. 高床式建物の配置
図3に現在の昭和基地の建物配置を示します。多くの建物の長手方向が主風向である北東を向いています。この配置は、おそらく1次隊以降、この配置が風の抵抗が少ないとして踏襲されてきたと思います。しかし、今から考えると高床式建物の配置としてはおおきな間違いでした。短辺が風に正対することで、抵抗は確かに少なくなりますが、床下を通る風は、通常の建物の長さである20mの距離を延々と通り抜ける間に、速度が弱まり、床下に雪が落ちてしまいます(図4)。いったん付着すると除雪できないため、高床の効果がなくなります。
図3 現在の昭和基地の建物配置
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図4 第1居住棟(図3参照)の高床下に溜まった雪。夏でも融けないで残ることがある。
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やはり、長手方向を主風向に正対させ、短い距離で風を通過させたほうが、ドリフトの形成は抑えられるはずです。外国基地の大きな建物の配置はそうようになっています。図5は南アフリカのサナエⅣ基地の高床式建物です。床の高さが4mで、3個の建物ブロックを廊下で結んでいます。それぞれのブロックの長さは44.7mですが、風下にはそれほど大きなドリフトは発達していません(文献3)。
図5 サナエⅣ基地(南アフリカ)の高床式建物とスノードリフト
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4.大きな問題となったスノードリフト
昭和基地のスノードリフトが大きな問題になりだしたのは、基地中心部に1997年、第38次隊が建設した汚水処置棟ができた後のことです。この建物は、1998年1月14日に発効した「環境保護に関する南極条約議定書」の趣旨にそって南極の環境を守るために新設したものです。基地の汚水や汚物を生物処理して排水を海洋に放流するためのものです。この設備は1999年に第40次隊から稼働しました。しかし、毎年、汚水処理棟および倉庫棟との通路、隣接した倉庫棟の屋根まで雪に埋もれました(図6)。倉庫棟2階にある設営事務室では、雪の重みで鉄骨の梁を留めているボルトが何本も破損したほか、屋外ケーブルラックも一部変形しました(文献4)。
図6 倉庫棟の屋根を除雪中の隊員(正面の青い建物)。汚水処理棟(右)は埋没(2008年11月17日、金子宗一郎氏撮影)。
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このスノードリフトの被害が甚大であることを受け、建物の配置・形状とスノードリフトの関係を研究するため、国立極地研究所の高橋弘樹助手(当時)が第43次越冬隊に参加ました。現地で得られたデータと、国内での模型風洞実験や数値解析を行い、その結果を博士論文(文献5)にまとめました。
国立極地研究所は、問題の汚水処理設備を移転し建物を撤去する方針を決め、第53次隊から新汚水処理施設の工事を始め完成しました。第58次隊でようやく旧汚水処理棟の撤去が実施される予定です。
この経験から、新たに大きな建物を建設するときには、事前に風洞での模型実験や数値解析によるスノードリフトの見積もり・検討が不可欠なことが、分かりました。
5. 埋没から逃れる工夫
雪から建物を守るため、様々な工夫がなられていますが、最も大規模に行われたのは、米国隊が運営するアムンセン・スコット南極点基地に設置された直径50m、高さ16mのアルミ製ドームです。越冬隊が暮らす建物・設備をこの中に格納したのです。1974年に建設され、約35年間使用し、2010年に解体されました(文献6)。現在は、嵩上げ(かさあげ)式の2階建て建物が使われています(図7)。
図7 アムンセン・スコット基地のドームと嵩上げ(かさあげ)式建物(左がドーム、右は新建物)
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6.風の流れを妨げない形状の建物
将来の再生可能エネルギーの活用を見越して、床面積840m2(24m×12m)の大きさの自然エネルギー棟が2013年に第54次隊により完成しました。その外観は図8のように風上側の屋根形状が流線型になっています。設計前に、8種類の模型について風洞実験を行い、ドリフトが最も少ない形状を選定しました。建設後、周囲にはドリフトのたい積はほとんど無く、予想通りの成功を収めました。
図8 自然エネルギー棟の外観図。矢印は主風方向を示す。
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図9は、第57次隊が2016年1月に工事を始めた基本観測棟の外観図です。スノードリフトを考慮した多角形構造で、建物による乱流の発生を小さくするように工夫されています。また2階建ながら、高さ約4mの高床式を採用しています。
図9 基本観測棟の外観図
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7. 内陸の建物は、スノードリフトとの戦い
昭和基地の西方約700km離れたセールロンダーネ山地の北に「あすか基地」の建設が始まったのは1984年12月の第26次隊からでした。場所はブライド湾から約120km内陸に入った標高980mの氷床上にあります。第28次隊までに床面積約100m2(20m×5m)の建物3棟とこれらを繋ぐ通路棟などを建設し、第28~32次隊までの5年間越冬しました。しかし、その間に殆どの建物が雪の下に埋没してしまいました(図10)。建物そのものが雪に沈み込むのではなく、建物の周囲に発達するスノードリフトに覆われたのです。ここの年平均風速は12.6m/sで、南極大陸高原から吹き降ろす斜面下降風(カタバ風)が毎日のように吹き荒れています。
図10 あすか基地の建物
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建物が埋没すると屋根の積雪荷重が問題になります。それと同時に、積雪の沈降力による影響も深刻です。雪面上に建物を立てると、風下に大量のスノードリフトが発達します。集積した雪の粒子は、時間と共に結合し、圧密され締まっていきます。そうなると、建物は雪と一緒に下方に引っ張られます。そのため建物の風下側が低くなる不同沈下が起きました。あすか基地の建物の床にボール玉を置くと、風下側に転がります。このような現象は、雪面上に建てた内陸基地の宿命です。これから逃れるために工夫した建物を2つ紹介します。
8. 油圧ジャッキを備えたドイツのノイマイヤー基地
ドイツのノイマイヤー基地は、1981年、約200mの厚さの棚氷上に建設されました。この場所は、海岸に近い積雪の多いところで、埋没により建物の寿命が短く、現在使用中のものは3番目の建物です。長さ68m、幅24m、床の高さが6mもある大きな物です。2009年から定常的な運用が始まりました。この建物の雪面下は大きな空洞となっていて、越冬中は雪上車の格納庫になっています(図11)。また、約2,600トンもある基地構造物を支える16本の油圧シリンダージャッキもこの中に収められています。
建物の周囲に雪が積もって埋まりだし、ある基準に達すると、建物全体を嵩上げ(かさあげ)します。まず、建物を支えるシリンダーを1本づつ縮めて基礎板の下に雪を入れ締め固めます(図12)。同じことをすべてのシリンダーで行い、水平レベルを調整すれば完了です。1か月以上かかる膨大な作業です。越冬中の建物の水平レベルは常時監視され自動調整することができます(文献7)。
図11 ノイマイヤーⅢ基地
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図12 雪面下空洞にあるジャッキアップ式基礎柱
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9. 橇付き建物モジュールをブルドーザーで移動する英国ハリー基地
一般募集し採用された方法は、分割された橇付き建物モジュールが埋まったら掘り出し、ブルドーザーで新しい雪面まで牽引し、再び連結して使用するという方法です(図13、14)。そのため、基地はその度に少しずつ位置がずれていくことになります(文献8)
図13 モジュールが結合された英国ハリー基地
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図14 埋まったモジュールを切り離しブルドーザーで牽引し新しい雪面に移動する。
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9. 将来の新基地のために
露岩がない内陸の基地の運営には、どこの国も大きな労力をかけています。スノードリフトを如何に制御し克服するかに基地の存続がかかっています。日本隊は、ドームふじ基地で72万年前までの深層掘削に成功し、さらに100万年前までのアイスコア取得を目指しています。そのためには、埋まらない建物・設備が必要です。いまのうちからその方策を練っておくことが求められます。
文献:
(1) 浅田孝 (1957):日本観測隊の携行家屋の設計および製作について
日本建築学会「建築雑誌」南極特集号(2) 9-59.
(2)平山善吉 (2004):南極・昭和基地の建物-研究と設計-,丸善.
(3) J.H.M. Beyers, T.M. Harms (2003): Outdoors modelling of snowdrift at SANAEⅣ Research Station, Antarctica., Journal of Wind Engineering and Industrial Aerodynamics 91, 551-569.
(4) 石沢賢二(2014):昭和基地におけるスノードリフト軽減のために実施した雪対策、南極資料, Vol.58,No.1,52-70.
(5) 高橋弘樹(2006):南極昭和基地主要部風下域建物周辺の吹きたまり対策に関する研究,日本大学大学院理工学研究科博士論文.
(6) http://www.coolantarctica.com/Bases/modern_antarctic_bases3.php
(7) Hartwig Gernandt, Saad El Naggar, Jürgen Janneck & Hans-Jürgen Meyer (2010): The Dynamic Positioning of the Neumayer Station III Building, Proceedings of the COMNAP Symposium 2010, Responding to Change through New Approaches, Buenos Aires, Argentina, 11 August 2010.
(8) Halley Ⅵ, Elevated Building Lift System in Polar Environments Workshop, Sponsored by NSF, 15-16 Sep. 2010 Washington, D.C., USA.
石沢 賢二(いしざわ けんじ)プロフィール
国立極地研究所極地工学研究グループ技術職員。同研究所事業部観測協力室で長年にわたり輸送、建築、発電、環境保全などの南極設営業務に携わる。秋田大学大学院鉱山学研究科修了。第19次隊から第53次隊まで、越冬隊に5回、夏隊に2回参加、第53次隊越冬隊長を務める。米国マクマード基地・南極点基地、オーストラリアのケーシー基地・マッコ-リー基地等で調査活動を行う。 |