シリーズ「極地からのメッセージ」 第6回

北極で地球を、宇宙を見る~北極圏ノルウェーを訪れて②

朝日新聞社会部記者 中山 由美

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トナカイ(トロムソ南方のHeiaで)

 どこを見ても暗い。極夜まっただ中のノルウェーの北極圏を取材したのは今年1月だった。カメラを向けても夜景ばかり。「写真は?動画はどうしよう」……不安を抱えながら、スバールバル諸島スピッツベルゲン島を訪れた。ニーオルスン国際観測村やロングイヤービン(78°09′N, 16°03′E)の取材を終えて、トロムソ(69°35′N, 19°14′E)へ飛ぶと、町の景色が見える!22日、極夜が明けていた。でも迎えてくれたのは、穏やかな陽の日差しではなく、冷たい雨のしずくだ。「冬の北極で雨?」、暖かさに驚かされる。積もった雪は中途半端に凍りつき、スケートリンクのような路面もあちこちに。転ばぬよう、そろりそろりと歩く。
 「北極なのに」とこれまた驚くのは、立派な町ということだ。店やホテル、教会、大きな橋……美しい街並みが広がり、バスを乗り継いであちこちへ行ける。観光案内も充実し、どこも便利で快適だ。「何ひとつ不自由ない」と言いたいところだが、物価が高いことだけはちょっと困った。
 トロムソでは24~29日、北極の開発や環境問題を考える「Arctic Frontiers」が開かれ、約30カ国千人以上が集まった。国際会議も興味深いが、私がノルウェー訪問で見たかったのは、EISCAT(欧州非干渉散乱)レーダーだ。中心街から車で30~40分走ると、民家も消える。静かな郊外、丘の上に空を仰ぐ大型アンテナがあった。

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EISCATレーダー(トロムソ)

 1975年に北欧と独仏英で協会を設立し、81年に稼働を始め、96年には日本も加わった。ノルウェーのスバールバルとトロムソ、スウェーデンとフィンランドの大型レーダーを連携させて観測している。現在のレーダーは、電波を発して反射波を地上でとらえ、上空70~1500kmの広範囲が観測できる。名古屋大や東北大、電機通信大、京大などが利用し、国立極地研究所は上空300kmの大気が30年間で約40度も急冷化したことをとらえた。
 さらに高性能の3Dレーダーの建設計画も動き出した。地上約2000kmまでの大気や宇宙を探る世界最大級のレーダーとなる。
 地球温暖化や気候変動の解明とともに、気になるのは宇宙の監視だ。人工衛星の利用が広がり、宇宙ゴミとの衝突や磁気の影響で壊れる危険も増している。通信や交通、送電の混乱を防ぐのに「宇宙天気予報」は欠かせない。
 衛星の軌道上には、老朽化した衛星や破片などのゴミ「デブリ」が散らばっている。ロングイヤービンにあるEISCATレーダーは2007年1月、デブリが約4千個から一気に約7千個に増えたのをとらえた。中国がミサイルで衛星を破壊したときだった。
 09年には米ロの衛星が衝突する事故も起きた。10cm以上のデブリは今や約1万5千個も散らばるという。高速でぶつかれば、衛星を壊す威力がある。映画「ゼロ・グラビティ」のような世界だ。宇宙航空研究開発機構(JAXA)は衛星をずらし、デブリをよけさせる指令を送ることもあるという。
 EISCATレーダーは、オーロラや太陽風の観測にも活躍する。高エネルギーの太陽風によって磁気嵐が起きれば、電離層やその下まで誘導電流が流れ、衛星や地上まで影響を及ぼす恐れもある。1989年3月、カナダ・ケベック州で数百万世帯が長時間停電し、米国の発電所や衛星まで障害が出たこともあった。94年にはリレハンメル五輪のNHKの衛星中継が中断したという。
 衛星のトラブルは、飛行機や船の無線、GPS制御のシステムなど、今や社会を大混乱させる危険も高まる。EISCATで「宇宙天気」を予報し、対策をとる需要性がますます高まっているのだ。
 衛星受信の拠点としても北極、中でもスバールバルは最適地だ。ロングイヤービン空港近く、丘に上がると雪原に約30個の白い大きな球体が並ぶ。中にあるのはアンテナだ。ノルウェー政府も出資する会社「KSAT」が各種の衛星データを受信し、米航空宇宙局(NASA)やJAXAなど各国の宇宙研究や政府機関、民間会社へ送っている。

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KSAT(スバールバル・ロングイヤービン)

 北緯78度、人が住む最北の地が「世界最高」とディレクターのオル・ペター・ストアスタッドさんは話す。地球観測衛星の多くは極地上空を通る。茨城県つくば市ならJAXAの衛星が上空を通るのは1日4~5回、ここの上空は14~15回、つまり3倍以上の頻度でデータが受けとれるのだ。「気象は刻々変わり、新しい情報でないと予報に生かせない」とJAXA衛星利用運用センター技術領域リーダ(当時)の伊藤徳政さんは語る。
 「Arctic Frontiers」に参加したJAXAメンバーはノルウェー宇宙センター代表と協力を確認し合った。鈴木明子・調査国際部国際課長は「日本の衛星データを世界各国でも生かしてほしい」と話した。
 北極の海氷情報も需要が高まる。縮小が続き、夏に北極海航路を利用する船も増えている。衛星観測による海氷予測はさらに高精度が求められている。ノルウェー宇宙センターのボー・アンダーセン長官は「優れた衛星を持つ日本と協力し、世界中の地球環境の研究観測、社会に役立ていきたい」と語った。
 北極で空を仰ぐ巨大アンテナ。地上から上空をみつめ、宇宙からも地球をみつめる――この地球に起きることを監視するため、地球と宇宙をつないでいることを実感した。

中山 由美(なかやま ゆみ)プロフィール

朝日新聞社会部記者。45次越冬隊、51次夏隊。
南極は2回、北極は5回、パタゴニアやヒマラヤの氷河も取材し、地球環境を探る極地記者。45次越冬隊は女性記者初の同行で、ドームふじ基地で氷床掘削も取材した。51次夏隊ではセールロンダーネ山地の隕石探査・地質調査に同行した。グリーンランドへは4回、氷河や海氷の観測取材、犬ぞり猟同行ルポをした。今年1月ノルウェー北部を取材。著書に「南極で宇宙をみつけた!」「こちら南極 ただいまマイナス60度」(草思社)、共著で「南極ってどんなところ?」(朝日新聞社)など。

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