シリーズ「南極にチャレンジする女性たち」第4回

南極で超高層大気の謎に挑む

第58次南極地域観測隊 越冬隊員 江尻 省

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南極大陸H67地点での作業終了後、しらせのヘリを待っている間に、雪にカルピスをかけて食べた時の写真。心に残る美味しさでした。

インタビューは昨年11月25日に、日本極地研究振興会の立川事務所で行いました。

インタビュアー:福西 浩

福西 今回は第58次南極地域観測隊の重点研究観測担当隊員として、昭和基地での越冬観測を担当することになりました。そこで研究者として南極に駆ける想いをいろいろとお聞かせください。まず子供時代についてお伺いします。育った環境や一番興味を持ったことなどをお話しください。
江尻 小学6年生まで大阪の三島郡に住んでいました。京都との県境に近い場所です。自然は多かったですね。自転車を持ってから行動範囲が広がり、淀川から天王山の麓までが遊びのエリアでした。それから大阪に近い京都(伏見区)に引っ越しをし、高校を卒業するまでそこで住んでいました。空に興味があって、特に星が好きでした。小学生のころはまだ目が良かったので、夜空を見ると星がちゃんと見えたので、よく星を眺めていました。
福西 他に思い出はありますか。
江尻 家にある本のなかで一番好きだったのが、図鑑の自由研究っていう1冊でした。日常のなかでこれ何だろうなって思った時に調べるのが好きな作業でした。
福西 大学はどこへ行かれたのですか。
江尻 静岡大学です。まずは家から出て、自分の居住エリアというか生活エリアを広げたいと思い静岡に行きました。
福西 静岡大学卒業後に大学院に進学されましたが、その動機は何ですか。
江尻 3回生までは授業を受けているだけの生活だったんです。で、4回生になって卒業研究が始まり、自分でいろいろと調べてみたんです。でもその期間が非常に短かったので、もう少しちゃんと調べる作業をやりたいなと思い、大学院に行こうと思いました。研究室の教授の助言もあって、大学院は名古屋大学の理学研究科に入り、豊川市にある太陽地球環境研究所(現在は宇宙地球環境研究所)の塩川先生の下で研究しました。研究所の自然溢れる環境も大変気に入りました。
福西 大学院修士課程が終わって、さらに博士課程まで進学されましたね。それは研究者を目指したからですか。
江尻 いいえ、研究者になろうと強く思ったというよりは、観測をしている生活が非常に楽しかったからなんです。就職先も、観測が出来る職は研究者以外にはないという判断で、結果的に研究者の道を選びました。
福西 一番の動機は観測が好きになってしまったってことで、それが出来る職ということで研究者を選んだということですか。
江尻 はい、そうです。
福西 一番の動機は観測が好きになってしまったってことで、それが出来る職ということで研究者を選んだということですか。
江尻 はい、そうです。

大学院時代の研究

福西 大学院の修士課程と博士課程でいろいろな研究されたわけですが、どんな研究をされたかちょっと紹介していただけますか。
江尻 はい、修士課程では大気光を使ったイメージング観測によって中間圏界面付近(高度約90km)の大気重力波の研究をしました。「大気光」とは、オーロラの様な明るい光の現象ではなく、中間圏(高度約50-90km)という地球大気の一番上の、大気が宇宙と接する場所で、化学反応によって弱く光っている大気の光のことです。その光をとらえることによって大気の運動を可視化することができます。ちょうどそのころ、全天カメラの検出部に高感度のCCDを使うことによって微弱な光の映像を全天で撮像できる技術が開発され、そういう研究が流行りました。
福西 観測はどういう場所で行ったのですか。
江尻 修士課程の間と博士課程も含めてなんですが、主に国内で観測しました。最初は滋賀県の信楽にあるMU観測所で観測しました。MU観測所ではイメージャーだけでなく、ファブリペロー干渉計とフォトメーターからなる光学観測装置をまとめて設置し観測しました。その後、広範囲に展開する形で、沖縄の国頭村にイメージャーを仮置きさせてもらい、さらに鹿児島の佐多岬の農業演習所の演習林に設置をさせてもらいました。
福西 観測がだんだん好きになって、博士課程まで進んだのですか。
江尻 はい、修士課程のときはもう観測器を設置するので手一杯でした。最初の観測結果で修士論文を書いたんですが、その後全国的に展開した観測器による観測結果を使って、3年間、博士論文の研究をして、論文を仕上げました。

研究者の道を歩み始める

福西 博士課程を修了されてからはどうされたのですか。
江尻 ポスドクとして、観測研究を続けながら国内外の研究機関を渡り歩きました。つくば市の国立環境研究所に3年、米国のユタ州立大学に2年、京都大学生存圏研究所に2年。国立環境研究所では、衛星観測プロジェクトチームで極域成層圏オゾン層変動関連物質の観測データ質検証やそのデータを使った大気の移流の研究をしていたのですが、その人工衛星が打ち上げから一年足らずで運用停止に陥ってしまい、予定より短い期間で次の職を探さねばならないという経験をしました。以来、装置トラブルがあっても修理のために手が出せる地上観測に主軸を置くようになりました。ユタ州立大学ではマイク・テーラー先生の研究室で大気重力波の研究を、京都大学では中村卓司先生と共鳴散乱ライダーを用いた中間圏界面付近の温度・密度変動の観測研究を行い、その後、国立極地研究所に就職しました。
福西 研究の世界は国際的な連携が盛んですが、海外の研究者とも親しくなりましたか。
江尻 そうですね、もともと大学院生の時に参加していたプロジェクトが国際的な大きなプロジェクトの一部であったので、国内でも国際会議が開催される状況だったんです。また顔の広い先生方がたくさんいらっしゃったので、海外のいろいろな研究者を紹介をしていただき、親しくなりました。
福西 いろいろな国の研究者と知り合いになることで、お互いに刺激を受けるわけですよね。
江尻 私が彼らに刺激を与えられているかはちょっと分からないのですが(笑)。刺激を受けることは確かです。

研究で大切にしているもの

福西 研究者の道を歩み始めたわけですが、研究では何を大切にされていますか。
江尻 今の私の研究は、最初に何を観測しようかと決めたらそれを観測するための観測装置を作って、テストして、現地に持って行って観測をして、データを取ってきて、それを解析してまとめる、という一連の仕事を全部自分でやっています。
福西 一連の仕事を全部自分でやるのは非常に大変なことですよね。
江尻 はい、もちろん一人ではできないのでいろいろな研究者に協力をしてもらいながら一緒に共同研究をしながら進めるんですけど、最初から最後まで全部やるっていうのが私にとっては一番合っているやり方だなということを感じています。自分はデータは分かるけれども観測装置のことは良く分かりませんというのではなく、やっぱり観測装置のこともちゃんと分かって、自分でオペレーションもできるし、なんだったら現地でちょっと修理もできますよという位の立ち位置で、研究をやっていきたいなと、これからもそのスタイルを続けていきたいなと思っています。
福西 確かに最近は研究がすごく大型化し、分業化し、一部だけやる人が多くなってますが、そういう中で全部やる人もいないと、次の研究の方向が見えてこない危険性はありますね。私自身も観測装置の開発から観測データの解析まで全部やった方なんで、江尻さんのやり方に共感を覚えますね。
江尻 全員がそうする必要はおそらくないんだろうなと思います。どこかに特化してそれにすごく力を発揮される方には、ぜひそこで活躍をしてもらいたし、私が取ってきたデータも私が解析する部分と、それ以外の部分で解析が得意な人が取り組んでいただけるのであれば、一つの観測データにもっと価値が出てくると思います。分業するのも悪くないんですけれども、私のやり方としては全部自分でやっていきたいと思っています。でもポスドクの立場ではやはりそのスタイルは貫き続けられないなと思います。今、極地研究所の教員をさせてもらっているので、最初に装置を作るところから観測までもっていくのに時間がかかっても、じゃあもうちょっと頑張ってねって長い目で見てもらえるのがいい所ですね。
福西 そういう意味では、南極観測隊、特に越冬隊では全てを自分でやれるわけですよね。
江尻 そうですね。

越冬観測で何を研究するのか

福西 江尻さんはすでに一度、夏隊員として南極に行っているわけですね。でも今度は越冬隊員として行くことになり、夏隊とは違った何かを感じていますか。
江尻 はい。前回の夏隊で行くことになったのはすごく突然で、冬訓練に参加できないくらいのタイミングでした。あの時はとにかく南極に行けるっていう想いだけで、もうそれ以外のことはあまり考えられなかったんです。でも今回は新しい観測を始めるということで5年程前からずっと準備してきたんです。南極に行くというよりは観測に行くという気持ちです。でも南極という環境が補給のない特殊な環境なので、もし観測器が壊れたらどうしたらいいのか、ここでトラブったらどうしたらいいのか、そういう想いが今はかなり頭を占めていて、前の様に「あー南極だ!やった~」というだけではない責任を感じています。
福西 具体的に、今度南極に行って、どういう装置を設置して、何を観測しようとしているかを説明していただけますか。
江尻 はい、今回持って行こうとしているのは、ライダーという観測装置で、レーザー光を使って超高層大気を探査します。地上から強力なレーザー光を上空に発射し、100キロくらいの高さの大気中に浮かんでいる金属原子もしくは金属イオンで共鳴散乱された散乱光を観測装置の望遠鏡で集光し、検出します。光を使ったリモートセンシングの一種です。地球の大気は高度とともに急激に希薄になり、高度100キロは地球大気と宇宙から振り込むオーロラ粒子がせめぎ合っている領域で、この領域の力学過程と化学過程を明らかにするために、このライダーで温度と密度の変化を詳細に観測しようとしています。

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第58次南極観測隊で昭和基地に設置予定のライダーの国内開発風景

福西 昭和基地には大型大気レーダーPANSYが既に稼働中ですが、それに加えて新しいライダー観測をやるわけですね。PANSY(パンジー)とライダーの関係はどういうことになるんですか。
江尻 はい、レーダーが得意とする観測は風の観測でして、ライダーが得意とする観測は温度の観測なんです。大気の力学的な過程を考える時に風の情報と温度の情報の両方があると非常に議論がしやすいので、レーダーとライダーは相補的な観測装置になります。二つが稼働していると超高層大気(中間圏と熱圏)に関してより深い議論ができます。
福西 二つの装置を併せると極域大気の謎に迫れるわけですね。
江尻 はい、空を見上げた時に星が見えるということは、その途中にある中間圏や熱圏の大気も見ているはずなのに、私たちの目では何も見えません。でもライダーを使うと中間圏や熱圏で起こっている激しい大気の動き(ダイナミクス)が見えてくるのが面白い所です。
福西 私たちは気象現象として対流圏や成層圏の現象には関心がありますが、それよりさらに高い高度の大気がどういう意味をもっているのかに関してはほとんど関心がありませんね。どうして成層圏よりも高い中間圏や熱圏の研究が大事なんですか。
江尻 私は大学院でこの研究をすることになったんですが、それ以前は私自身も自分の生活に関係がある気象は下の方の大気だけだと思っていたんです。でもよく考えると、地球の大気はここまでといった区切りがあるわけではなくて、一つながりの、宇宙空間につながる高度まで全部が地球の大気なんです。明日の天気を考えるっていう位の近い未来であれば、おそらく対流圏の気象の状況と成層圏くらいまでを考えればある程度予報ができると思うんです。でも、地球の温暖化とかオゾン層の回復傾向はどうかなど、今考えている天気よりももっともっと長いスパンの中期的・長期的に物事を考えようとすると、地球の大気を下から上まで全部入れてモデルに反映させて予測していかないと誤差がどんどん大きくなっていくことが分かってきたんです。そこで下から上まで全部の大気を「全大気」と呼んで、世界中の研究者がこれを研究対象にするようになってきました。
福西 「全大気」の研究が気象の最終的な目標になってきたんですね。そういう意味で今回のライダー観測の成果は楽しみですね。ところで昭和基地で越冬中は物資の補給はないので、故障してもあるもので何とかしなければならないわけですが、どんな準備をされたのですか。

出発前の準備

江尻 先輩方にいろいろと詳しく聞いたのですが、とにかく予備品をたくさん持って行けと言われました。壊れそうな所をなるべく国内にいる間に洗い出をして、ここの部品がないと南極で修理できないと考えられる場合は必ず持っていくことにしました。
福西 一番故障しやすい部分はどの辺なんでしょうか。
江尻 レーザーを使うので、レーザー光のエネルギー密度が高くなる所の光学素子はやはりダメージを受けやすいです。特にレーザーの共振器の中で一番出口に近い所の光学素子ですね。
福西 その観測装置を極地研究所で組み上げてテストしたんですか。
江尻 はい、テスト観測では高度90キロ付近から一番高い所は高度120 km 位まで観測できました。それは金属イオンの観測をやっていた時だったんですが、極域だとオーロラ活動に伴って生成されるイオンを観測することでもう少し高い高度まで観測できるはずです。

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電離層定常の国内訓練で、35mのデルタアンテナの頂上を制覇

福西 観測装置の準備に加えて、長い越冬生活に対しての準備はいかがですか。
江尻 観測装置の準備で忙しく、そこには力が注げていないんです。何か趣味の物を持って行った方がいいよと言われたんですが、私は南極の自然そのものを見るのが楽しみなので、もし時間があったら趣味っていうよりも自然を見て過ごしたいと思っています。
福西 写真を撮ることは好きですか。
江尻 写真は普段デジカメくらいしか使わないんですけれども、好きです。撮るのも見るのも好きですね。やっぱり南極の自然が本当に素晴らしいんで、それをどうやってカメラに残すかですよね。

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昭和基地の夏期オペレーション期間中の休日の娯楽で昭和ギスを釣った。黒子のような覆面は日焼け対策。

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昭和基地で初めて重機を運転させてもらっときの写真

越冬生活

福西 今回の第58次越冬隊は女性隊員が6人で、これまでの越冬隊で一番多い隊ですが、越冬生活で男性・女性を特に意識することはないですか。
江尻 えーと、おそらく女性の方は何も気にしないんじゃないかなと思います。むしろ男性の方が大丈夫かなって心配しているというのが現状ではないかと思います。
福西 体力的にはとうですか。すでに国内でいろいろな観測を経験されているので自信があると思いますが、現在、健康管理ために何かやっていらっしゃることはありますか。
江尻 すいません、ないです。ライダーのテスト観測は夜の観測なので、寝る時間をどう確保するかっていうのが一番難しい所ですね。昼は普段の生活をして夜観測をすると寝る時間が本当になくなってしまうので、どこかで細切れにでも睡眠をとるよう気を配るんですけれど、そこで精一杯になってしまって体力作りのためにちょっと走ろうとかそこまでの余裕は今ないんです。昭和基地では時々大型大気レーダーがあるPANSYエリアまで行くとか、HFレーダーエリアまで行くとかで運動をしようと思います。

若い人たちへのメッセージ

福西 最後に、これから南極を目指す若い人たちへのメッセージをお願いします。
江尻 ちょっとでも南極に行きたいと思うのであれば、行くことを目指して頂きたいと思います。私は大学院入る前に受けた集中講義の中で、拓殖大学の巻田先生が南極の紹介をされて、「おーこんな観測をしているんだ」という驚きがあったのが南極との最初の出会いでした。そのあと名古屋大学太陽地球環境研究所に行ったら越冬隊経験者が非常に多くて、そこで話を聞いているうちにやはり自分も一回は南極に行ってみたいなと思い始めたんです。でも結局、南極に行けたのはそこから随分後になってからです。10年位後になってようやく夏隊で行けることになったんです。南極に行きたいならその方向にいつも自分の姿勢を見せていると、最初は振り幅が大きくてなかなかそこに辿り着けなくても、そのうちだんだん収束してきて、いつかそのチャンスがやってくるという気がします。もし南極に行きたいという思いがちょっとでもあるのならばその方向を見失わない様に、いろいろなことにチャレンジするのが良いのではないかと、私の数少ない経験からそう思います。
福西 最近は子供たちの理科離れがよく言われますが、研究者の道を歩まれている一人としてどう思われますか。
江尻 今はちょっと不思議だなと思った時、インターネットで調べればすぐ答えが出てきてしまうんで、何か全て分かった気になる瞬間に辿り着くのが早いと思うんです。でもその分かったつもりになっているものが実際目の前に現れて「あ、これだったのか!」と思った時の感動、そこには全然別の感動があると思うんです。知識として持っているっていうことと実際にそれを体感して知ったことは全然違う物だと思います。ですから、知識を実際の生活と結び付けられる様な示し方が出来れば理科離れっていうのはもう少し違う方向に進められるんじゃないかなと思うんですが、どうでしょうか。
福西 子供の頃は不思議な事になぜなぜって質問しますが、そのなぜなぜがずっと続いているのが研究者ですよね。研究者は自然の不思議を自分の手で何とか解明しようと努力するわけですが、南極に行かれて、いろいろな発見をされ、それが凄く楽しかったということをぜひ日本に帰ってきてから子供たちに語って頂きたいですね。
江尻 グリーンフラッシュはいろいろな人から聞いて今はほとんど幽霊みたいなもので、どうやらそういう存在はあるらしい位しか分からないので、光の屈折でそういう瞬間があるんだろうっていうのは絵を書いてみれば分かることだと思うんですけれど、これを見たら多分そんなものとは違う一瞬の感動があると思うんです。南極の素晴らしい自然をいろいろと体験し、感動してきたいと思います。
福西 本日は様々な角度から南極への想いと研究について語ってくださりありがとうございました。観測の成功をお祈りしています。

江尻 省(えじり みつむ)プロフィール

国立極地研究所宙空圏研究グループ助教、博士(理学)。名古屋大学大学院理学研究科博士課程修了後、国立環境研究所、米国ユタ州立大学、京都大学生存圏研究所を経て、現職に至るまで、地球と宇宙の境目に興味があり、中層・超高層大気の観測研究を行っている。京都出身で1973年生まれ。趣味はパラグライダーだったが、もう何年も飛びに行けていないので、また一からやり直すチャンスを虎視眈々と狙っている。

インタビュアー:福西 浩(ふくにし ひろし)

プロフィール

公益財団法人日本極地研究振興会常務理事、東北大学名誉教授。東京大学理学部卒、同理学系大学院博士課程修了、理学博士。南極観測隊に4度参加し、第22次隊夏隊長、第26次隊越冬隊長を務める。専門は地球惑星科学で、地球や惑星のオーロラ現象を研究している。

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