シリーズ「南極・北極研究の最前線」第9回

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南極における無人小型航空機(UAV)を用いた地形調査とその解析結果について

総合研究大学院大学 大学院生 川又 基人

1. UAVによる空撮と三次元形状計測技術  近年の地形学分野では無人小型航空機(Unmanned Aerial Vehicle:以下UAV)を使用した高解像度の地形情報取得が注目されている。UAVの搭載するカメラによる空撮と、撮影対象物の三次元形状を計測する技術(Structure from Motion:以下SfM)を組み合わせることで、数cm 〜 数十cmという高解像度な標高データを短時間に広範囲で得ることができる。南極における地形・地質調査は夏季(12月から2月)に限られるため、効率良く調査を行わなければならない。そのため、UAVはこれまでの南極調査の限界を克服する手段として今後の利用拡大が期待される。近年のUAVの進化は目覚ましく、次々と高性能の機種が開発されている。この急速な普及は操作の簡便化と価格の低下によるものである。また地形研究においては、SfM技術を安価な商用ソフトウェアで誰でも簡便に利用できるようになったことが大きく影響している。  SfMは多数の二次元ステレオペア画像から対象物の三次元形状と画像の撮影位置を復元する技術である。従来の写真測量では手作業で行われていた特徴点の抽出・マッチングを、SfMではアルゴリズムにより自動化して行うため、短時間で対象物の三次元形状が容易に復元できるようになった。日本国内においては、UAVによる空撮とSfM技術を用いた測量手法は、すでに実用段階にある。とくに回転翼型のUAVは機動性がよく、短時間で複数回の地形情報を容易に得られることから主に対象地形の反復計測・差分解析で用いられている。また、防災面では初期の被害情報をいち早く取得する手段などとして用いられている。 2.日本南極地域観測隊におけるUAV計測  日本南極観測地域隊においては固定翼型UAVを用いた成層圏エアロゾルのサンプルリターン(第56次隊)が成功している。それ以前にも、2011年12月には南極半島において航続距離約300 kmに及ぶ固定翼型UAVの飛行及び空中磁気観測を成功させるなど、極域における無人機の研究調査への有効性が示されてきた(船木ほか2013)。しかし、ここ数年で急速に発展した回転翼型のUAVに関しては、これまで昭和基地近辺での運用実績がなかった。これは、低温によるバッテリー性能の低下に加えて、UAVの位置制御に主に利用されているGlobal Positioning System(GPS)の衛星軌道がカバーしていない高緯度(極域)においてUAVの位置制御が難しくなることが一因であった。そこで、第57次隊では低温や高緯度対策をした上で回転翼型UAVを飛行させ、詳細な地形情報を得ることに成功した(図1)。その詳しい内容については菅沼ほか(2017)を参照されたい。

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図1:南極におけるUAV飛行の様子。写真のUAVはMini Surveyor MS06-LA。空撮に用いたカメラはSONYα6000。図3の結果は以上の機体・カメラを用いたものである。

 低温対策については、とくに充電中や使用前にバッテリーを保温するなどして対策した。一方、高緯度対策については、UAVに搭載されている位置制御モジュールが、GPSに加えロシアの測位衛星であるGLONASSにも対応していることを確認し用いた。図2にそれぞれGPS、GLONASSの軌道カバー範囲を示す。GPSの軌道傾斜角が55度なのに対し、GLONASSは64.8度であり、高緯度まで衛星がカバーしている。昭和基地は南緯69度に位置しており、GLONASS 対応にしたことで、GPSだけでは実現できなかった多数の衛星(システム推奨は7以上)からの測位信号の同時受信時間帯が長くなり、つまり、より安定して測位信号が受信でき、UAVの位置制御が安定した。これにより、南極でも安全に回転翼型UAVを飛行させることが可能となった。

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図2:GPS(上図)、GLONASS(下図)の衛星の軌道図。赤い星が昭和基地を示す。カラーパレットは、PRN (Psuedo Random Noise:疑似雑音符号、衛星の識別子)を示す。GLONASSはGPSに比べ、高緯度まで軌道がカバーしている。

3. UAV-SfM地形解析  南極における回転翼型UAVの安定飛行が可能となったことで、これまで独立して進展してきた「現地記載による地形の認定・分類」と「UAV空撮によるリモートセンシング技術」という二つの手法を南極での地形研究に用いることができるようになった。その結果、従来定性的な解釈にとどまっていた地形情報を、より広範囲かつ定量的に示すことができ、これまでにない氷床変動の記載学的解釈を行うことができると期待される。図3は宗谷海岸スカーレンでのUAV-SfM微地形マッピングとその解析結果である。スカーレンには氷床底面の融解水によって形成されたと考えられるなめらかな地形と侵食溝(s-form)が確認された。これまでの現地記載では存在の確認と、限定的な記載のみであったが、今回UAV空撮により、約150m四方範囲の空間的な微地形分布を初めて示すことができた。

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図3:スカーレンにおけるUAV-SfM解析によって得られた正射変換画像(上図)と5 cm解像度の数値標高モデル(下図)。赤線は地質の異なる境界を示す。下図の黒線は判読した侵食溝を示す。この地形情報からは、氷床底の水流によって形成されたと考えられる侵食溝の形態や、基盤地質の違いによる侵食溝の空間分布が明らかとなった。このような地形情報を高解像度マッピングすることにより、過去の氷床底面環境や、氷床底での地形形成過程の解明などにつながると期待される。

 この結果、以下二つのことが確認された。一つ目は、侵食溝の形態に関してである。侵食溝の伸張方向は主に南東-北西方向であった。これは現地で確認された氷河擦痕の方向と概ね一致している。また、侵食溝の形状としてはヘアピン型のものや、比較的直線に伸びるものなど異なる形態のものが確認された。今後これらをさらに詳しく分類することで、氷河底での地形形成過程の解明や、氷床底面の融解水の挙動について数値的解析等につながると期待される。  二つ目は、侵食溝の空間分布についてである。侵食溝の分布は解析を行った150 m四方の全域に均等には分布していない。これは、基盤地質の違いが地形に及ぼす影響が大きいことを示している。露岩全域で見ても岩種や地質構造の違いが地形の発達に影響を与えていることは明らかだが、今回のような数mスケールの微地形に関しても同様のことが当てはまることが明らかとなった。この結果は岩石の物性の違いや氷河底の物理的状態(融解・凍結)、または氷床から露出後の風化過程の違いにより左右されていると考えられる。 このようにUAVで得られた高解像度な地形情報は、様々な周辺研究と融合することでさらなる研究の飛躍が期待される。いまだUAV-SfM解析による高解像度な地形情報を利用した定量的な地形形成過程の議論は少ないが、これは数cm〜数十cmスケールの微地形情報に対し、有効な解析手法や応用分野が確立されていないことにある。逆に言えばまだまだ発展途上の分野であり、その応用分野の可能性は大きい。今回南極でUAV運用と微地形解析に関する一歩を踏み出せたことは、今後の極域における調査の可能性を広げる大きな意味を持つだろう。 参考文献 船木實・東野伸一郎・坂中伸也・岩田尚能・中村教博・平沢尚彦・小原徳昭・桑原幹夫(2013): 南極サウスシェトランド諸島での小型無人飛行機Ant-Planeの飛行と空中磁気・航空写真観測.南極資料,57,209 – 242 菅沼悠介・川又基人・白水薫・小山拓志・土井浩一郎・金田平太郎・青山雄一・早河秀章・小花和宏之(2017):南極における無人航空機(UAV)を用いた高解像度地形情報取得の試み.地学雑誌,126,1 – 24.
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