シリーズ「南極観測隊エピソード」 第9回

南極観測と朝日新聞その8

元朝日新聞社会部記者 柴田鉄治

新観測船「ふじ」で南極観測が再開!
 1965年11月8日の東京港は、新観測船「ふじ」が4年ぶりに南極に向かう出港式に大勢の人たちが詰めかけ、大変な賑わいだった。同行記者に選ばれた私の見送りにも、新婚2か月の妻をはじめ、両親や兄弟姉妹、それに多くの友人たちの姿もあった。
 やがて、私は船上に、見送りの人たちは岸壁に、と分かれ、テープの両端を握って出稿を待ったわけだが、そのとき、北海道支社勤務時代の先輩、黒川宣之さんがこんないたずらをした。テープの代わりにトイレットペーパーの一端を私に持たせ、もう一端を妻に持たせたのである。
 やがて、ドラの音も高く船が岸壁を離れると、船と岸壁の間を結んでいた何百本というテープが一本また一本と消えていったとき、なんと私が持っていたトイレットペーパーが最後まで残ったのである。
テープよりトイレットペーパーのほうが長くて丈夫だとは、そのときまで知らなかったが、そんなことを知ったことより、なんとも気恥ずかしかったことを覚えている。

観測船「ふじ」に密航者がいた…
 「ふじ」の出港式にはもう一つ、「事件」があった。出港して間もなく、まだ東京湾内を航行しているときに、船内に隠れていた密航者が見つかったのだ。南極まで行けると思ったのかどうかは分からないが、出港後すぐ見つかるとはドジな密航者ではある。
 船内には新聞社やテレビ局などのメディアの人たちが乗り込んでおり、東京湾を出るまでに連絡船で降りることになっていた。その中の一人に、当時TBSのスター記者で、のちに千葉県知事になった堂本暁子さんがいた。
 その堂本さんらと一緒に、密航者も「ふじ」のタラップを降りて行ったことを、いまも鮮明に覚えている。
 東京湾を出ると、「ふじ」は大揺れに揺れ出した。砕氷船は氷の海に閉じ込められることがあり、氷の圧力で船がつぶされないよう、船の底が丸くなっていて氷の上に浮き上がるように設計されているのだ。
 「宗谷」もよく揺れたと聞いていたが、「ふじ」も実によく揺れた。私は船酔いに弱いのだ。東京湾を出てからまる3日間、4日目にやっと食堂へ出ていくと、「やあ、おめでとう。隊員にあと一人出てこないのがいるよ」と教えてくれた。つまり私は「船酔い番付」の下から2番目だというのである。

カラフト犬も船酔い、記事に書いたら村山隊長から「待った」が
 「ふじ」にはカラフト犬のブルとホセ、2匹の犬が乗っていた。「宗谷」時代は犬ぞり用の犬だったが、もう犬ぞりの必要はなく、7次隊では隊員と一緒に暮らすペットの役割として同行していたのである。
 そのブルとホセが船酔いでフラフラしている姿を見て、私は同情するとともに、ひときわ親しみを覚えた。「新観測船『ふじ』、順調に太平洋を南下」という最初の記事のなかに「船が大きく揺れたこと、私が船酔いに苦しんだこと、カラフト犬も船酔いでよろよろしている姿に深く同情したこと、などを書いて村山隊長に見せたら、「犬の話は書かないでほしい」と待ったがかかった。
 「どうしてですか。犬をいじめたわけではなく、人間と同じに苦しんでいる姿は可愛らしいではありませんか」と言っても、「だめだ」の一点張り。最後は「隊長命令だ」とまで言われた。
 村山隊長は第2次越冬隊長に決まっていた人で、「宗谷」が昭和基地に近づけず、カラフト犬15頭を置き去りにせざるを得なかった体験者だ。そのとき、全国の愛犬家から「犬を置き去りにしてくるなんて許せない」という手紙や電話が隊員たちの自宅にまで殺到したそうだ。
 「愛犬家は恐いからね」という村山隊長の話に納得して、私も「分かりました」と引き下がった。

にぎやかに「赤道祭」、最初の寄港地はフリーマントル港
 最初の3日間を除けば、揺れも収まり、船内の生活は快適だった。船室は3人部屋で、3段ベッドの一番下が共同通信の深瀬和巳さん、3次隊に同行したベテランで、2段目のNHKのカメラマンと最上段の私の面倒を何から何まで見てくれた。
 赤道を超えるときの「赤道祭」は、みんな思い思いの仮装をして、にぎやかに過ごした。ロンボック海峡を通って一路南下、約3週間の航海で「ふじ」は最初の寄港地、オーストラリアのフリーマントル港に着いた。
 私にとって初めての外国である。(以下次号)

柴田鉄治(しばた てつじ)プロフィール

元朝日新聞社会部記者・論説委員・科学部長・社会部長・出版局長などを歴任。退職後、国際基督教大学客員教授。南極へは第7次隊、第47次隊に報道記者として同行。9次隊の極点旅行を南極点で取材。南極関係の著書に「世界中を南極にしよう」(集英社新書)「国境なき大陸、南極」(冨山房インターナショナル)「南極ってどんなところ?」(共著、朝日新聞社)「ニッポン南極観測隊」(共著、丸善)など多数。

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