シリーズ「南極・北極研究の最前線」第11回

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中央ドローニングモードランド、基盤岩体区分について

琉球大学教育学部教授 馬場壮太郎

 地殻は地球表層部に分布し、大陸地殻と海洋地殻に区分される。大陸地殻は主に花崗岩質岩(下部は玄武岩質)と海洋地殻は玄武岩質岩などの岩石からそれぞれ構成される。大陸地殻は30km-60kmの厚さがあり、面積では約41%を占める。地球誕生後の初期地殻は日本列島のような島弧地殻であったと考えられており、その後離合集散と成長を繰り返し、現在のような大陸配置になった。ゴンドワナ大陸やパンゲア大陸などは、一時的に大陸が集合した時にできた広大な陸地である。そのような中で、南極大陸の東側には原生代(25〜5.5億年前)に形成された大陸地殻が広く分布しており(一部は太古代:40〜25億年前)、それらは花崗岩などの深成岩類や片麻岩などの変成岩類から構成される。昭和基地のあるオングル島、及びリュツォ・ホルム湾周辺に見られる岩石は主に原生代後期〜カンブリア期に形成された片麻岩や花崗岩である。同時期に形成したと考えられる岩石は、リュツォ・ホルム湾から東方はプリンス・オラフ海岸周辺、西方はやまと山脈、セール・ロンダーネ山地を経て中央〜西ドローニングモードランドの岩峰に連続して露出している。
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図1: a)ゴンドワナ大陸復元図(Boger and Miller, 2004を改変)。b)東南極ドローニングモードランド。図1aの四角の範囲が図1bに対応する。ドローニングモードランドはNeoproterozoic-Cambria orogenic belt (新原生代—カンブリア期造山帯;淡赤色)の中心に位置することがわかる。赤破線は推定衝突境界。
 平成13年度の国立極地研究所(以下、極地研)外国共同観測として、東南極中央ドローニングモードランド地域(以下CDMLと略記)を対象に、日本・ドイツ・ノルウェーによる共同地質調査2001-2002が実施された(平成13年11月29日〜平成14年2月6日)。この共同観測ではノルウェーのトロール基地を拠点として、スノーモービルを利用して地質調査を実施することになった。トロール基地までの移動は、当時設立されたばかりのDronning Maud Land Air Network Project (DROMLAN)による航空機を利用した初の試みであった。 この共同観測計画は極地研究所の白石和行教授を中心に、ノルウェー極地研究所太田昌秀博士、ブレーメン大学(当時)Joachim Jacobs博士らの協力を得て立案された。現地調査にはSynnøve Elvevold博士(ノルウェー極地研究所)、 Andreas Läufer 博士(ドイツ)、Ian Manson氏(南アフリカ、フィールドアシスタント)、大和田正明博士(山口大学)と筆者らが地質調査隊を構成し、トロール基地から高度変成岩類がまとまって分布するフィルヒナー山塊(Filchnerfjella)までの約200kmの範囲について、一ヶ月の野外調査を行った。南アフリカで新たに購入した生鮮食材を除いて、装備、燃料、食料の全てはトロール基地に残置・保管されているものを利用した。保管されていた食材のほとんどは1年以上経過したものであったが、問題なく使用することができた。装備については、現地で使用できるものをフィールドアシスタントの判断に従い準備した。野外での行動経過の詳細は日本極地振興会誌「極地」76号(2003年)で紹介したので参照されたい。
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図2: 中央ドロ—ニングモードランドに閃長岩からなる岩峰。垂直な壁の落差は800〜900m。観察可能な箇所のみ調査を行った。
得られた主要な成果  本観測によって得られた研究成果については、以下のようなものが挙げられる。 ・フィルヒナー山塊に分布する変成岩類は時計回りの温度圧力経路を示し、等温減圧組織が残されている。温度圧力経路とは、温度を横軸、圧力を縦軸に取った温度-圧力図上で、岩石が辿った温度圧力の変化である。地下深部(高圧条件)に沈み込んだ岩石が高温になり、その後上昇(減圧)した場合、時計回りのループでその変化を示すことができる。等温減圧変成組織はCDML内陸山地に連続して観察され、厚化した地殻の削薄を示すものであり、かつて大陸衝突帯であったことを示唆している(Owada et al., 2002; Baba et al., 2008)。 ・CDMLの沿岸域に位置する露岩、シルマッハヒルズ(Schirmacher Hills)において、超高温変成作用を被った岩石を発見した。サフィリン、斜方輝石、ザクロ石、菫青石を含む岩石で、斜方輝石のアルミニウム含有量から、950〜1000℃に近い条件で形成されてことが示唆された。このような岩石はこれまでCDMLからは報告されておらず、内陸山地と沿岸露岩において変成作用に違いがあることを指摘した (Baba et al., 2006)。
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図3: 岩石の薄片写真。写真の横幅は約7.5 mm。 a)ザクロ石(Grt)が分解し微細な斜方輝石(Opxsym)と斜長石(Pl)に分解されている。薄緑色の鉱物はホルンブレンド(Hbl)。地下深部で形成された岩石が上昇(減圧)する過程で形成した組織と考えられている。 b) Al2O3に富む斜方輝石、ザクロ石、サフィリン(Spr)、菫青石(Crd)の関係。斜方輝石の内部に微細なルチルが包有されており、汚れて見える。透明で細粒な斜方輝石(Opx2nd)と黒雲母(Bt2nd)は変成岩が冷却する過程(後退変成作用時)に形成されたと解釈される。
一般に変成岩の形成過程を理解するためには“温度ならびに圧力の変化”に加えて、“時間”、“原岩形成場”、“火成作用”などについての情報を得ることが必要である。これらの情報に基づき、地殻形成に至る地質背景やテクトニクスを考察し、モデルを提案することが本研究の最終目標である。  極地研には1999年に2次イオン質量分析計(SHRIMP II:Sensitive High Resolution Ion Microprobe)が設置された。これは岩石に記録された“時間”を明らかにすることができる分析機器である。結晶の微小領域でのU-Pb年代測定などの同位体分析が可能であるため、わずか100μmの鉱物(ジルコン)の早期に結晶化した領域の年代と再成長した年代をそれぞれ区分して測定することができる。CDMLの岩石についてSHRIMP IIによる年代測定を実施したところ以下のような事象が明らかになった。 ・シルマッハヒルズの変成岩に含まれるジルコンのU-Pb年代は800Ma(8億年前)と 645Ma(6億4千5百万年前)に年代の集中が認められた。800Maの年代値は火成岩に含まれるジルコンに特有な組織を示す領域から得られた。一方、645Maの年代値については再結晶した領域から得られたため、変成作用の年代に相当する。このような年代値は従来、CDMLからは得られておらず、East African Orogen (>620 Ma:EAO) を特徴づける年代として報告されている。本研究で得られた645 Maの年代値はアフリカ東部で確認されるEAOの活動が南極地域にまで及んでいたことを明らかにしたものである (Baba et al., 2010)。 ・CDML内陸山地の岩石についてはJacobs博士らにより、多くの年代値が報告されていたが、堆積岩由来の変成岩に限定してU-Pb年代測定を行ったところ、変成作用の年代に地域差が存在することが明らかになった。 フィルヒナー山塊では、1000Maと520Maの年代値が得られ、原岩形成年代と変成年代とそれぞれ解釈された。またミューリホフマン地域(Mühlg-Hoffman fjella)では、600〜630Maの年代のみが得られ、変成温度条件が最高に達した年代と解釈された。変成年代については両地域で80Ma(8000万年)のギャップが存在することなる。これは、白亜紀から現在までの時間に相当する。両地域に産する変成岩では地殻衝突により厚化した地殻の削薄と上昇を示す組織は共通のため、少なくとも二回の衝突型変成作用が存在し(Baba et al., 2015)、その造山運動は長期間継続したことを意味する。  以上の年代測定結果に加えて既存の年代結果から、CDML地域には原岩形成年代、変成年代の異なる岩体が6つ存在する可能性を提案した(図4)。それらは破線A及び破線Bによる剪断帯が境界であることが示された。
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図4. 中央ドローニングモードランドでの基盤岩体区分図(Baba et al., 2015)。IgZ =火成岩に由来するジルコンの年代; Mig = ミグマタイト化作用の年代; Met = 変成作用の年代; Crystal = メルトから結晶化したジルコンの年代; Inh =砕屑性鉱物年代; dis = ディスコーディア年代; NZ = 再結晶したジルコン年代;Alt =変質年代
今後への期待  これまでの研究結果に加え、塩基性片麻岩類から推定される原岩形成場に基づく地殻発達モデルの作成に現在取り組んでいる。これに並行して昭和基地周辺のリュツォ・ホルム岩体についても再検討を行う予定である。昨年度、第58次夏隊(2016年11月〜2017年3月)に参加し、日本隊が観測可能な地域について広域地質調査を実施した。太古代のナピア岩体、原生代中期のレイナー岩体、プリンス・オラフ海岸およびリュツォ・ホルム湾に分布するリュツォ・ホルム岩体に加え、最南端のボツンヌーテンまでの地質調査を遂行することができた。特異な年代を示す日の出岬からかすみ岩までの岩体と周辺岩体との相違に注目し、地殻発達過程を紐解きたいと考えている。 最後に、本記事で紹介した、中央ドローニングモードランドでの基盤岩体区分および関連論文については、以下の文献を参照されたい。 <文献> Baba, S. et al.(2015) Multiple collisions in the East Africa Antarctica Orogen: constraints from timing of metamorphism in the Filchnerfjella and Hochlinfjellet terranes in central Dronning Maud Land. The Journal of Geology 123, 55-78. http://www.journals.uchicago.edu/doi/abs/10.1086/679468

馬場 壮太郎(ばば そうたろう)プロフィール

琉球大学教育学部教授。専門は地質学、変成岩岩石学。1998年大阪市立大学大学院理学研究科(地質学専攻)修了、博士(理学)。日本学術振興会特別研究員(国立極地研究所)を歴任。平成13年度外国共同観測、第49次夏隊(別働隊)、第58次夏隊に参加。
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