南極観測で活躍する砕氷艦しらせ

宮﨑好司艦長へのインタビュー

南極観測船・砕氷艦しらせは、毎年11月に南極に向けて東京港晴海埠頭を出港し、5か月間にわたって南極地域観測協力行動を実施しています。その任務は、昭和基地への人員と物資の輸送、野外観測支援、基地設営支援、海洋観測支援と多岐にわたります。厳しい南極の自然の中で安全にこれらの任務を遂行するために様々な創意工夫がなされてきました。第59次南極地域観測協力行動を終え、本年4月に帰国された宮﨑好司艦長に5か月間の行動の全容をお伺いしました。

インタビューは平成30年6月8日にジャパンマリンユナイテッド株式会社鶴見工場で点検・修理中のしらせ艦内で行いました。

インタビュアー:福西 浩

福西 南極観測隊の活躍は新聞やテレビでよく報道されるのですが、南極地域観測を支援する「しらせ」の活躍については詳しい報道があまりありません。そこで本日はいろいろとインタビューさせていただき、「しらせ」の活躍を当財団のメールマガジンで広く社会に発信したいと思います。よろしくお願いいたします。
まず宮﨑艦長にお伺いしたいことは、今回が4度目の南極行きとのことですが、どのような経緯で4回も南極に行かれることになったのですか。
宮﨑 最初に「しらせ」の乗組員になったのは平成25年で、第55次南極地域観測協力の時です。その前に護衛艦の艦長を務めていたのですが、突然「しらせ」運用長の辞令が来ました。それまでは全く「しらせ」には関わっていなかったので大変驚きましたが、とても貴重な機会を与えられたと思いました。ただ突然だったので誰かの交代要員として「しらせ」に乗り込むのだろうなと最初は思っていましたが、その後、翌年の56次のしらせ航海長になるための準備のポストだということが分かりました。
普通は55次、56次と2年勤めたら一旦別のところに行くことになりますが、人事の都合もありまして、そのまま副長で南極に行かないかと言われまして、次の年の57次でしらせ副長を務め、3年連続で南極に行くことになりました。
翌年は南極観測支援班長を1年勤めまして、去年の平成29年7月にしらせ艦長になり、4回目の南極行きとなりました。そして今年4月に帰って来たところです。
福西 4度もほぼ連続で行かれることはとても珍しいことだと思いますが。
宮﨑 海上自衛隊の補職といいますか経歴管理の中でもこの連続の経歴は初めてです。
福西 4回行かれて、最初に行かれた時とその後で、任務に対する考え方が変わったところはありますか。責任がどんどん重くなっていったと思いますが。
宮﨑 確かに変わっていったと思います。1年目は初めての南極勤務なので不安だらけで、連れて行ってもらった感じでした。「しらせ」は全乗員が2年ずつ勤務するのです。1年目は分からないから仕方ないが、次の年は1年経験した者が教える立場になります。2年目に航海長をやった時から連れて行くんだという気持ちになりました。そして3年目に副長になると、南極という特殊な世界のノウハウを継承していくことが大切なので、教える立場になりました。
福西 そして今回は艦長として南極に行かれましたが、前と比べて違いを感じられましたか。
宮﨑 各段に違いました。これまでのポストでの南極参加と艦長としての参加では全然違うものがありました。やはり乗組員全員、179名いるのですが、彼らを無事に連れて帰るという責任の重みは感じましたね。
福西 本当の責任が生じたということですか。
宮﨑 そうですね、艦長になってすべてに責任を感じるようになりました。

日本から南極までの航路

福西 東京港を出港した「しらせ」はどのような航路で南極の昭和基地まで行くのでしょうか。
宮﨑 最初の寄港地であるオーストラリアのフリーマントルまでは最短ルートで行きます。フィリピンのルソン島の東側をぬけまして、インドネシアの島々の間をぬけて行きます。これが最短のルートですね。最短ルートをとる理由は、フリーマントルで南極へ向けた燃料を満タンにするのですが、その前の燃料消費をしっかりと節約したいからです。このルートのフィリピン沖には太平洋戦争当時に開戦になった場所がありまして洋上慰霊祭を実施します。その様子を海上自衛隊幕僚監部の広報がウェブページやフェイスブックで公表しているのですが、読まれた方から、叔父が眠っているんです、ありがとうございます等の便りもあります。この慰霊祭はしらせの若い乗組員にとっては大きな教育的意味があります。

フィリピン沖での洋上慰霊祭

第59次南極地域観測協力のための砕氷艦しらせの航路と日程
福西 フリーマントルには何日間停泊するのですか。
宮﨑 5日間です。5泊6日ですね。
福西 その停泊期間中にどのような作業をされるのですか。
宮﨑 最終補給地ということで、まず燃料を追加で搭載して満タンの状態にします。食糧も補給します。そして日本から飛行機で到着した南極観測隊員に乗ってもらって、正にフリーマントルで諸搭載完了の状態になります。
福西 フリーマントルでは艦上レセプションを開催され、日豪交流を深められておられるそうですが、どんな様子ですか。
宮﨑 そうですね、一昨年の57次では「しらせ」がオーストラリアの砕氷船オーロラ・オーストラリア号を救援しましたが、日本とオーストラリアは互いに助け合ってきましたので日豪交流を大事にしています。艦上レセプションではいろいろな方をご招待し、楽しんで頂いております。また12月の頭ですが、しらせの寄港に合わせて日本人会の忘年会が開かれ、これに招待される機会もあり、ここでも交流を深めています。

往路・復路での海洋観測支援

福西 フリーマントルを出港してからはどういうルートで南極に行くのですか。
宮﨑 観測隊が毎年実施する海洋観測を支援するために東経110度線を南下します。
福西 最初に氷山に出会うのはどの辺ですか。
宮﨑 しらせ艦内のイベントの一つに「氷山初視認クイズ」というのがあります。何日の何時何分何秒に氷山初視認と書いて出してもらって競い合います。私の経験上、南緯55度位に入るとすぐに氷山が見えてきます。
福西 氷山初視認後は昭和基地に向かって進路を変えるのですか。
宮﨑 いいえ、海洋観測には停船観測がありまして、東経110度線上で南緯40度から始まり、5度ずつ、45度、50度、55度、60度と実施していきます。65度まで南下しますと海氷に覆われていますので、その手前の62~63度位の地点が最終の停船観測点になります。
福西 停船観測ではしらせ乗組員はどんな支援をするのですか。
宮﨑 船を止め、艦尾側からワイヤーで吊るした採水器等を降ろします。深度を設定し、海洋の酸素濃度、CO2濃度、塩分濃度、プランクトン量などを測定するために採水します。昔は3000mまで採水していましたが、最近は500m位の所まで沈めて採水します。もう一つはプランクトン採取で、150~200m位の深度まで下げて採取します。

停船観測の様子(CTD観測)
福西 南緯62~63度付近で最終の停船観測を終えると、今度は西に向かうのですか。
宮﨑 その地点から真西に向かいますと流氷域に遭遇しますので、一旦少し北に上がり、南緯60度を基準に西に向かうルートを取ります。ただその時の流氷域がもっと南に位置していればギリギリまで南下します。できるだけ南を通る方が昭和基地への最短ルートになります。最短ルートをとることによって航海日数を縮め、燃料消費を抑え、余裕を持って昭和基地に到着できることになります。この最短ルートでも走らせながら観測隊の海洋航走観測を支援したり、時には停船して海水の採水とプランクトンの採取を実施します。
福西 海洋観測は昭和基地からの復路でも実施するのですか。
宮﨑 はい、復路でも走りながらの航走観測と停船観測の両方を実施します。ただ往路の停船観測は東経110度線上でしたが、復路は東経150度線上で実施します。そのために復路はフリーマントルではなくシドニーに入港します。

海氷を割って昭和基地に近づく

福西 昭和基地に近づくにはまず流氷域に入っていくことになりますが、流氷域のルートはどのようにして決められるのですか。
宮﨑 観測隊と連携を取りながら日々変化する流氷域の動きを見て、最も流氷の少ない所を狙って入って行きます。今回は昭和基地のほぼ真北から進入することができました。
福西 衛星写真で流氷域の状態を確認されるのですか。
宮﨑 そうです。国立極地研究所から衛星写真が観測隊に届きます。我々もその画像データを共有し、最も流氷の少ないルートを探します。これは実際に使っている海氷の図ですが、衛星写真に色を付けたものです。
  *海氷を監視する衛星データとしては、JAXAのしずく衛星マイクロ波放射計(AMSR2)データやカナダのRADARSATマイクロ波合成開口レーダーデータが使われている。

海氷の密度の違いを表したデータ(2017年12月16日)
福西 この色の違いは海氷の厚さの違いを表すのですか。
宮﨑 いいえ、色の違いは密接度(海氷に覆われる海面の割合)の違いを表します。流氷域でも密接度が低い所と高い所があることが分かります。また大陸沿岸近くは定着氷域になっており、その沖側は流氷域です。この境目は密接度が低くなるので分かります。
  *密接度は0から10の11階級の分類で、0は海氷がない海水面を、10は海水面がない全部が海氷で覆われた領域を表す。
福西 流氷域の航行と定着氷域の航行についてお伺いしたのですが、まず流氷域の航行ではどの様な難しさがあるのですか。
宮﨑 流氷域では船が止まるということはないのですが、右に左に舵を切りながら流氷の少ない所、薄い所、間が空いている所、隙間を狙って走って行きます。そのため当初のルートと全然違う所に行く可能性があります。そこはよく気を付けなければなりません。
福西 流氷域では船に対するダメージを少なくするということで、流氷の少ない所を選んで走らせるということですか。
宮﨑 ダメージを少なくするためもありますが、流氷域でも船が氷に当たると速力がグンと落ちますので、隙間を狙う方が速力がずっと上がります。ただ暴走すると船体に損傷を与えますので、安全な衝撃の少ない速力で、流氷域の隙間、隙間を狙って走らせます。
福西 それでは定着氷に入ってからはどのようにしてコースを探すのですか。
宮﨑 流氷域では氷の状態によって船の進路を自由に変えることができますが、定着氷域では一度決めたコースを変更すると基本的に無駄になってしまいますので、まず最適なコースを決定することを慎重にやります。そのために定着氷の手前で船を止め、搭載している大型ヘリコプターCH101を飛ばせる状態にします。ヘリコプターはブレードを取り外した状態で格納庫に入っていますので、ブレードを取り付け、試験飛行などの準備作業を2、3日かけて行います。次にヘリコプターで上空偵察を行い、表面がデコボコした乱氷帯ではなく、できるだけ平坦になっている海氷域を確認します。そして目指す昭和基地まで一直線に近いコースを探します。その位置を記録しておいて、船に戻ってから海図と衛星写真で確認し、コースを決定します。こうした準備が終わりましたら船を定着氷域に進ませます。

ヘリコプター(CH101)ブレード取り付けの様子

衛星写真で海氷を確認(2017年12月16日)

毎年変化する海氷の状況

福西 59次は定着氷の厚さがだいぶ薄かったそうですが、4回南極に行かれて、海氷の状況は年によって相当違いましたか。
宮﨑 ものすごく違いますね。私は55次(2013/14年)から行きましたけれど、55次、.56次(2014/15年)までは定着氷の厚さは5mもありました。57次(2015/16年)は定着氷の厚さ3m位でした。58次(2016/17年)は南極観測支援班長でしたので南極には行っていませんが、59次(2017/18年)では定着氷の厚さは入り口で1m未満でした。
福西 5mもの定着氷に進入するにはどうされるのですか。
宮﨑 5mや3mの厚さの定着氷の所では最初からラミングで入ります。今回の59次では厚さが1m未満でしたので連続砕氷で定着氷域を航行することができました。
  *ラミング:船を一旦後退させた後に全速前進で氷に乗り上げ、船の重さで砕氷する前進方法。

ラミング中のしらせ(海水を放出し雪を湿らせ、摩擦を小さくして進入します)

連続砕氷中のしらせ
福西 1m未満の定着氷での連続砕氷ではどの位の速度が出るのですか。
宮﨑 「しらせ」は厚さ1.5mの1年氷ですと3ノットの速力で航行する能力を持っています。1m未満では出そうと思えば10ノット以上も出せますが、安全な速力ということでずっと10ノットで走らせました。

昭和基地への人員・物資輸送

福西 「しらせ」の最大の任務は観測隊員と観測隊が必要とする約1,000トンの物資を昭和基地に届けることですが、その輸送はどのように行うのですか。
宮﨑 大量の物資の輸送は昭和基地に「しらせ」が接岸してから行いますが、その前に、観測隊側から、大量の物資を受け入れる態勢を整えるために必要な人員と物資を送ってくださいという要望があります。そこでまずヘリコプターで初動に必要な人員と物資を昭和基地に輸送します。また観測隊の野外観測班の人たちからは、いち早く観測拠点に向かいたいとの要望がありますので、昭和基地から離れた野外観測拠点にヘリコプターで人員と物資を輸送します。これらの輸送に3日位かかります。それがひと段落した所で船を昭和基地沖に進ませ、接岸を図ります。そして本格的な輸送を開始します。
福西 越冬隊が一番楽しみにしているのはヘリコプターの第1便の「初荷」で、新鮮な食料品や家族からの手紙を運んできてもらうのを心待ちにしています。それは意識されますか。
宮﨑 その気持ちはよくわかります。生卵もそうだし、新鮮な野菜、ビールなど、味が違うらしいですね。そういうのを楽しみにして、しかも迎えの「しらせ」を見ると、これで任務が終わる、日本に帰れると思われるのでほっとして、凄く元気になるらしいですね。第1便をできるだけ早く飛ばせるように努力します。

昭和基地への初荷
福西 接岸というのは昭和基地がある東オングル島の少し沖合にアンカーをとるということですか。
宮﨑 そうです。でも本格的なアンカーではなく、海氷に停留するためのアンカーです。したがって昭和基地沖の定着氷に接岸という言い方をします。福西だいたい何キロ位離れた場所ですか。
宮﨑 接岸は燃料タンクから1,000m以内の場所と定義づけております。燃料を輸送するパイプラインの長さが約1,000mですので、このパイプラインが届く範囲ということで接岸と言っています。接岸したらすぐにパイプラインを敷設し、燃料輸送を先行して実施します。観測隊の約1,000トンの物資の中で約半分強を占めるのが燃料です。
福西 パイプラインで燃料を輸送するのに何日位かかるのですか。
宮﨑 着いたらすぐにパイプラインの展長に取り掛かります。観測隊側もパイプライン展長の準備をしてくれていますので、半日以内に展長作業を完了できます。その後すぐに送油を開始します。送油を開始すると24時間送り続けられますので2日間はかからない位で完了します。軽油と、今回はなかったのですがJP-5という少し精製度の高い燃料もあるのですが、その2種類を送る場合は2日間かかります。
福西 燃料以外の物資はどのように輸送するのですか。
宮﨑 ヘリコプターによる空輸と雪上車による氷上輸送の両方でやります。新「しらせ」は12フィートコンテナを使用していますが、非常に効率が良く、クレーンで吊るしてソリに載せ、雪上車が引っ張って昭和基地まで持って行く、その繰り返しのサイクルがスムーズになり輸送効率が上がっています。ヘリコプターに搭載できない重量物も氷上輸送します。12フィートコンテナで運ばない物資はヘリコプターで輸送します。
福西 氷上輸送は何日位かかるのですか。
宮﨑 船から送る物資の氷上輸送は2日から3日でできますが、同時に昭和基地で必要なくなった廃棄物類を持ち帰る輸送もやりますので、氷上輸送は最低5日間位の作業になります。それに時々天候も悪化して実施出来ない日もありますので、1週間から10日間位かかることになります。

しらせのクレーンで12フィートコンテナを降ろす白夜の作業風景(荷下ろし作業と雪上車による氷上輸送は気温が下がる深夜に実施)。

海氷上の作業の安全対策

福西 先ほどのお話で今回は定着氷の厚さが1m未満で薄かったそうですが、パイプラインの展張や氷上輸送などはかなり危険を伴う作業になると思うのですが、その辺の安全対策はどのようになされたのですか。
宮﨑 過去、氷が厚くて途中で苦労した時は、昭和基地に着いたら氷が厚いので氷上作業は心配なかったわけです。今回は定着氷域での航行は非常に順調にいったのですが、昭和基地に着いてからの氷上の作業現場が危ないという状況でした。そこで越冬隊にこれまでの接岸点付近の氷の厚さを調べてもらったところ、氷厚が1mもなく、海氷面は水気を帯びたシャーベット状で、スコップで掘れば海水が染み出てくる状態でした。
福西 それでどうされたのですか。
宮﨑 越冬隊から、これまでの接岸点では作業は出来ないと進言されましたので、それではしっかりした氷のある所に接岸しなければならないと、船側も観測隊側も考え、新たな接岸候補地を観測隊に探してもらいました。その場所に接岸しましたところ、氷厚は3mあり、安全に作業を行うことができました。
福西 年々海氷は薄くなってきているということですか。
宮﨑 58次に比べると59次は薄かったです。来年どうなるかは分かりませんが、同じ様な状態が、もしくはさらに薄い状態が広がっているかも知れません。今回、参考にしたのが15年前の45次隊(2003/04年)の時で、海氷がほとんどなくなった年です。その年の前後数年間は海氷が少なかったので、現在はその時と同じような状況なんだろうと考えています。まだ2、3年位は海氷が薄くて苦労する年が続く気がします。でもその後はまた厚くなっていくと考えられます。これは過去の私の経験と言うよりも、データで残っているわけですね。
福西 海氷はこのまま薄くなっていくわけではないということですか。温暖化とは違うということですね。
宮﨑 観測隊にも聞いたのですが、一時的なもので、温暖化とは直接は関係ないというのが観測隊の所見でした。私たちも砕氷航行の観点で、苦労した年、苦労しなかった年をきちんと記録に残しているのですが、砕氷のラミング回数を棒グラフで表すとサイクルになっている気がします。

過去のラミングデータ(棒グラフの値は往復のラミング回数)
福西 毎年「しらせ」の乗組員180名の半分は交代し、南極を経験したことがない新しい乗組員が加わるわけですね。また海氷の状況も毎年変わるわけですね。そうした中で安全に作業をするためにどんな工夫をされておられるのでしょうか。
宮﨑 まず大事な点は、南極の経験者はいるけれども毎回状況が違うということです。このことは聞いてきたし、自分が南極に4回行って強くそう感じています。極端に言えば氷が厚い時、薄い時、両方を経験している者の意見を良く聞く。経験者は経験談を話して、どういった苦労があったかを良く教えることが必要ですね。意見を述べ合う研究会なども開き、困難というものを洗い出して、準備を進めることが大事ですね。

野外観測支援の安全対策

福西 野外観測支援についてお伺いしたいのですが、私もいろいろな場所にヘリコプターで連れて行ってもらった経験があるのですが、ヘリコプターはかなり困難な場所にも着陸されますよね。そのためにどのような準備をされるのですか。
宮﨑 先ほどの話のように、過去の経験を蓄積しています。ヘリコプターのパイロットたちは着陸したところの経験を残しています。着陸をトライしたけれど大きなCH輸送ヘリでは着陸は無理だと諦めた箇所を記録しています。必ず自分たちのデータとして着陸できた所、出来なかった所を残して、蓄積したデータが代々伝わるようにし、その記録を南極に持って行きます。自分は行った経験がないが、現地に行って降りた経験者の記録を見て、自分もチャレンジし降りた。新たに今回着陸を頼まれたけれども、行ってみて降りられた、もしくは降りらなかったという記録を残します。CHヘリでは輸送出来ない所は観測隊がチャーターした小型のヘリA350で行ったなどの記録も参考にします。こうした努力が安全につながっています。

困難な場所での着陸(スカルブスネス長池)

乗組員の昭和基地での仕事

福西 「しらせ」の180名の乗組員の方々はさまざまな役目があると思いますが、昭和基地での主な仕事を紹介していただけますか。
宮﨑 昭和基地に着いたらまず輸送という主目的を達成するために艦内で荷物の送り出し作業をします。貨物倉庫にある物資を氷上に降ろす、もしくはヘリコプターで輸送する場合は飛行甲板へ持って行きフォークリフトを使ってヘリに乗せる。また昭和基地から持ち帰る廃棄物を艦内の倉庫に納める作業もします。これらの作業は大体半月くらいで終わります。
その後、夏期しかできない基地設営作業の支援をやります。昭和基地の増改築作業に人手が欲しいなどの要望が観測隊からありますので、それらの作業を乗組員がお手伝いをすることになります。昭和基地の夏宿という建物に泊まりながら作業をします。乗組員にとっては昭和基地で泊まれることが楽しみですが、少人数での力仕事も多く、かなり大変です。でも昭和基地を維持し発展させるためにみな頑張ります。

基地設営支援中の朝の体操の様子
福西 昭和基地以外での仕事はありますか。
宮﨑 観測隊から昭和基地周辺の海洋観測の依頼がありますので、基地設営支援を概ね終えた後、「しらせ」は昭和基地の接岸地点を離れ、リュツォ・ホルム湾の中を走り回って海洋観測をします。氷海の中での海洋観測です。
福西 氷海の中での海洋観測で注意されていることは何ですか。
宮﨑 地形的にこれまで行ったことがない所にも入って行きますので、風が強くなり海氷が動いて身動きが取れなくなる恐れも十分にあります。そこで自分たちで安全に出来る範囲はどこまでかを常に考えながら実施します。
福西 輸送作業、野外観測支援、基地設営支援、海洋観測支援と多岐にわたる仕事に乗組員が携わるわけですが、艦長がそれらを全部把握して安全に作業を進めることは相当大変ですね。
宮﨑 そうですね。観測隊と密接な連携をして作業を進めますが、一番気をつけるところは怪我をさせないということですね。病院には行けないので、艦内での応急処置しかできません。よって過密で目の行き届かない無理なスケジュールはないかをよく調べます。いろいろな作業がありますが、並行して出来るもの、一つずつしかできないもの、天候をみて今日は出来る出来ないという気象環境にも左右されるものなど、作業の条件をよく吟味します。

留守家族のこと

福西 しらせの場合、全体で5か月間の航海になりますが、乗組員の留守家族が心配されることもあるのではないかと思うのですが、その辺はいかがですか。
宮﨑 海上自衛隊の海外派遣行動では5か月が最長ですね。でも5か月の航海はしらせだけではなくなってきています。遠洋練習航海部隊も5か月、海賊対処部隊も5か月で同じですね。5か月の航海に乗組員も結構慣れてきた所はあります。家族の理解も得やすくなっています。そうは言っても5か月間は直接会えないのでいろいろな不安は出てきます。まず日本にいる間に家族のケアをしっかりやることが大事だと言ってます。
福西 航海中の家族とのやりとりはどのようにしてやるのですか。
宮﨑 今は家族メールとしてEメールでやりとり出来ます。家族からのメールでおめでたのニュースがあったり、訃報が入ったりすることもあります。
福西 おめでたのニュースの場合、皆でお祝いしてあげるのですか。
宮﨑 そうです。艦内放送でみんなに放送して、おめでとうと拍手を送ってあげてます。また乗組員の誕生日には、「今日は誰々の誕生日おめでとう」と艦内放送してあげたり、誕生日ケーキを特別に振る舞ったりします。

南極の魅力―南極は地球の宝箱

福西 最後にお聞きしたいのですが、どういう所に南極の魅力を感じていらっしゃいますか。
宮﨑 みなさんが関心のある地球環境の変動という所ですね。それを調べるには今の南極は「地球の宝箱」だと観測隊員から聞きました。南極に行って、地球の過去がどうなっていたのか、これからどうなっていくのか、そんなことに携わっている観測隊員からいろいろな話を聞くことができ、それを支援する任務は凄くやりがいのある仕事で、とても他では経験のできないものですので、貴重な経験をしていると率直に思っています。
福西 これまで4回南極に行かれて、南極の自然をどう感じておられますか。
宮﨑 南極の氷の世界、氷山や棚氷、自然にできた物ですね、それらを見るとスケールが大きく、自然の力って凄いと思います。今は探検隊時代と比べて安全に行ける様になりましたけれども、自然には勝てないとつくづく思います。風が強かったり、波が高かったり、氷が流れてきたり、この「しらせ」でも無理だと思う気象環境は多々あるので、自然に逆らってはいけないなと常々感じますね。南極はまさに地球と向かい合っているエリアだという感じがしますね。
福西 私はオーロラの研究が専門なんですが、昭和基地から帰途、「しらせ」でオーロラをご覧になった時はどういう印象を受けましたか。
宮﨑 薄っすらとした雲の中に緑がかった、所々で少し濃くなるオーロラをみました。とても不思議な感じでした。越冬隊の皆さんから見せてもらったオーロラの映像は、カーテン状で、一瞬明るく輝くオーロラでしたが、それはまだ見たことがないので見てみたいですね。

しらせ前方に見えたオーロラ(艦橋上部から撮影)
福西 南極に出かける前のしらせ総合訓練の期間中に国内各地の寄港地で一般公開がありますが、すごい人気ですね。親子連れが多いですが、たくさんの見学者に来てもらえるのは嬉しいですか。
宮﨑 はい嬉しいですね。私は南極観測事業は宇宙事業に次ぐ国家事業だと思っているのですが、宇宙飛行士になるよりは南極に行く可能性の方が高いので、より近い目で見てもらえる様な気がします。日本人宇宙飛行士は日本を挙げて称えてもらえますが、それと同じ位の歓待を受けますね。南極に行くのですか、頑張って来て下さい!というのは凄く力と勇気を与えられますし、そうやって応援してもらえるのは嬉しいしありがたいので物凄くやりがいを感じます。海上自衛隊でもこんなミッションがあると私のみならず全乗員への励みになります。

総合訓練中の一般公開(南極の氷の展示風景)
福西 「しらせ」で南極に行ってみたいという方が多いですか。
宮﨑 はい。南極の魅力を自分でも体験したいと思って志願してくる人は後を絶たないので、日本人って南極への夢や希望、精神を大事にしてくれているのだなと感じています。
福西 本日はお忙しい中で南極での様々な体験を詳しく語ってくださりありがとうございました。「しらせ」による南極地域観測協力がますます発展することをお祈りいたしております。

宮﨑好司(みやざき こうじ)プロフィール

1969年生まれ、防衛大学校卒。「しらせ」運用長(第55次南極地域観測協力)、「しらせ」航海長(第56次南極地域観測協力)、「しらせ」副長(第57次南極地域観測協力)、海上幕僚監部運用支援課南極観測支援班長を経て、2017年7月から「しらせ」艦長に就任し、第59次南極地域観測協力に参加。

インタビュアー:福西 浩(ふくにし ひろし)プロフィール

公益財団法人日本極地研究振興会常務理事、東北大学名誉教授、日本地球惑星科学連合フェロー。東京大学理学部卒、同理学系大学院博士課程修了、理学博士。南極地域観測隊に4度参加し、第22次隊夏隊長、第26次隊越冬隊長を務める。専門は地球惑星科学で、地球や惑星のオーロラ現象を研究している。

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