シリーズ「南極・北極研究の最前線」第12回

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南極氷床変動と固体地球の変形,地球回転変動の関係

国立極地研究所助教 奥野淳一

 固体地球にとって氷床や海水は,表層に存在する荷重(重し)と見ることができる.固体地球は,全く変形しない剛体ではなく,瞬間的な力源に対しては弾性的に,長い時間スケールにおよぶ力源には粘性的に変形する性質をもつ.この性質が,氷床変動や海水準変動にともなう表面質量の再分配によって,固体地球の多様な時空間スケールの変形を引き起こす.この現象は,アイソスタシーの原理にしたがって変動することから,『氷河性地殻均衡調整』(Glacial Isostatic Adjustment : GIA)と呼ばれており,測地学的,地形・地質学的観測によってとらえられている.アイソスタシーとは,地表付近を構成する物質が,より深部の物質に浮かんでいるような状態で釣り合っているという現象をさし,氷期に拡大した巨大な氷床も,同様に地球上に浮かんでいるような平衡状態にあったと考えられている.本稿では,南極氷床変動とGIAが引き起こす地球回転変動の関係に関する最近の研究成果について紹介する.

 約2万年前の最終氷期最盛期(Last Glacial Maximum: LGM)には,北米やスカンジナビア半島に2000~3000 m におよぶ厚さの氷床が発達し,南極にも現在より大きな氷床があった.LGM以降,両極域の氷床が融解したことで,汎世界的に約130 mもの海水準が上昇した.LGMに発達した氷床や現存する南極・グリーンランド氷床の消失・縮小は固体地球に対する荷重の解放と考えることができる.実際にこの氷床消失は,かつて氷床で覆われていた地域の地殻を数100−1000 m 隆起させたことが地形的な調査・観測より明らかになっている.GIAと呼ばれるこの隆起は依然として継続しており,先に述べた通り,これは地球を構成する物質が粘弾性的性質を持っているためであると考えられている.スカンジナビア半島におけるGIAは,広域的GNSS観測(GPS)により明瞭に検出されており,その中心域では,約10 mm/年を超える隆起速度が観測されている.南極沿岸域でも同様の現象が測地学的,地形・地質学的に観測され,そのようなデータに基づいて,LGM以降の南極氷床融解量と融解した領域の推定がなされている.しかし,南極沿岸部では,現地調査の困難さから特に地形学的な証拠が少なく,これまでに提案された融解量の推定値は,8−30 mとその幅が大きい.これは,古気候学的にも重要な問題となっており,現在でも大きな論争の的となっている.

 地殻の変動のみならず,地球回転速度やその回転軸の位置も,氷床や海水準の変動によって変動する.これは地球の表層における質量(氷と水)が,自転軸に近い地域(極域)から中・低緯度の海洋への移動と,GIAによる地球内部の質量の移動によって引き起こされる.この変動は,よくフィギュアスケート選手のスピンの速度と手の位置との関係に当てはめて説明される(図1).フィギュアスケートのスピンでは,腕や脚をそろえて回転すると回転速度は速くなり,両腕を広げると回転速度は遅くなる.これは,総体重は変わらないが,軸足の周りから見て両腕や脚を広げた状態では慣性モーメントが大きく,縮めた状態では小さくなり,同じ力を受けても慣性モーメントが小さい方がより早く回転することによる.


図1:地球回転速度変動と質量分布の関係についての模式図.

 同様のことが地球でも起こっており,数万~10数万年周期で氷期と間氷期を繰り返す氷期-間氷期サイクルによる質量の移動とそれに伴うGIAがそれに相当する.このような地球表層での質量再分配やそれによって引き起こされるGIAが,地球全体の慣性モーメントの変化を引き起こすことで地球の自転に影響を与えており,極移動やJ2項といったさまざまな観測値として実際に検出されている.J2項とは,地球の力学的形状係数で,地球の形状に近いとされる回転楕円体の南北のつぶれ具合を示す量である.J2項は主として人工衛星の軌道解析より求められており,1980年代にはJ2項の永年的な減少が検出され,1997 年頃に永年減少が鈍り始め,それ以降約15年間で変化率が一定となったことが明らかにされている.

 このような観測結果を用いて,近年の温暖化による山岳氷河やグリーンランド,南極の各氷床の変動も考慮したGIAによるJ2項の変化率を,詳細な数値モデリングより解析した研究が近年公表された(Nakada et al., 2015; 詳しくは奥野,2018を参照).この研究では,地球内部(下部マントル)にさまざまな粘性率を仮定し,LGM以降の氷床融解によるJ2項の時間変化を数値的に求めた(図2).図2の縦軸はその時間変化率で,マイナスの値が大きくなることは,粘性率(横軸)が大きく(固く)なるほど,つぶれ具合の回復が遅いことを意味する.

図2:GIAの数値モデリングより再現したJ_2の時間変化.氷床融解史モデル(オーストラリア国立大学モデル:ANUモデル)の設定の違いによって,それぞれの下部マントルの粘性率に対する依存性がどのように変化するかを示す.

 図2(a)は,LGM以降の氷床融解をそれぞれ北半球成分と南極成分の寄与を分けて解析を行った結果を示す.この結果によると,南極氷床の融解量は北半球氷床の3分の1程度であるにもかかわらず,J2項の変化率の振幅は,北半球氷床成分と南極成分とでほとんど同程度となっている.これは,LGM以降の南極氷床融解が,J2項をより効率よく変動させてきたことを意味する.この原因は,地球内部も含めた質量の変動(氷床量+GIA)が,北半球氷床が存在した場所より南極のほうが,地球の自転軸により近いところで生じていることによる.つまり,J2項の変化率は北半球氷床より南極氷床の融解量に敏感なのである.

 図2(b)は,南極氷床に注目して,その融解量を0(なし)から30mまでの氷厚範囲で仮定した場合のJ2項の変化率を示す.緑の領域が観測値の許容範囲を示すが,平均的な下部マントルの粘性率を5×1022 Pa sとした場合,観測値を満たすためには南極氷床の寄与として10−20 m程度の融解量が必要であることがわかる.これまでに地形・地質学的な海水準変動等より決められたLGM以降の南極氷床の融解量の見積もりは大変幅広いため,J2項の変化率が,LGM以降の南極氷床融解量を規定する上で重要な意味を持つ.つまり,現在の地球回転変動の詳細な観測が,過去2万年に遡る南極氷床融解量の決定に大きく貢献するのである.

 今後,衛星観測データと南極の現場における測地,地形・地質学的観測値の蓄積と高精度化によって,現在のみならず,過去数万年におよぶ南極氷床の変動を明らかにする手がかりが急増するだろう.並行して,固体地球や氷床変動の数値シミュレーションの高度化が進むことで,さまざまな観測値を矛盾なく説明できる南極氷床変動像が明らかにされていくはずである.

参考文献
Nakada, M., J. Okuno, K. Lambeck, and A. Purcell (2015) Viscosity structure of Earth’s mantle inferred from rotational variations due to GIA process and recent melting events. Geophys. J. Int., 202(2), 976–992. 奥野淳一(2018):南極氷床変動と氷河性地殻均衡. 低温科学,76,205 – 225.

奥野 淳一(おくの じゅんいち)プロフィール

国立極地研究所 助教。専門は固体地球物理学.数万年から数年といった時間スケールの氷床変動・海水準変動が引き起こす固体地球の応答に関して、主に数値シミュレーションの手法を用いて研究を進めている。南極、北極域の過去・現在の地殻変動や重力場変動などを計算機上で再現し、観測値と比較することで、氷床変動や地球内部構造の推定を行っている。
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