シリーズ「南極観測隊エピソード」第14回

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南極観測と朝日新聞その14 7次隊の帰途にあったこと、その3

元朝日新聞社会部記者 柴田鉄治

 第7次観測隊が昭和基地の再建を立派に成し遂げ、帰途に就いたとき、ペンギン・ルッカリー(生息地)を見学したことを「その1」とし、ソ連のマラジョウジナヤ基地と「オビ号」を見学したことを「その2」として前号までにその概要を記した。 実は、もう一つ、その3があったのだ。ソ連基地と「オビ号」を訪れて気をよくした私たちは、昭和基地の西隣りにあるベルギーの「ロア・ボードアン基地」も訪問しようと、観測船「ふじ」をベルギー基地の沖合まで回航して、「見学に行きたいが、都合はどうか」と電報を入れた。

 東隣りのソ連基地の次は、西隣りのベルギー基地へ

 すると、ソ連隊の「どうぞ、どうぞ」とは違って、「こちらから行くから、船で待っていてくれ」という返事だったのだ。しばらく待っていると、やがて橇を引いた雪上車が現れ、10人余りのベルギー隊員が観測船「ふじ」の前に降り立った。  今度は日本隊の村山隊長や本多艦長が出迎えて、握手、また握手。すぐに観測船「ふじ」の大食堂に案内し、歓迎の宴が開かれた。  ソ連隊とは違って、ベルギー隊は英語が通じるから、コミュニケーションはずっと楽だ。ベルギー隊のオーテンボー隊長の「あいさつ」(写真その1)、村山隊長の「歓迎の言葉」が続き、あとは飲めや歌えの大騒ぎだ。

ベルギー隊のオーテンボー隊長の「あいさつ」(写真その1)

 ところが、ベルギー隊はしっかりしている。酔っぱらう前に船内を見学したいと、しっかり見学していったのだから、立派なものだ。観測機器などについても一つ一つ、丁寧に質問を繰り返して、訊いていくのだから、頭が下がる。  やがて、お別れのときがきたが、ベルギー隊は「お礼に」と、ハスキー犬の子犬を日本隊にプレゼントとして置いていった。  その子犬が船の前を走りまわって大喜び、折から、現われた1羽のペンギンと「ご対面」(写真その2)。なんと挨拶しているのか、よく分からないが、とにかく会話をしているように見えた。

現われた1羽のペンギンとハスキー犬の子犬の「ご対面」(写真その2)

 これは後日談だが、この写真を私の高校の美術展に出品したとき、私は「初対面の挨拶と会話」という題をつけた。それを見た私の悪友たちは「会話ではなく、喧嘩だろう」と冷やかしたが、私は「南極は平和の地、喧嘩はないのだ」とすまして答えたものだ。  そのほかに、ベルギー隊の「後日談」が2つある。

 ベルギー大使館で「ベルギー隊との交流」を私が講演

 その一つは、あのときベルギー隊の隊長として観測船「ふじ」にやってきて、歓迎宴で挨拶をしたオーテンボー隊長が、その後、どんどん出世して、ベルギーの南極観測事業の全体を指揮する最高責任者になったことだ。国際会議などで顔を合わせた日本の代表者と「昔の思い出話」として、あの時のことを話してくれるそうである。  もう一つの後日談は、まったく不思議な縁である。日本とベルギーの友好関係を記念して、東京のベルギー大使館で祝宴が開かれたとき、私が祝宴に招かれただけでなく、出し物の一つとして、私に南極における両国の交流について講演してほしいという話が舞い込んだのだ。  日本とベルギーの文化交流の日本側の代表者、北原和夫氏(元日本物理学会会長)からの依頼だった。北原氏とは、国際基督教大学で一緒に教員をしていたことがある縁で、知り合った。  ところが、その講演は「英語でやってほしい」と言われ、仰天した。私は英語がしゃべれない人間なのだ。国際基督教大学で英語がしゃべれない教員は私一人だと言われていた人間なのである。  困った私は、講演ではなく、パワーポイントで写真を見せて、それに簡単な説明を英語で付けるという方式を考え出した。それで何とか乗り越えた、と自分では思った。ただ、聴衆はそれで満足したのかどうかは不明である。まったく冷や汗ものだった。(以下次号)

柴田鉄治(しばた てつじ)プロフィール

元朝日新聞社会部記者・論説委員・科学部長・社会部長・出版局長などを歴任。退職後、国際基督教大学客員教授。南極へは第7次隊、第47次隊に報道記者として同行。9次隊の極点旅行を南極点で取材。南極関係の著書に「世界中を南極にしよう」(集英社新書)「国境なき大陸、南極」(冨山房インターナショナル)「南極ってどんなところ?」(共著、朝日新聞社)「ニッポン南極観測隊」(共著、丸善)など多数。
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