シリーズ「南極にチャレンジする女性たち」第7回

南極での経験を中高生の理科教育に活用

東野 智瑞子(第59次南極地域観測隊 越冬隊員)

45歳の誕生日に-20℃の中、着物で記念撮影

インタビューは2017年10月19日に、東京都立川市の国立極地研究所で行いました。写真は、2019年1月に昭和基地の東野隊員からメールで送られてきたものです。

越冬隊員を目指した動機

福西:本日は南極への出発準備でお忙しい中、インタビュー時間を作ってくださりありがとうございます。

東野さんは6年前に第53次南極地域観測隊の教員南極派遣プログラムに採択され、夏隊同行者として昭和基地に行かれましたが、今回は地圏モニタリング観測担当隊員として第59次越冬隊に参加されることになりました。中学高校の教員が越冬隊の観測を担当するのは非常に珍しいケースだと思いますが、越冬隊に応募することになった動機は何だったのですか。

東野:第53次隊の時に教員派遣プログラムで夏隊同行者として行かせてもらい、すっかり南極の魅力に取りつかれ、また行きたい、行くなら次は越冬してみたいとずっと思っていたからです。それで南極観測隊員募集要項を毎年見ていたのですが、私は研究者ではないので観測担当で参加するのはかなり難しいと感じていました。でも、モニタリング観測担当隊員の応募条件に、観測機器を扱えることが望ましいと書かれていたので、絶対的条件ではないと解釈し、思い切って応募してみました。

福西:応募後の審査ではどんなことが聞かれたのですか。

東野:そうですね。大学時代の研究のことや、これまでどんな機器を使ったことがあるのか、電子工作をしたことがあるのかなどいろいろと聞かれました。それで、一切ありません、ありません、頑張ります!って答えました。大丈夫かな~っと思われたと思うんですが、何とか受かってしまったという感じです。

福西:では、昭和基地で担当する観測につい紹介していただけますか。

東野:これまでずっと続いている観測ですが、広帯域・短周期地震計によるモニタリング観測、超伝導重力計連続観測、VLBI観測などを担当することになります。

福西:これらの観測装置の操作訓練はもう終わったのですか。

東野:極地研究所に同じ観測装置があるものについてはそれを使いながら操作を教えてもらいました。また、ここにない装置に関してはある程度の説明は受けましたが、実際には昭和基地に行ってから、前の隊の方との引継ぎでいろいろと教えてもらうことになります。

福西:電子機器を取り扱かった経験がないということですが、越冬中に観測機器が故障した場合はどのように対処するのですか。

東野:はい、観測機器が故障した場合の対処法に関しても一応訓練は受けたのですが不安は大きいです。今は衛星通信があるので分からない時は日本に問い合わせをしながら頑張るしかないと思います。

越冬隊唯一の女性隊員

福西:59次越冬隊では女性隊員が一人しかいないとのことですが。

東野:実際にそのことを聞いた時はビックリしました。前年の58次隊の女性隊員が6人と過去最大人数になったので、年々多くなる傾向なのかなって勝手に思っていました。一人って聞いた時は驚きましたが、それで越冬隊が嫌になったわけではありません。

福西:すでに国立極地研究所の隊員室で勤務して3か月間になりますが、男性隊員と一緒に仕事をした感想はいかがですか。

東野:職場自体が元男子校だったので男の先生が多いんです。特に勤め始めの頃は本当に男の先生ばかりでしたが、あまり違和感なく過ごしてきました。今回も違和感なく楽しく仕事をしています。

 

ボツンヌーテンで逆立ち。高校時代に器械体操をやっており、越冬中も色んなところで逆立ちしました。

福西:新しい環境への適応力がすごいですが、どのような環境で育ったのでしょうか。今までにインタビューした南極観測隊員は、田舎や郊外で育って自然が好きになった方が多かったんですが。

東野:大阪産まれの大阪育ちです。今住んでいるのは大阪城のすぐ近くなんです。小学校も中学校も高校も大阪市内です。

福西:では大学はどこですか。

東野:大阪教育大学です。大阪の中では奈良との境目くらいにあります。

福西:純粋な大阪の人ですね。ずっと都会の中で育ったので自然の中で遊んだ経験はあまりなかったようですね。

東野:はい、自然の中で遊んだ機会は少なかったのですが、働き始めて経済的にちょっと余裕が出て、海外旅行によく行くようになりました。元々旅行は好きだったのですが、旅行の幅もちょっと広がって、その頃から自然に興味を持つようになりました。

福西:海外旅行はどんなところに行ったのですか。

東野:最初はパリでお買い物をするのが好だったのですが、カナダ北部の流氷上へアザラシの赤ちゃんの出産を見に行った時から視点が変わりました。もっと動物を見たい、自然を見たいと思う様になったんです。アイスランドに鳥を見に行ったこともあります。またカナダのイエローナイフやスウェーデンのキルナにオーロラを見に行ったこともあります。行くところも興味もどんどん変わってきた感じです。それと共により活動的になった気がします。

福西:寒さに対してはどうですか。観測隊には北国出身の方が多く、-20℃でも大丈夫ですという話はよく聞くんですが。

東野:昔から寒さに強かったということはないんですが、旅行でいろいろと寒いところに行って、装備がちゃんとしていれば大丈夫だとわかりました。これまでで一番寒い経験は、先ほどお話ししたカナダにアザラシの赤ちゃんの出産を見に行った時です。その時に-20℃を体験しました。

 

南極大陸S17地点にて-30℃の中、滑走路作りを行った時の様子。

南極観測隊の経験を教育に生かす

福西:53次隊の教員南極派遣プログラムで初めて南極に行かれ、帰って来られてからその経験をあちこちで話されたのですか。

東野:そうですね、いろいろな場所で講演活動をしました。中学校が多かったのですが、関西大学のOB会で話す機会もありました。

福西:子供たちは南極の話のどういう所に一番関心がありましたか。

東野:やはりペンギンの動画は鉄板ですね。ウケがいいです。

福西:去年は、「ドラえもん のび太の南極カチコチ大冒険」というアニメ映画もありましたね。

東野:ありましたね。それもちょっと使いました。

福西:今回の越冬隊での経験をどういう形で教育に活かしたいと考えていますか。

東野:53次隊の帰国後の講演では、南極の冬の寒さを知ってもらう実験の動画なども見てもらったのですが、それらは全部もらい物でした。夏期間はそうした動画は撮れませんから。今回は実際に冬期間に自分で実験して動画を撮って教材に活かしたいと思っています。

福西:動画の撮影には自信がありますか。

東野:そうですね、動画編集は好きなので、自分ならこうしたいと思いながら他の人が撮っていない動画を撮りたいと思っています。オーロラやタオル回し、シャボン玉を凍らせたり、お湯花火とか、伝え方も考えながら撮っていきたいと思っています。

ものすごい勢いで暴れまくったピンクのオーロラ(2018年5月6日撮影)

極寒実験の動画撮影。凍ったタオルと凍ったTシャツ。

朝日に照らされる凍ったシャボン玉

福西:自分の経験を語ることでどのような教育効果が期待できるのでしょうか。

東野:カナダにアザラシの赤ちゃんを見に行った時のことですが、初めて温暖化が進んでいることを実感しました。温暖化の知識だけを伝えるのではなく、実際に見て感じたことを伝えることが出来る様になったんです。今回も越冬していろいろなことを感じたり考えたりして伝え方が見えてくると思っています。

越冬生活から得られるもの

福西:私も3回南極越冬隊に参加して、観測隊の経験を伝えることの大切さを感じています。越冬隊はいろいろな職業の人が集まった閉鎖社会です。厳しい自然環境の中で、それぞれの隊員が自分の任務と隊全体のミッションをやり遂げるために互いに協力し全力で行動します。そうした人間関係は南極観測隊でしか得られないもののような気がしています。この密な人間関係の貴重な体験をぜひ子供たちに伝えてほしいと思っています。

東野:はい。私の53次隊での大切な経験は昭和基地での人間の繋がりなんです。一人ひとりが、自分のミッションを自分一人では達成できないし、みんなで助け合ってこそ色んなことが達成できるんだということを本当に実感したんです。私の子供たちへの講演では、ペンギンも鉄板なんですけど、動物たちなどの自然の話は半分で、あとの半分は基地での助け合いや協力で観測隊が成り立っているということを伝えるようしています。

福西:最後に、南極観測隊に参加したいと思っている人たちに自分の経験からのメッセージをお願いします。

東野:無理だろうなと思って諦める。最初から応募しない。それでは何も始まりません。最初からしないではなく、やってみる事が大事だと思います。チャンスを見逃さない、、、やってみるって事が何かに繋がるんじゃないかと思います。

福西:本日は出発準備でお忙しい中でインタビューの時間を作ってくださりありがとうございます。南極に駆ける思いが伝わってきました。昭和基地での楽しい越冬生活をお祈りしております。

 

東野 智瑞子(ひがしの ちずこ)プロフィール

大阪府大阪市出身。関西大学第一中学高等学校理科教諭。第53次日本南極地域観測隊に教員派遣同行者として参加。2017年7月から関西大学第一中学高等学校を休職し国立極地研究所南極観測センター勤務。第59次日本南極地域観測隊に越冬隊員(地圏モニタリング観測)として参加。趣味は旅行。

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