シリーズ「南極にチャレンジする女性たち」第8回

南極地域観測隊で初の夏隊長を務める

原田 尚美(第60次南極地域観測隊 副隊長兼夏隊長)

インタビューは2018年11月19日に、東京都立川市の国立極地研究所で行いました。

インタビュアー:福西 浩

夏隊長の仕事

福西:第1次南極地域観測隊を乗せた南極観測船「宗谷」が日本を出港したのは1956年11月のことで、それから62年が経ちました。途中、第6次隊から第7次隊の間に3年間の中断があったために今年出発する隊は第60次隊ですが、この長い歴史の中で女性の夏隊長は初めてとお伺いしました。原田さんはすでに第33次隊の夏隊員として南極に行かれ、今回が2度目ですが、当時と今ではどのような変化があるのですか。

原田:そうですね、第33次隊の構成は越冬隊が中心で、越冬隊員36名、夏隊員17名、夏隊オブザーバー2名の合計55名でした。でも第60次隊の構成は、越冬隊員31名、夏隊員40名、夏隊同行者29名で、夏隊員と夏隊同行者を合わせると69名にもなります。夏隊同行者29名のうち23名が「しらせ」に乗船し、6名は「海鷹丸」に乗船します。

福西:夏隊員と夏隊同行者はどのような違いがあるのですか。

原田:夏隊員は、定常観測や研究観測を担当する観測部門の隊員と昭和基地の夏期間の建設作業を担当する設営部門の隊員からなります。夏隊同行者は、大学院学生や若手の研究者・技術者、南極授業を担当する教員、環境調査をする行政機関の職員、外国人研究者、ヘリコプター操縦士など、さまざまな職種の専門家からなります。


「しらせ」甲板上で撮影した60次隊の人文字(原田夏隊長提供)

福西:最近は女性の南極観測隊員も増えていますが、60次隊は何人位ですか。

原田:越冬隊が5名で、夏隊・夏隊同行者は9名で、全部で14名です。

福西:昔と比べて夏隊員と夏隊同行者の数が大幅に増えていますので副隊長・兼夏隊長の仕事はかなり大変だと想像しますが、主な役割を紹介して下さい。

原田:隊長をお支えしながら、観測隊の一人ひとりのミッションが上手くいく様に調整することだと思っています。皆さんが仕事を安全に無事に終え、一つでも多くの観測ミッションが達成される様に努力したいです。でもミッションは非常に多岐に渡るので、調整と一言で言ってもいろいろと出てきます。しらせ側との調整もありますし、ヘリコプターを使った野外調査ですとスケジュールや参加するメンバー間の調整もあります。また観測グループ間の調整もあります。

福西:夏隊が実施する観測の主なものを教えてください。

原田:第60次隊ではメインのプロジェクトとして重点研究観測「南極から迫る地球システム変動」を実施します。これには3つのサブテーマがあります。
サブテーマ1「南極大気精密観測から探る全球大気システム」は超高層大気分野のプロジェクトで、大型大気レーダーPANSYを中心にした観測を継続するために昭和基地の夏期間にいろいろな整備作業を行います。
サブテーマ2「氷床・海氷周縁辺域の総合観測から迫る大気―氷床―海洋相互作用」は大気・雪氷・海洋分野のプロジェクトで、「しらせ」による海洋観測が中心です。ケープダンレー沖海域においてCTD観測を実施したり、水温、塩分、海流の流速や流向を時系列で観測するとともに海水を時系列で採取するための係留系を設置し、深層水の形成のメカニズムや温暖化による海氷融解の影響、海洋酸性化の進行などの観測を行います。

*CTD観測:水深500mまでのいくつかの深度における海水をサンプリングし、海水の塩分濃度、水温、水深を測る観測。塩分濃度は電気伝導度を測定することにより求める。


ケープダンレー沖で「しらせ」観測甲板から係留系を投入している様子(原田夏隊長提供)

CTD採水器で採水した海水を各種分析用ボトルに配水している様子(原田夏隊長提供)

サブテーマ3「地球システム変動の解明を目指す南極古環境復元」は雪氷分野のプロジェクトで、ドームふじ基地周辺で80万年を超える、できれば100万年に達する古いアイスコアを採取するための深層掘削点の最終候補地を決めるためにアイスレーダー調査を実施します。
この他に、「しらせ」が昭和基地の帰途、2月中旬にアムンゼン湾に移動、そこで多数の観測グループがヘリコプターを使って野外調査を実施します。


昭和基地沖に接岸中の「しらせ」(原田夏隊長提供)

福西:夏隊長の仕事のほかに自分の研究のための観測もなさるのですか。

原田:できれば北極海での観測から分かったことを南極でも確かめたいと思ったのですが、さすがにその観測を準備するための時間も観測をするための時間もなさそうなので諦めました。でも今回、私の所属先の海洋研究開発機構から研究者が夏隊同行者としてもう一人参加しますので、その方にサンプリングを頼みました。

福西:どんなことを確かめたかったのですか。

原田:偶然なのですが、北極で非常に珍しい植物プランクトンを見つけたんです。社会で有効活用されているある特殊な化合物を作り出す能力を持つ植物プランクトンだったんです。両極は極限環境にあり、北極で見つかるということは、同じ極限環境にある南極でも見つかるのではないかと考え、今回探してみたいと思いました。

自分がやってきた研究

福西:では研究についていろいろとお聞きしたいのですが、どういう研究をやってこられたのですか。

原田:古海洋学の研究をやってきました。主に海底の堆積物を採取して、そこに記録されている過去の海洋環境を復元する研究です。でも10年くらい前から北極海の研究に携わる様になりました。ここでは古海洋学の研究よりも現在の海洋の物質循環について明らかにする生物地球化学研究を行っています。北極海では地球温暖化によって海氷が急速に減少しており、その減少によって海洋中の炭素などの物質や、海洋の低次生態系がどのように変化していくのかを研究しています。

福西:北極・南極域での温暖化は中低緯度地域よりも2~3倍も大きく、地球温暖化の未来予測には極域の調査・観測が決定的に重要になってきましたが、原田さんもそうしたことを意識されますか。

原田:そうですね、私が所属している海洋研究開発機構は国立研究開発法人ですので、国の政策はかなり意識して中長期計画を立てます。例えば北極に関しては「北極政策」があります。この「北極政策」の中で、基礎研究に関して、「北極を知ることによって地球環境の将来を予測する」と書かれていますので、そうした部分で貢献したいと強く思いますね。

福西:調査船には年に何回くらい乗船されるのですか。

原田:若い頃は毎年乗っていましたが、最近は減りました。2年か3年に1回位になっています。

福西:北極海の調査は「みらい」で行われていますが、どの緯度まで行かれたのですか。

原田:北緯70度超えまで行きました。昭和基地の緯度が南緯69度ですので、それよりは少し高緯度ですね。

福西:南極に行く際は途中の暴風圏で船は相当揺れますが、北極に行く場合はどうなんですか。

原田:確かにベーリング海など低気圧が集積する場所もありますが、そこは「吠える40度、狂う50度、叫ぶ60度」と呼ばれる南大洋には敵わないですね。

福西:北極海の中に入ってしまうとあまり揺れないのですか。

原田:はい、静かです。全然揺れません。

福西:船を使っていろいろな仕事をされていますが、船は強い方ですか。

原田:そうですね、船は全く問題ないです。

研究者の道を歩むことになったきっかけ

福西:それでは研究者の道を歩むことになったきっかけについてお聞かせください。子供の頃を振り返って、海に憧れるということはありましたか。

原田:全くなかったですね。子供の頃は理科も大嫌いでした。

福西:それでは船に乗り始めてから海が好きになったのですか。

原田:そうですね、名古屋大学の大学院(修士課程)に進学し、大気水圏科学研究所の半田暢彦先生の研究室に所属しました。半田研究室はセジメントトラップ係留系を使った海洋の生物地球化学研究で有名で、それで船に乗る様になったのです。船に乗っても酔わない自分を初めて知りました。自分は船に向いているとわかり、海が好きになりました。

福西:名古屋大学の大学院に進学した動機は何でしたか。

原田:弘前大学の地球化学の研究室で卒業論文を指導していただいた先生が南極の経験者で、その先生が半田先生を紹介してくださったのです。

福西:半田研究室に入り、研究者の道を歩もうと決心したのですか。

原田:いいえ、修士課程が終わった時は民間の会社に就職することが決まっていました。実は修士論文の研究はすでに研究室にあるサンプルで済ませていたので、船に乗る機会がなかったのです。そこで就職する前に一度乗船させてほしいと半田先生に頼んだのです。当時は東京大学海洋研究所所属の白鳳丸による赤道航海だったのですが、これが非常に楽しくて、しかも自分で海底堆積物を初めて採って、何万年も前に堆積した試料を目の当たりにしたことにすごく感動しました。一緒に乗船していた半田先生にも「この海底堆積物の分析を自分ではなく後輩がやることになる」と言われ、非常に惜しくなりました。自分でやりたい気持ちが強くなってきました。下船後すぐに就職先を断り、博士課程進学の試験を受けたんです。でもその時は研究者に将来なれるかどうかなどは考えていませんでした。

初めての南極を振り返って

福西:初めて南極に行かれたのは27年前の第33次夏隊でしたが、南極観測隊に参加することになった経緯を教えてください。

原田:はい、私が博士課程1年の時でした。名古屋大学大気水圏科学研究所の半田研究室でセジメントトラップ係留系という装置を使った実験研究を進めていたのですが、第33次隊の福地隊長から係留系の観測を南極でもやるので隊員を出してほしいとの依頼が半田先生にありました。それで南極に大変興味があったので、私が行きますと立候補し、行かせてもらうことなりました。セジメントトラップでマリンスノーと呼ばれる海水中沈降してくる粒子を時系列に採る観測をやりました。

福西:当時は南極観測隊に参加する女性は非常に少なかったですね。

原田:はい、第29次南極地域観測隊の夏隊に参加した筑波大学の森永由紀さんが最初で、私が2人目でした。

福西:女性が南極観測隊に参加することは大きなニュースだったのですね。

原田:報道でも自分でも驚くほどの大きな扱いでしたね。文科省で記者会見を開いたりしました。

福西:越冬隊で初めての女性隊員は第39次隊の坂野井和代さん(東北大学)と東野陽子さん(京都大学)なんです。坂野井さんは東北大学大学院理学研究科の博士課程の学生で、私の研究室でオーロラの研究をしていました。初めての越冬隊員ということで南極関係者がずいぶん心配しましたが、本人は落ち着いていて、自分の研究に夢を賭けたいと言っていました。原田さんも2番目の女性夏隊員として注目され、今回は初の女性夏隊長ということで注目されていますが、プレッシャーを感じますか。

原田:いいえ、プレッシャーはありません。自分がやりたいことを第一に考えることが大事だといつも思っています。

福西:男性隊員がかなり気を使っていると感じた時はありますか。

原田:確かに1回目の南極観測隊では、相当気を使われているなという感じはありました。ただ南極に行く前に私が乗船した観測船では女性が他にもいましたので、南極観測船「しらせ」でも私には違和感がありませんでした。今回の60次隊では気を使われているという感じがなく気楽です。日本の社会もかなり成熟してきたなと思います。観測隊も女性がいて当たり前という雰囲気になっていますね。

若い人を育てる

福西:研究者の道を歩む中でいろいろな研究者に出会って刺激を受けてこられたと思いますが、今度は若い人に対して自分が刺激を与える立場になったわけですね。若い人を育てるということに対してどう考えられておられますか。

原田:私がいる海洋研究開発機構は教育のシステムがなく学生がいないのですが、大学から派遣してもらった学生を研究生として指導する機会があります。また大学に呼ばれて集中講義をする機会も時々あります。若い人たちに研究の楽しさや今回の夏隊長の経験など、積極的に伝えたいと思います。

福西:南極までの「しらせ」の航海中に、時間があると思いますので、研究の経験をいろいろと話していただきたいですね。若い人はそうした話を聞いてすごく刺激を受けると思います。

原田:そうですね。実際私も大学時代の指導教員に、「いや、南極は面白かったよ!」という話から南極に興味を持つようになりましたので。

福西:私も4回南極観測隊に参加したのですが、南極のいい所は年齢に関係なく自由に話す機会がたくさんあることのような気がします。
ところで、最近の若い人は行動力がないとよく言われますが、原田さんの行動力の原動力は何ですか。

原田:何でしょうね。やはり知らない物を見たいとか、現場で感じたい、現場に行ってみたいという想いでしょうか。

福西:南極に一度行った人は、その印象が強烈なので、もう一度行きたいと思うようですね。

原田:そうですね。私ももう一度行けるとは思っていなかったですが、でも確かに行ってみたいと思っていました。

福西:現場を見たい、知らないものを見たいという好奇心が行動力を生み出すということで、若い人たちにも好奇心を優先する生き方をしてほしいですね。

原田:はい、好奇心の優先度を高くしてほしいですね。一度きりの人生ですし。

家族のこと、南極で見てみたいもの

福西:最初に南極に行かれた33次隊の時は結婚されていなかったのでご自分の判断だけで行動できたと思いますが、今回はご家族に相談されたのですか。南極となるとかなり危険なこともあるので慎重に行動するようにとのアドバイスはありましたか。

原田:夫は南極にもう一度行くことに、「いいんじゃない」と言ってくれました。アドバイスは特にありませんでした。普段から研究船で北極やチリ沖などいろいろと行っていますので、その延長だという位置づけだと思います。

福西:原田さんの行動を暖かく見守ってくださっているようで、安心して南極に行けますね。ところで、夏隊長の仕事や研究のことを離れて、今回、南極で見てみたいものはありますか。

原田:実は33次隊は昭和基地の中心の建物である3階建ての管理棟を最後に仕上げた隊だったんです。それで私たちが建てた建物の前でぜひ写真を撮りたいと思っています。非常にささやかな望みですがそれが一番の楽しみです。きっと昭和基地は27年前と大きく様変わりしているでしょうから、そういった基地の状況を見ることも楽しみですね。

福西:管理棟の建設に携わったんですか。

原田:はい、私たちは観測の夏残業もあったんですが、帰って来てもまだ多くの隊員が仕上げの作業をやっているんですね。それでコーキングとか釘打ちとか、私の出来る範囲でお手伝いさせていただきました。そういう意味でも非常に思い入れがある建物ですので、そこの前で写真を撮りたいと思っています。


2019年2月1日の越冬交代式(第60次夏隊・原田夏隊長提供)

越冬隊に激励品の品を届けた空輸最終便:右が原田夏隊長、左が堤越冬隊長(原田夏隊長提供)。

若い人へのメッセージ

福西:最後に若い人達へのメッセージをお願いします。

原田:そうですね、やっぱり好奇心を持って、あとは自分の力を信じて色々な新しい世界にチャレンジして欲しいなと思います。

福西:本日出発直前のお忙しい中でインタビューの時間を作ってくださりありがとうございました。南極での活躍をお祈りいたしております。

原田尚美(はらだ なおみ)プロフィール

海洋研究開発機構・地球環境部門地球表層システム研究センター長。名古屋大学大学院理学研究科大気水圏化学専攻博士後期課程終了、博士(理学)。南極地域観測隊は第33次夏隊と第60次夏隊に参加する。高緯度域を中心に海底堆積物や湖沼堆積物に記録されたバイオマーカーを用いた過去の環境(水温など)を解析する研究を行ってきた。現在は、北極海の海氷減少にともなう海洋生物の生産や生態系の応答を明らかにする研究を進めている。

インタビュアー:福西 浩(ふくにし ひろし)

プロフィール

公益財団法人日本極地研究振興会常務理事、東北大学名誉教授、日本地球惑星科学連合フェロー。東京大学理学部卒、同理学系大学院博士課程修了、理学博士。南極地域観測隊に4度参加し、第22次隊夏隊長、第26次隊越冬隊長を務める。専門は地球惑星科学で、地球や惑星のオーロラ現象を研究している。

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