シリーズ「極地にチャレンジする大学院生たち」第1回

南極で密かに息づくヒルガタワムシと南極観測隊に参加して感じたこと

和田智竹(第60次南極地域観測隊 夏隊同行者 大学院生)

南極大陸露岩域のスカルブスネスにて(2019年1月)

【大学院生が南極でどんなことをしているのかを知ることはこれから南極を目指す人にとって大変参考になるので】という文面と共に記事の執筆依頼を頂いた。これを念頭に、南極に行かれた方だけでなくこれから南極を目指す方も見るという事に着目し、①南極での私の研究について、②私が南極観測隊に参加して感じたこと、の2本を軸にして書き進めていこうと思う。

昭和基地周辺の露岩域におけるヒルガタワムシの多様性および生態学的役割の解明

 いきなり、見慣れぬ文面と写真(写真1)を打ち出したが、これが私の南極での研究テーマであり現在進行形で進めている研究である。ヒルガタワムシというのは私の研究対象生物である。多くの方が南極の陸地に暮らす生き物として思いつくのは、ペンギン。少し詳しい人ならユキドリやトウゾクカモメを思いつくのではないか。いずれにせよ、ペンギンもユキドリも目につく生物だということである。しかし、実は顕微鏡サイズの微小動物群もひっそりと暮らしている。微小動物群の代表的なものとしては、クマムシやセンチュウ、そして本研究対象生物であるヒルガタワムシが挙げられる。

写真1 ヒルガタワムシ(今回採取したサンプルから抽出したPhilodina.gregaria)

 クマムシやセンチュウはご存知の方も多いと思うが、ヒルガタワムシに関しては、ヒルガタワムシ?なんじゃ、そりゃ。そんな虫がいるのか。と思う方がほとんどではないだろうか。ちなみに、クマムシと同じくヒルガタワムシも虫ではない。ヒルガタワムシとは、分類学上では輪形動物門のヒルガタワムシ綱に位置する生物の総称であり、これまで400種ほどが知られている。南極だけでなく日本や北極などにも生息しており汎世界分布種でもある。名前こそ聞いたことがない人がほとんどだと思うが、実は私たちの身の回りでもひっそりと暮らしている。北極や南極にも生息できるという点から、ヒルガタワムシもクマムシやセンチュウと同様に乾眠能力を有し、高温や低温などの環境に強い耐性を持つ。大きさは約40μm~800μm(1ミクロンは1000分の1ミリ)で、これまで雌しか見つかっておらず雌のみで生殖を行っている変わった生物。ヒルガタワムシの紹介としてはこんなところであろうか。

 南極地域では、1910年にMurrayによって初の報告がなされ、昭和基地周辺では1964年に鈴木さんにより昭和基地周辺の微小動物群の報告がなされ、その中の1つの生物群にヒルガタワムシが含まれていた。これを皮切りに昭和基地周辺のヒルガタワムシの種類相や各露岩における分布などの研究が行われてきたのかというと、少しどころか1報告もされていない。そのため、昭和基地周辺には何種類のヒルガタワムシがどのような分布をしていて、ある地点にどのくらいの数生息しているのかといった基礎的な部分が不明であるため、まずはこの基礎的な部分=昭和基地周辺におけるヒルガタワムシの多様性を明らかにするのが私の第1の研究テーマである。

 また、南極大陸に生息している陸上生物の種数や生息数は他の大陸と比べ極端に少ないことで知られているが、ヒルガタワムシに至っては時折大発生しているという報告が数報ある。今現在南極からしか見つかっていないPhilodina.gregaria(Murray, 1910)という種は肉眼で視認できるほどの大発生をしているという報告が何報かされており、実は昭和基地周辺の露岩域であるスカルブスネスの孫池でも、指導教官の工藤さんから種名は分からないがヒルガタワムシの大発生現象を見たことがあるという報告を受けていた。

図1 南極におけるこれまでヒルガタワムシが見つかっている地点(Diego Fontaneto, 2015)

 このPhilodina.gregariaは写真で示した通り(写真1)赤褐色をしているので数百匹単位の集合体であれば容易に視認できる(慣れれば、800μmと大きいため1個体でも視認可能)。1992年にDartnallがシグニー島のある湖で一面に広がる赤褐色の群生を見つけPhilodina.gregariaの個体数推定を行った結果、1㎡あたりの個体数は約2千万匹になると報告している。このように桁外れな量の生息が推定されている。南極の露岩域という限られた生物しか生息できない環境でなぜ大発生ができるのか?どのような影響を環境に与えているのか?といった南極の露岩域におけるヒルガタワムシの生態学的役割の解明が私の第2の研究テーマである。

 実際に昭和基地周辺におけるヒルガタワムシの研究報告は無い(先述の報文のみ)ことも相まって、そもそも目に見えないのだから採取したサンプルに1匹もいない場合はどうするのかといった質問(おそらく博士号取得を目指す若者への心配の念)は度々された。そんな心配をされながら準備をしつつ南極へと向かった。過去に大発生が見られたというスカルブスネスの露岩域をメイン調査地としつつ、最初に降り立ったラングホブデの露岩域でも大発生現象を探し求めたが見つからなかった。スカルブスネスの孫池周辺を精力的に探すも、中々見つからなかった。現地を訪れた方ならわかると思うが、赤や朱色をしたシアノバクテリアが無数にあり(写真2)、はじめはこれらのうちのどれかがそうなのではと思って顕微鏡で覗いていくも、ヒルガタワムシの姿はなかった。

写真2 赤や朱色をしたシアノバクテリア

 数日後に、少し違う雰囲気の赤色のものを見つけた。結局のところ、これがヒルガタワムシの集合体でありなんとか見つけることができたのだ(写真3,4)。この後も、スカーレン→昭和基地→インホブデ→パッダ島→リーセルラルセン山と各露岩を転々とし、スカーレンとリーセルラルセンでもヒルガタワムシの集合体を発見することができた。

写真3 赤いパッチがヒルガタワムシの群生(2019.1月 スカーレン)

写真4 ヒルガタワムシの群生

 今現在は、種同定と培養を進めており、同定の結果この赤い集合体のヒルガタワムシがPhilodina.gregariaであることが分かった(赤いヒルガタワムシは他にも知られていて、昭和基地周辺からの発見は初。未発表)。また、サンプルから抽出した個体は乾眠から覚め活動を再開している。培養を進めていき南極産ヒルガタワムシの生態を観察していき、面白い知見を見つけ世に発信していきたいと思う。

初めて南極観測隊に参加して思ったこと

 後述するが、私は生き物や自然が好きだ。そんな私はどれだけ南極の自然を素晴らしく感じるのか楽しみであった。しかし、私が意外にも強く感じたのは人と人の支え合い。この事であった。私は記念すべき60次隊で参加させて頂いたが、なぜ60年も南極観測事業が続いてきたのか実感したし、どのようにして南極観測隊が成り立っているのか初めて分かった気がした。

 「南極に行ってどうでしたか?」、「南極はどうだった?」帰国直後このような問いを周囲の方々から投げかけられ、その度に言葉が詰まった。そのたびに、一人でこのような投げかけを思い出しては南極での4ヶ月間はどうだったのか思い耽た。そして、結局のところ辿り着くのが、何もかもが初めてで新鮮で特殊なあの非日常的な4ヶ月は、この膨大な経験や感覚により一言で表すことができないのだと感じるのだった。ふと振り返っても南極に行っていたという実感がなく、写真を見返しながら時間をかけて丁寧に丁寧にあの4ヶ月間の気持ちを掘り返していくことによって、ようやく南極へ行っていた事実に辿り着く。おそらく、私にとって初めての南極はこういうものだったのだろう。あの新鮮な世界が当たり前になっていく世界が懐かしい。初めは、氷の世界も無音な世界も新鮮であった。しかし、3日も経てばそれは日常の一部に変換され当たり前の世界に変わってしまった。

 私は、生粋の生物屋であらゆる生物が好きで興味があり、物心ついた時から図鑑に囲まれ自然の中で生き物と戯れながら育った。南極で研究を行う根源はここなのだと思う。趣味で昆虫採集をやっており今は虫屋として、隙間時間(あなたにそんな時間はありませんと言われそうであるが)を作ってはアフリカ・中南米・東南アジア各国のジャングルを練り歩いている(6月上旬にはルソン島北部の山岳地帯に籠っていた)。図鑑を見ているとき、本当にこんな昆虫がいるのかと思う時がある。南米のジャングルに入れば青色を乱反射しながらモルフォチョウが飛んでおり、今では当たり前になってしまったこの光景も当時は本当にいるのだと感激した。図鑑に載っているのだからいるのは当たり前でしょと思われるかもしれない。でも、本当にいたのだと噛み締める気持ちは大事なように思うのだ。南極で私が見たもの感じたものも同じように思う。指導教官から色々と現地の各露岩域の情報を写真付きで教えて頂いた。その時は、あくまで数値と写真で自分の想像上の露岩域の様相というものがあったが、現地に着いた瞬間からこれがリアルなものへと変換されていった。

写真5 しらせ船上より(2019年.2月)

写真6 定着氷上のアデリーペンギン(2019.12月)

 南極の夏の気温はどうですか?ペンギンは可愛かったですか?氷は冷たいですか?氷海上はどのくらい寒いですか?どれも、今の時代ネットの世界を探索すれば気温はどのくらいで、ペンギンがどのくらい可愛いのか知ることができる。でも、私が行く前に知っていた数値としての気温もペンギンという生き物の生態も知っていたものとは全く違っていた。そして、私が感じた南極の気温も、ペンギンの生態も氷の冷たさや綺麗さも私が全て見て体感し本当に感じたものをお伝えする事は出来ないとも思った。研究者を志す者として感情論を述べるのはどうなのかという意見もあると思うが、それでも私は本物に触れることによって初めて分かるものというものがあると思うし、人間だれしもがもつ本物に触れて刺激される知的好奇心というのは大切だと思うのだ。私は、世界のあちこちを訪れているが、生き物が好きな人に是非アマゾンへ一度は行った方がいいですよと自分からは言わないし、感じない。行きたいと思うなら行けばいいのだ。それと同じく、南極には1度行った方がいいですよとは思わないが、少しでも南極に行ってみたいと思う気持ちがあるのなら是非挑戦してみてほしいと思う。はじめは、南極がどうかと聞かれて言葉が詰まるといったが、やはり雄大で静謐な自然・氷の世界、そこに生きる生き物たち。私が見てきた感じた物はどれも綺麗で素敵でした。これだけは断言できます。

 今は厳冬期の最中で人間は基地内で暮らしているわけだが、底まで凍ることのない長池などの湖沼の中では、生命活動が今この瞬間でも行われているのかと想像すると神秘的に感じ、人間が辿り着く前からこの隔絶された大陸で生息してきた生き物たちを想像すると恍惚な表情を浮かべてしまう。今後も、南極観測に携われるような研究者になりたいと抱負を述べて締めたいと思う。

写真7 インホブデにて(2019年1月)

和田智竹(わだ ともたけ)プロフィール

総合研究大学院大学 複合科学研究科極域科学専攻 5年一貫博士課程在学。幼少期より生き物に興味を抱き世界の自然を求めて駆け巡り南極まで辿り着いた。 未だ謎が多いヒルガタワムシの生理生態や南極の環境との繋がりを解明するべく研究を行っている。 世界のフィールドを駆け巡る生態学者になるべく修行の日々。

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