日本の南極地域観測事業を支える企業シリーズ第10回

いすゞ自動車株式会社
~南極でトラック・雪上車のディーゼルエンジンを担う~

第60次南極地域観測隊インタビュー

越冬隊員 松村優佑

2019年2月1日の越冬交代式で(右は59次隊の関根和昭隊員)

インタビューは2018年10月29日に国立極地研究所南極観測センターで行いました。

インタビュアー:福西 浩

福西:南極に出発される直前のお忙しい中でインタビューの時間をとってくださりありがとうございます。南極での仕事や南極でやってみたいことなどいろいろと質問させていただきます。最初に、これまで会社でどの様な仕事をされ」てこられたのかお話しいただけますか。

松村:2008年にいすゞ自動車株式会社に入社しまして、約10年間、エンジンの排ガステストの部署で小型・中型トラックのエンジン単体の排ガス試験をやってきました。

福西:いすゞ自動車を応募された動機は何ですか。

松村:小さい頃から車や電車など乗り物が好きで、乗り物に関わる仕事をしてみたいと思っていました。学生の時はバイクが好きで、よくバイクを自分でいじって遊んでいました。その流れで自動車専門学校に入学したのですが、そこで就職先にいすゞ自動車があると聞いて応募したいと思いました。

南極観測隊員に応募した動機

福西:いすゞ自動車はずっと以前から南極地域観測隊に社員を派遣していますが、観測隊に応募しようと思った動機は何ですか。

松村:入社して最初の新入社員研修で、南極観測隊OBの先輩方から南極でどういう仕事をしたかを紹介してもらう機会がありました。ただその時は絶対に南極に行こうとまでは考えていなかったのです。でもその時、南極越冬隊員に選ばれる位の人材にはなりたいという気持ちを持ちました。そういった気持ちを持って10年間エンジン排ガス試験の仕事をしてきたのですが、自分が南極越冬隊員にエントリーできる年齢になったので、自分の経験をもっと増やしてみたいと思いエントリーしました。

福西:最終的に観測隊員に応募したいと思ったのは何年くらい前ですか。

松村:会社では2年ごとに南極観測隊員の募集があります。最初は4年前に行きたいと思ったのですが、その時はまだ子どもが小さかったので応募しませんでした。2年前に家族も「いいよ」と言ってくれたので応募しました。

福西:子どもの頃を振り返って南極に繋がる思い出はありますか。

松村:子供時代は、南極はペンギンやアザラシがいるところという認識しかなかったです。でも会社に入ってから南極料理人という映画を見て、その時はまさか自分がそこに行くとは思わなかったのですが、すごくやりがいのある仕事があると思いました。

南極での仕事

福西:南極の昭和基地で担当される仕事を紹介してください。昭和基地にはいろいろな車両があり、それを整備する人は少ないので、仕事は非常に大変だと思いますが。

松村:昭和基地には「装輪車」といわれているタイヤのついた車両と、「装軌車」といわれている履帯キャタピラーのついた車の大きく分けて2種類あります。今回の60次越冬隊での車両担当は、私のほかはチーフの大原鉄工所の古見直人隊員とキムラの伊藤太市隊員です。お二人とも南極経験が豊富な方で、雪上車担当ですが、雪上車以外にもトラックにも精通されておられるので二人の背中を見て自分は学んでいこうと思っています。もちろんいすゞの車に関してはお二人に負けない気持ちでいます。

荷物積み込み作業風景(2019年3月18日)

昭和基地で大活躍するELF

福西:自分が今までに扱ったことがない車両がたくさんあると思いますが、それらはどうされるのですか。

松村:6月に極地研究所南極観測センター勤務になり、各メーカーでのいろいろな訓練があり、そこで車両の保守の仕方や修理の仕方を学んできました。ここで学んだ内容を昭和基地での仕事に活かしたいと思っています。また昭和基地では前次隊の車両担当隊員との引継ぎがありますので、そこでお話を聞きながら学んでいきたいと思っています。

福西:南極観測船「しらせ」で日本から昭和基地に輸送できる物資の量は限られていますので、かなり昔に持ち込んだ車も長期に使用していますね。古い車両を使用するための保守部品はたくさん持って行くのですか。

松村:そうです。こういった部品を用意して下さいと前次隊の関根隊員からメールが来るので、そのメールの内容を確認して、必要な部品を手配して持って行きます。

福西:その準備は大変でしたか。

松村:そうですね、いろいろな部品を調達する仕事の経験はなかったので、最初はかなり大変でしたが、やっていくうちに慣れてきました。

福西:南極で大変なのは低温下での作業ですね。調査旅行などで車両が壊れて野外での修理が必要になることも想定されますが。

松村:実際に行ってないのでどれだけ寒いのか分からないですが、素手に近い薄手の手袋でないと出来ない精密作業もあるので寒さは覚悟しています。かなり限界に近い作業もあると思っています。

トラックの整備作業(2018年12月30日)

福西:いすゞ自動車のCMでトラックの下に入って修理するシーンがありますが。

松村:そうですね、そういったことを含めていろいろな経験をしてみたいと思っています。

福西:南極大陸の内陸部に行くことはありますか。

松村:現在は決まっていませんが、越冬中に内陸に行くオペレーションもあると聞いていますので、準備はしています。

油圧シャベルでの除雪作業(2019年3月19日)

南極で経験してみたいもの

福西:南極に行く貴重な機会なので仕事以外でもいろいろな経験をしてみたいと思っていらっしゃると思いますが、いかがですか。

松村:生活係にはいろいろあるのですが、「漁協」という魚釣り担当の係になったので釣りをやってみたいと思っています。

福西:釣りは昔から好きだったのですか。

松村:釣りは好きでした。昭和基地の近くの海にライギョダマシという魚がいます。これまでの最大記録が170cm位なんです。それを超えたいという目標があります。

家族のこと

福西:家族の応援はどうですか。1年半、電話やメールができたとしても帰って来ることができないですね。家族の理解と応援が絶対に必要ですね。

松村:そうですね。「頑張って行って来て」と言われました。家族の応援が一番力になります。

福西:会社からはこれまで何人も行かれているので安心感はありますね。

松村:そうですね。

南極を目指す人へのメッセージ

福西:いよいよ南極に出発することになりますが、南極を目指す人たちへのメッセージをお願いします。

松村:南極観測隊員になるにはいろいろな条件があるので、まず自分がやりたいことを一生懸命やって、それを自分のスキルにすれば、そのスキルを持って応募することができると思います。何をやりたいかをまず見つけることが大事だと思います。自分の経験ですが、やるからには一番トップを目指そうとやってきました。自動車整備学校に入学した時、2級整備科と1級整備科の2つのコースがありましたが、整備をやるならやっぱり1番を目指したいと思って1級整備科に行きました。それに車のことが子供のころから好きだったので、自分が好きなことをやるのが一番の力になると思っています。

福西:本日はいろいろなお話をお聞かせくださりありがとうございました。南極での活躍をお祈りいたしております。

松村 優佑(まつむら ゆうすけ)プロフィール

1985年生まれ、神奈川県出身。2008年 東京工科自動車大学校卒業後、いすゞ自動車株式会社に入社。第60次南極地域観測隊の越冬隊で設営機械・車両を担当。趣味は釣り、野球観戦(ベイスターズ)、ツーリング。

インタビュアー:福西 浩(ふくにし ひろし)プロフィール

公益財団法人日本極地研究振興会常務理事、東北大学名誉教授。日本地球惑星科学連合フェロー。東京大学理学系大学院博士課程修了、理学博士。南極観測隊に4度参加し、第22次隊夏隊長、第26次隊越冬隊長を務める。専門は地球惑星科学で、地球や惑星のオーロラ現象を研究している。

南極といすゞ

いすゞ自動車株式会社は、1916年創業の主にトラック・バスといった商用車を製造する自動車メーカーである。1956年の第1次南極地域観測隊から現在に至るまで、観測隊への協力を続けている。昭和基地の夏期間での建設・輸送作業に使用されるトラックの保守・運用に加え、昭和基地周辺の沿岸部で使用される小型雪上車のディーゼルエンジンやマイナス60度にもなる過酷な環境下の南極大陸内陸調査旅行で使用される雪上車のディーゼルエンジンの保守のために社員の中から隊員を派遣し、観測隊の任務と安全を支えている。

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