30人の越冬生活始まる
第57次南極地域観測隊 越冬隊長 樋口和生
越冬の始まり
第57次南極地域観測隊越冬隊は、30人の体制で現在昭和基地に越冬中だ。2月1日に越冬交代式を行ない、1年間基地を守り続けてきた56次越冬隊から基地運営の一切を引き継いだ後、部門間の引継ぎや夏期作業支援のために最後まで残留していた56次越冬隊と57次夏隊の一部の人が2月14日に南極観測船「しらせ」に引き上げる最終便を見送り、30人だけの生活が始まった。
南極の夏は短く、そして忙しい。1ヵ月半の間、限られた人数で建築作業を進め、野外で観測する隊員はヘリコプターで調査地点に移動してキャンプ生活をし、越冬隊員は56次隊から部門ごとに引継ぎを受ける。手の空いている隊員は、設営系、観測系を問わず建築現場に入り、現場監督の指示を受けながら黙々と体を動かすことになる。太陽は24時間沈むことはなく、働こうと思えば働けてしまう環境だけに、体調の管理も重要になる。そんな慌しくも賑やかな夏が終わり、多いときには100人以上が滞在していた昭和基地も、最終便のヘリコプターが飛び立った後はひっそりと静まり返り、皆どことなく寂しげな表情を浮かべることになる。
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写真1 第57次越冬隊 2016年2月1日の越冬交代式での記念撮影。この日から基地の運営の一切を57次隊が担当する。
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隊員の職種
最終便が飛び立ってから1ヶ月が過ぎ、生活は落ち着きを見せている。観測部門の隊員は日々の観測を続け、設営部門の隊員は日常的な施設や設備などの維持管理に加え、本格的な冬が到来するまでに片づけておかなければならない作業に精を出している。越冬隊30人の内訳は、下の表のように、観測部門12人、設営部門17人、隊長1人となっている。
第57次越冬隊部門別隊員構成 |
観測部門(12人) |
設営部門(17人) |
気象 |
5 |
機械 |
6 |
環境保全 |
1 |
宙空圏 |
4 |
通信 |
1 |
多目的アンテナ |
1 |
気水圏 |
2 |
調理 |
2 |
LAN・インテルサット |
1 |
地圏 |
1 |
医療 |
2 |
野外観測支援 |
1 |
我々は様々な観測を行なうために南極に来ているのだが、観測のプラットホームである基地の維持や隊員が生活していくうえで必要なインフラの管理など、観測を支える設営部門の人数が多いのが越冬隊の特徴といえる。観測部門、設営部門を問わず、専門性の高い部分はそれぞれの担当隊員に任せるしかないが、何か問題が起こった時や人手が欲しい時はお互いに協力して課題を解決していく必要がある。そうやってお互いに助け合っていく中で少しずつチームワークが形成され、仲間から家族とも呼べる間柄に変化していく。
南極観測にあまり馴染みのない人に向けて、隊員の構成と仕事の内容を紹介しよう。観測部門12人の内訳は、気象部門5人、宙空圏部門4人、気水圏部門2人、地圏部門1人となっている。気象部門の5人は気象庁から派遣されてきた隊員で、交代制で24時間、地上気象観測、高層気象観測、オゾン観測、日射・放射観測、天気解析などの業務を行なっている。宙空圏部門の4人は、南極昭和基地大型大気レーダー(通称PANSYレーダー)やその他のレーダーを使った中層から超高層の大気を観測する隊員が2人、オーロラや地磁気などの観測をする隊員が2人となっている。気水圏部門は、エアロゾル、温室効果気体などの観測やサンプリングを行なう隊員が2人、地圏部門は、重力や地震波の測定のほか、人工衛星を用いた地殻変動の観測などを行なう隊員が1人となっている。
一方、設営部門17人の内訳は、機械部門6人、通信部門1人、調理部門2人、医療部門2人、建築部門1人、環境保全部門1人、多目的アンテナ部門1人、LAN・インテルサット部門1人、野外観測支援部門1人、庶務部門1人となっている。機械部門は、雪上車、車両全般、機械設備、電気設備、発電機エンジン、発電機制御盤をそれぞれ1人が担当。調理部門と医療部門が各2人、無線通信部門、建築部門、環境保全(廃棄物・汚水処理)部門、多目的アンテナ部門、LAN・インテルサット部門、野外観測支援部門、庶務部門が各1人ずつという構成となっている。
以上のように、各部門とも専門家は1~2人ずつしかいないため、人手が必要な作業が発生した場合は、素人集団を率いて作業を進めることになる。特に先に述べた夏の建築作業はその典型で、越冬期間中も同様の作業が発生する。
昭和基地は職住接近
初めて越冬した時、昭和基地を見てまるで村のようだと感じたことを覚えている。住人はわずか30人の小さな村。その中にあらゆる職種の人が住み、インフラが整備され、快適な住環境が整えられている。国内との違いがあるとすれば、お金を使うチャンスがないこと、テレビが見られないこと、休みの日に他の街に遊びにいけないことくらいだろうか。極端な職住接近の環境で、一番遠い職場でも歩いて徒歩15分圏内。通勤ラッシュに悩まされることはない。
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写真2 福島ケルン慰霊祭 南極観測隊員唯一の犠牲者である福島隊員のケルンの前で慰霊祭を行ない、福島隊員のご冥福をお祈りするとともに、1年間の安全を祈願した。
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写真3 消防訓練 月に1度実施する消防訓練。万が一に備え、皆真剣な表情で取り組む。
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写真4 週末の焼肉 週末の食卓は鍋や鉄板を囲んで楽しむ
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住環境は整っているとはいえ、建物から一歩外に出ると自然環境は昔から変わらず、至るところに危険が潜んでいる。ブリザード、低温、雪の吹き溜まり(ドリフト)、風で削られた雪の溝(ウィンドスクープ)など、行動の障害となる条件はたくさんある。観測隊の最大のミッションは何かと尋ねられれば、私は迷いなく「全員が無事に家族のもとに帰ること」と答える。安全確保と健康維持がきちんと守られたうえで、各隊員が持つミッションの遂行が初めて可能となる。 生まれ育ちや価値観が異なる30人が集まり、国内とは異質の環境で1年間を過ごすため、安全対策や生活上のルールを設け、各自がいくつもの役割を担当して隊全体が円滑に動くようにしている。
越冬生活はまだ始まったばかり。今のところ大きなトラブルには見舞われていないが、今後何が起こるかはわからない。そんな南極で、安全に、楽しく、実り多い越冬生活を送り、全員が元気に家族のもとに帰るために、1日1日を大切に過ごして行きたいと考えている。(2016年3月17日 昭和基地にて)
樋口和生(ひぐち かずお)プロフィール
第57次南極地域観測隊副隊長兼越冬隊長。国立極地研究所南極観測センター専門員。1962年、大阪府枚方市生まれ。北海道大学農学部卒。山岳ガイドを経て、第50次越冬隊、第52次越冬隊に野外観測支援(フィールドアシスタント)隊員として参加。第52次隊帰国後の2012年4月から極地研南極観測センターに勤務。2012年12月~2013年1月、オーストラリアのケーシー基地にて環境保全現況調査。2013年2月、中国南極観測隊冬期訓練参加。 |