南極で気温20.75℃は温暖化か?

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山内 恭(国立極地研究所特任教授)

 標記の報道が本年(2020年)2月末から3月初めにかけて各種マスコミに流れました。多分、最初の記事は、イギリスGuardian紙の記事で(https://www.theguardian.com/world/2020/feb/13/antarctic-temperature-rises-above-20c-first-time-record )、ほぼ皆、この記事を追うものであり、それ以上の新しい見解はみられないでした。即ち、2月6日に一度、南極半島にあるアルゼンチンのエスペランサ基地で18.3℃が観測され、引き続いて2月9日に半島東側のシーモア島で20.75℃が観測されたというものです。シーモア島とは同じくアルゼンチンのマランビオ基地がある島ですが、この気温はブラジルの研究者がフィールドで観測したものだそうです。その気温記録もきちんと掲載されていました(図1)。私も、最初は新聞の小さな囲み記事で読み、あ、またこんな記録が出たのかな、と、5年前、同じくエスペランサ基地での最高気温17.5℃の話を思い出していました。ところが、早速ある新聞社からの取材申し込みを受け、慌てていろいろ資料にあたって、なんとか説明できるようにと予習しました。ここでは、その結果を含めてお話しましょう。

図1 南極半島シーモア島で観測されたという気温記録(Guardian紙より;https://www.theguardian.com/world/2020/feb/13/antarctic-temperature-rises-above-20c-first-time-record )。
図の上や下に”Marambio Base”とあるのは誤解のもとで、マランビオ基地の観測記録ではない(図3参照)。

 まず、近年の温暖化に伴って、南極、北極の温暖化は進んでおり、特に北極の温暖化は地球全体の平均より2−3倍の早さで温暖化していると言われています。南極では昭和基地のある東南極は温暖化が顕著でないのですが、今話題の場所、南極半島では温暖化が進んでいます。では、この最高気温の記録はこの温暖化のせいでしょうか。そこは、簡単には言えません。日本の天気の変化でも皆さんご存知の様に、毎日同じような気温がずっと続いて、冬は寒いまま、夏は暑いままの日が続くとはかぎりませんね。暑い日があるかと思うと急に寒くなったり、また急に暑くなったりと、天気—気象は揺れ動いているのです。季節の移り変わりの中でも揺れ動く様に、年々の気候の変化も揺れ動きながら変化しているのです。

 最近、この揺れが大きくなっているのではないかと、私たちが長年観測をしてきた北極スバールバル・ニーオルスン基地での気温変化を見たところ、2015年から2016年にかけての冬12月から1月に、わずか2日の間に気温が20℃も上昇することがありました。この時は、雲が出て地面を温めている(長波放射により)ことはありましたが、それだけでは説明がつかない。その前後の気象の場、天気図のような、上空の気圧場(実際には等気圧面の高度場)を眺めてみると、ジェット気流が大きく蛇行して、南からの温かい湿った空気が北に大きく張り出し、流入していた様子が分かりました。このような、極を中心としたジェット気流でとり囲まれた輪を極渦と言いますが、極渦が丸ではなく、アメーバのようにうねっていたのです。そして、ちょうどうねりが、へこんで、北に押し上げられている場所、そこがスバールバルに当たっていたということです。南極でも同様の現象があるようだと、調べているところです。

 さて、今回の高温の出現。季節は夏で、上記の現象と全く同じではありませんが、同様の極渦の歪み、ジェット気流の蛇行が見えました。図2に、高温が発生した2月9日の南半球500 hPa高度場(対流圏中層、ほぼ5 km付近)を示しましたが、予想どおり、南極半島先端部分は、ジェット気流が大きく南に蛇行し、北の温かい空気が入り込んでいる様子が見てとれます。波が動いて行けば、今度は南極点側の冷たい空気の中に入って寒くなるわけです。要するに、平均的に気温が上がったわけではなく、一時的に揺らいで高温が発生した事がわかります。さらに、南極半島の東側の場所は、西風が半島の山にぶつかり、吹き下ろすことで、フェーン現象が起こり気温が上がるという影響もありそうです。

図2 2020年2月9日の500 hPa高度場(NCEP/NCAR再解析データより https://psl.noaa.gov/ )。

 さて、先にお見せした観測された気温の図1をもう一度見ましょう。20.75℃の出た日も含めて、この数日、気温の日変化(昼と夜の違い)が極めて大きいです。夜の最低気温の方はそれほど大きく上昇していないことが分かり、昼間特に温められたようです。この図を見て、フィールドでの気温観測の経験が豊富な、私の同僚の榎本浩之先生は、「これは温度計が日射で加熱されて、実際の気温より高い値を示しているのではないか、そういうグラフの形に見える」と指摘されました。多分、日射の影響を避ける工夫が十分でなく、このピークが飛び出た当たりの形はそういうことのようです。それを確認するために、同じ島にあるマランビオ基地の気温を調べてみました。インターネットで取得することができます。図3がマランビオ基地の2月5日から10日にかけての気温のグラフで、細かい記録ではないですが、9日の12時からの6時間、最高は15℃、少し雲のある晴れであったことが分かります。こちらは、正式な気象観測で、十分日射加熱の影響を避ける仕組み(通風筒の中に温度計センサーを置くなど;昔は百葉箱に入れた)があるものと思われます。即ち、20.75℃は正確な記録ではないことが明らかです。図3を見ると、むしろ2月6日の方が16℃と高くなっており、エスペランサ基地で18.3℃が観測された同じ時、マランビオ基地でもそれよりは低いですが高温を記録していたことになります。

そうすると、エスペランサ基地の18.3℃が南極半島での最高気温記録ということになりましょうか。南極大陸上でも最高気温記録です。これは、5年前に同じくエスペランサで記録された17.5℃より、0.8℃高く、この最高気温の上昇は、温暖化を表していると言えると思います。エルニーニョなど、熱帯太平洋の変動の遠隔影響が効いているとの説もあります。20.75℃ではありませんでしたが、温暖化が著しいということは、明らかなようです。なお、60°S以南という意味での南極域での最高気温は1982年1月、シグニー島で観測された19.8℃となっています( https://www.bbc.com/news/world-51420681 )。

山内 恭(やまのうち たかし)プロフィール

国立極地研究所特任教授、東北大学大学院理学研究科修了、理学博士。専門は大気科学、極域気候学。南極観測隊には4度参加、第38次隊の隊長兼越冬隊長、第52次隊の隊長兼夏隊長を務める。また1985年にアメリカ南極点基地を訪問し、北極地域は1993年以来多数回訪問する。2000年および2002年にドイツアルフレッド・ウェーゲナー極地海洋研究所と共同の北極航空機大気観測を実施した。また、2011年から5カ年計画のGRENE北極気候変動研究事業のプロジェクトマネージャとして北極研究を主導した。

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