日本の南極地域観測事業を支える企業たち 第14回

株式会社大原鉄工所 〜日本の南極観測事業を雪上車で支える〜(その1)

第62次南極地域観測隊員インタビュー 

越冬隊員 古見直人(機械・雪上車担当)

インタビューは遠隔で10月20日に行いました。
聞き手は 渡邉研太郎(日本極地研究振興会常務理事・国立極地研究所名誉教授)

第57次隊の古見隊員(石川貴章氏提供)

渡邉(以下W):本日はインタビューの時間を作っていただき有難うございます。大原鉄工所は毎年雪上車の担当者を南極観測越冬隊に派遣しています。古見さんは今回の越冬で5回目になりますが、国内にいる時は普段どんな仕事をしているのですか?

古見(以下F):環境とか石油の井戸の機械の修理・製作、環境関係のプラント工事現場、製品の修理・定期メンテナンス、水門制作・設置などを主にやっています。

W:雪上車をいじるのは、南極観測隊でやるぐらい?

F:国内では工場に手伝いにいくことはあるけど、今の自分のメインの仕事ではありません。

W:そもそも南極に行くきっかけは何でしたか?

F:もともとは環境関係の部署だったので、南極には行けないと思っていました。途中から、雪上車のSM40とか50型の製造ラインが忙しくなり、そのラインを自分の工場の方にもってきて組み立てたり、途中からSM100(内陸旅行用に設計された大型雪上車)などもやりました。第37次隊の候補の方が事情でいけなくなり、自分に声がかかった。それで初めて行ってみることにしたのです。

昭和基地前での雪上車オペレーション(長谷川達夫氏提供)

W:南極に行きたいから気象庁に入ったとか、南極観測隊員になる前提で職業を選ぶ人もいますが、そうではなかったということですか。観測隊経験者は会社にたくさんいるけど、入社当時はそんなに南極へ行きたいと思っていたわけではなかったのですか?

F:というか工場が違うので行けないと、そもそも思っていました。7・8年経ってから自分の工場で雪上車ラインができて、その時もまだ行けるとは思っていなかったのですが、話が来たので「そういうことであれば」と。

W:入社して何年目ぐらいですか。

F:10年経ってからですね。第37次隊で初めて南極に行った時のメンバーは、未だに忘れないし、未だにしゃべりやすい。

W:最初の南極経験なのでいろいろな事が新鮮で、記憶も鮮明で違いますよね。何回目かになるとどの隊でのことか記憶が混ざってしまって。初めての時、一番記憶に残っている事は?

F:一番は、最初の夏期作業で昭和基地ではなくドームふじ基地に行ったことですね。あの時は、昭和基地に近づくとすぐに「しらせ」からヘリで南極大陸の輸送拠点S16に飛んで、クリスマスの頃には出発しました。越冬隊長もドームふじに行ったので、「あぁ、越冬隊長が昭和基地にいなくてもいいんだ」と思いました。なかなか昭和基地はたいへんだったようですけど。極夜開けにはまた補給旅行でドームふじに行って、ドームふじに2回行ったことが、一番印象深いことでした。

W:1シーズンに2回ドームふじを往復した人は、そうそういないですよね。その頃はドームふじに着くまで一ヶ月ぐらいかかっていましたよね。

F:そうですね。37次隊のころは一番ドームふじでの氷床深層掘削に関わる活動が活発な頃だったので、その時はそれが普通かなと思っていました。今回も63次の夏に2回ほどドームふじ行きが計画されているので、そのあたりで自分が行くことになったのかと。(昭和基地にあまりいないので今回の62次隊では設営主任ではない)

W:ドームふじで高山病的な症状は出なかったですか。

雪上車内で昼食(大越崇文氏提供)

F:高山病というほどはなかったですが、やっぱり荷物を運んだりすると息苦しいとかはありました。

W:それはよかったですね。

F:今回は会社から打診が来たのが10月頃。候補だった人が行けなくなり、急遽自分に声がかかった。60次隊で越冬最中だった時にこの話が来て、、、

W:それはおつかれさまです。すでに4回越冬されていますが、今回は準備も含めて(コロナウィルス感染症対策のため)これまでと違った新鮮さがあったでしょうか?少し刺激的すぎるでしょうかね。

F:今回は本当に特別な感じで、37次の時は晴海から「しらせ」と一緒に南極へ向かい、54次では飛行機になっていたので。その時はなんだか、埠頭から出て行く良い感じのがなく、見送りも素っ気ない感じで。今回は「しらせ」で横須賀から出て行くので、一般の方はあまり見送りに行けないし、接触も避けないとならないので、すごく素っ気ない感じですね。

W:初めての隊員には少し気の毒でしょうか。接触を避けて、あまり見送りもできないですし。

F:横須賀の自衛隊岸壁から「しらせ」のボートに乗って、沖に停泊している「しらせ」に乗り込む予定です。乗り込むところは一般の人からは見えないので。家族の見送りができないので、初めての隊員は特にかわいそうですね。

W:これまで越冬経験4回ですが、37次以外の時を一言で。一番印象に残ったことを1つ、2つあげると。

F:内陸旅行の経験があるので、みずほまでの旅行にそのつど出て行きました。まともに1年間昭和基地にいたことが無いですね。1年間をゆっくり昭和で過ごしてみたいとも思いますが。54次隊で17年ぶりに昭和に行って、久しぶりだけどやることは全然変わっていないなぁと。マンパワーに頼ることが多くて。建物は少し変わりましたが。もう少し便利にならないかなぁと思いました。

W:除雪などは色々工夫して変わったと思いますが。

F:そこらへんは楽になりましたね。良くなったと思います。あと、60次隊では除雪をやってくれる人が1人増えて、7人に増えとても良かったです。その人は自分から協力してくれて、そういう人がいてくれると助かりますね。

W:どの作業が変わっていないと思いますか。

F:130kl水槽(昭和基地のメインの貯水槽)への雪入れが一番ですかね。どうしても何かあった時、ブリザードの時とか、緊急事態になるとマンパワーに頼るしかない。もう少し重機やいい機械があったらなと思います。

昭和基地管理棟前の除雪作業(大越崇文氏提供)

W:機械と言ってもブルドーザーやバックホー、除雪用の排土版をつけた雪上車などある程度あって、充実しているようにも思えますが。例えばどんなものがあると良いのでしょうか。

F:だんだん昭和も建物や設備が増えているように思うので、大きさ的に物足りない時がある。ピステンビューリー(ドイツ製の大型雪上車)は使いやすくていい、SMの50とか60だとピステンに比べて物足りなくなってくる。パワーショベルももう一回り大きい物が欲しいなと。除雪の時も、雪を運ぶ車両がもう少し大きい物がほしい。車両とか重機を大きくしてもらうと、効率が良くなるんですよね。あとは、水も荒金ダムから取っているが、もう少し良い方法がないのか。海が近いし。

W:アメリカのマクマード基地は海水から飲み水を作っていますね。

F:昭和基地では海に厚い氷が張っているので、同じようには言えないかもしれませんが。

W:54次隊ではしらせが接岸できない状態で、かなりいつもと違ったのではと思いますが。あの時に何か印象に残ったことはありますか。

F:やはり、燃料なども全部ヘリで10日ぐらいかけて運んで。珍しい経験だったので、良い経験だったというか印象に残っています。ただ、54次でそのような大変な経験があったので、その後の57次、60次隊の時は「何があっても、ドンとこい。なんとかなるだろう。」という感じでした。

W:よく「越冬して帰ってくると一皮むける」などと言われますが、越冬すると何が変わるのでしょうか。

F:自分としては変わっているとは思っていないです。他の人から見ると変わっているのかもしれないですが。自分は、毎回毎回、ちょっと長めの出張に行くつもりで、淡々と仕事をして帰ってくるということを心がけるようにしているので、変わっていないと思います。強いて言えば、何に対しても「自分ががんばってやれば、なんとかなる」と思うことでしょうか。

W:もともと、南極観測隊に行く人は根拠のない楽観的な感じというか、「なんとかなる」と思う人が多いですね。

F:そうですね、そう考えないと、考えすぎて自分がつぶれてしまうのではないかと思います。なので、「なんとかなるし、なんとかすると思ってやればなんとかなる」と思うのが一番だと思います。あと良く思うのが第一次隊の西堀越冬隊長が言ったように「やってみなはれ」というか、「やってみなければわからない。やってみてだめだったら、またやればいい。それで最終的に目的が達成できれば良い」と思っているので、早く目的に到達すればいいですが、考えてばかりいて時間が過ぎるより、やってみた方がいいと思います。

古見直人(ふるみ なおと)プロフィール

(株)大原鉄工所に入社し、第60次隊で昭和基地越冬中に今回の打診があった。普段は環境や水門、油井関係の仕事に従事。これまで第37・54・57・60次越冬隊に参加し、観測隊の設営主任も努めた。赤いスニーカーのタフガイ。

インタビューアー:渡邉研太郎(わたなべ けんたろう)プロフィール

1979年に国立極地研究所生理生態学部門の助手に採用、海洋生物を研究。第22次夏隊を皮切りに南極観測隊に7回参加し、第41、46次隊では越冬隊長、第54次隊では観測隊長を務めた。2020年7月から日本極地研究振興会常務理事。

(株)大原鉄工所紹介

新潟県長岡市に1907年(明治40年)に石油削井機の機械部品製造会社として設立され、2017年に創業110周年を迎えた。1952年にわが国で初めて雪上車の量産を開始し、現在では唯一の国産メーカーとして南極観測用雪上車、自衛隊用雪上車、スキーリゾートで活躍するゲレンデ整備車等を製造している。さらに、下水処理プラント、リサイクル機器及びプラント、バイオガス発電設備等の分野でも事業を展開している。南極地域観測隊に毎年社員を派遣し、昭和基地や内陸で使用する雪上車の整備を担っている。

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