シリーズ「南極観測隊エピソード」第12回

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南極観測と朝日新聞その12 7次隊の帰途にあったこと、その1

元朝日新聞社会部記者 柴田鉄治

 私が初めて南極観測に参加した第7次隊は、4年ぶりに基地を再建し、極点旅行用の雪上車も荷揚げできて、100点満点の出来だった。それに対する隊長や艦長からの「ご褒美」というわけではないだろうが、任務を終えて帰途に就いたときに付録のような部分があった。私は、その付録みたいな部分にひときわ感動したので、3回に分けて記す。  その1は、越冬隊と別れてすぐ、観測船「ふじ」がオングル海峡から出るところで立ち寄った出来事である。オングル島の対岸、大陸のラングホフネの一角にあるアデリーペンギンのルッカリー(生息地)を訪ねたのである。  ルッカリーの存在には、前々から分かっていたことだが、再建作業に忙しくて、生物担当隊員以外の隊員や乗組員人たちは、ほとんど見に行っていなかったからだ。  ルッカリーは海岸べりの砂浜の上に、ざっと500羽くらいが群れをなして巣作りをしているのだ。「ふじ」から救命用の小ボートを降ろして、隊員や乗組員を交代で運び、なるべく大勢の人に見学してもらうという方式を取った。  ただ、私たち3人の記者たちは、取材ということで特別扱いを受け、交代せずに一日中、ルッカリーにいることができた。そこでペンギンの生態をじっくり観察した次第である。
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アデリーペンギンのルッカリー。小石を敷き詰めた巣に、親と雛(燕尾服でなくセーター姿)が立つ。

巣作りは小石を敷き詰めて… ペンギンは空を飛べないとはいえ、鳥なのである。鳥はツバメでもカラスでもみな巣作りをする。本土であれば、巣作りの材料は樹木の小枝や草花などだ。ところが、あいにく南極には樹木どころか草花もない。「しかたなく」かどうか分からないが、ペンギンの巣作り材料は小石なのである。  ペンギンは、1夫1妻制の最も夫婦仲の良い鳥として知られており、夫婦で一家を構え巣作りをする。一家の大きさは、直径が1メートルくらいの丸い円に小石を敷き詰めて「出来上がり」なのだ。 ルッカリーには、そんな小石を敷き詰めた巣が、ざっと200あまり並んでいる。夫婦で交代しながらエサを取り、交代で卵を温め、雛を産んで、また交代でエサ取りをして育てる。私たちが行ったときは夏の終わりに近いときだったので、雛もかなり大きく成長していた。小石を敷き詰めた丸い巣ごとに、ペンギンの親子(父親か母親と雛)が立っているというのが、全体の光景だ。 南極では、小石といえども集めるのは簡単ではない。そこで、怠け者のペンギンは、他のペンギンが作った巣から小石をそっと盗み出そうとする。盗まれた側のペンギンも黙ってはいない。「こらあ!ドロボー!」とでも叫びつつ、追いかけて、小石を取り返す。そんな光景があっちでもこっちでも起こって、そのやかましいことといったら…。  巣作りはとっくに終わったはずなのに、なぜ、いまごろ他家の小石を盗もうとするのか、小石は貴重な財産なのかなと不思議に思って見ていたが、一日見ていたら、そうではないことが分かった。  ドロボウ騒ぎは、「騒ぎ」のほうに重点があるようなのだ。南極にはシロクマもいないし、海のなかにはクジラはいても天敵ではない。天敵はただ一つ、盗賊カモメなのだ。盗賊カモメがルッカリーの上空を舞い、隙があればペンギンの雛や卵を狙っているのだ。
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空を飛ぶ天敵の盗賊カモメ。これがカモメか、と思うほど獰猛な天敵だ。

天敵は盗賊カモメ、雛や卵を狙う! ペンギンルッカリーが、いつもワイワイギャーギャーと騒いでいること自体が盗賊カモメから雛を守ることになるらしいのだ。事実、私が見ているとき、一羽の盗賊カモメが近くに舞い降りたら、親ペンギンの何羽かが駆け寄って取り囲み、「寄らば切るぞ(突くぞ)」の構えを見せたことがあったからだ。  それでも、一度だけ雛が襲われるところを見た。平和な南極でも、激しい生存競争はあることは避けられない。  ペンギンにとって幸せなことは、海の中にたっぷりエサがあることだ。南極の海は、世界中で最も豊かな海であることは、大量のエサが必要なクジラが南氷洋に集まってくることを見ても、明らかだろう。  ペンギンは、空を飛べない代わりに、泳ぐのは魚より達者だ。ペンギンに観測器を背負わせて、その行動を調べた結果によると、500メートルくらいの深さまで、ゆうゆうと潜ることができるようだ。  海のなかは豊かだといっても、一面氷が張って開水面までの距離が遠くなると大変だ。ペンギンは春(10~11月ごろ)に卵を産み、夏(1~2月ごろ)に雛を育てる。夫婦で交代でのエサ取りは、親子2羽分のエサを取ってこなくてはならない夏が大変そうに見えるが、開水面が近くにあるから問題はない。  大変なのは、夫婦で交代して卵を温める春だ。開水面まで300キロ近く歩かされるケースもあるといわれている。エサを取りに行くほうも大変だが、卵を温めながら、エサを待っているほうも、つらいに違いない。
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ペンギンは飛べない鳥で、その代わり泳ぐのは魚よりうまい。500メートルくらい平気で潜る。

アデリーペンギンが幼稚園児なら、皇帝ペンギンは小学生?  ペンギンにはいろいろな種類があるが、昭和基地周辺で見かけるペンギンは、アデリーと皇帝(エンペラー)ペンギンだ。アデリーに比べて、皇帝ペンギンはずっと体格がよく、アデリーが幼稚園児だとすれば、皇帝ペンギンは高学年の小学生といったところだ。大きいだけでなく、その名の通り、威厳もある。  昭和基地周辺には皇帝ペンギンのルッカリーはなく、見物しに行けなかったのが残念だった。                             (以下次号)

柴田鉄治(しばた てつじ)プロフィール

元朝日新聞社会部記者・論説委員・科学部長・社会部長・出版局長などを歴任。退職後、国際基督教大学客員教授。南極へは第7次隊、第47次隊に報道記者として同行。9次隊の極点旅行を南極点で取材。南極関係の著書に「世界中を南極にしよう」(集英社新書)「国境なき大陸、南極」(冨山房インターナショナル)「南極ってどんなところ?」(共著、朝日新聞社)「ニッポン南極観測隊」(共著、丸善)など多数。
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