(公財)日本極地研究振興会常務理事 福西 浩
本年5月に幕張メッセ開催された日本地球惑星科学連合(JpGU)2018年大会で日本地球惑星科学連合フェローの受賞者に選ばれました。これまでの研究をともにした方々に心から謝意を表し、これまでの研究生活を振り返ってみたいと思います。 私は東京大学の永田研究室に所属していた博士課程2年の時に第11次南極観測隊に参加しましたが、これが私の研究生活のスタートとなりました。新しく開発したティルティングフィルタ方式の掃天フォトメータでプロトン(陽子)オーロラとエレクトロン(電子)オーロラを分離して観測し、サブストーム(オーロラ嵐)発生時のプロトンオーロラの発達過程を明らかにすることができました。
第11次越冬隊ではみずほ観測拠点の建設に参加し地磁気観測を実施 |
この研究成果が国際的に高い評価を受け、ベル研究所のランゼロッティ博士のもとに留学し、磁気圏電磁流体波動の研究を進めました。ランゼロッティ博士はプラズマ物理学の新しい理論を創った長谷川晃博士やリウ・チェン博士と共同で地上や衛星で観測された地磁気脈動を理論的に解釈する研究を進められていましたが、このチームに私が加わり、短期間に多数の研究成果を上げることができました。
ランゼロッティ博士(右端)と筆者(1999年に再開した時の写真) |
帰国後、国立極地研究所のスタッフとなり、第17次越冬隊、第22次夏隊、第26次越冬隊と3回南極観測隊に参加しました。17次隊(1976/77年)ではロケット実験主任として、26次隊(1985/86年)では越冬隊長として、オーロラのロケット観測を担当しました。26次隊ではドームふじ基地の建設候補地を調査するプロジェクトにも力を入れました。22次隊では夏隊長として昭和基地に情報処理棟を建設し、コンピュータを設置し、昭和基地の情報化の幕開けを担当しました。
26次越冬隊によって昭和基地から発射されたオーロラ観測用ロケット |
第26次越冬隊のロケット班の隊員たち |
南極では少人数で大きなプロジェクトを短期間に実施して成功させる必要があります。そのためにはプロジェクトの目標を明確にし、その目標を達成するために必要な方法についてメンバーが自由にアイデアを出し合い、独創的な行動計画をまとめ上げていくプロセスが必要不可欠となります。こうしたプロセスの中で一人ひとりの視野が広がり、強いチームワークが生まれ、チャレンジ精神が養われることを経験しました。 1986年に国立極地研究所から東北大学に移り、惑星大気物理学分野の新設に努力しました。地球だけでなく、金星、火星、木星、土星の大気・プラズマ現象を比較惑星学的に解明することを目標にしました。スタッフと大学院生が一丸となって地上観測用と衛星搭載用の観測機器の開発を同時に進め、それらを用いた地上観測、衛星観測、データ解析、数値シミュレーションを総合的に実施しました。 地上観測用としては、オゾン観測用の赤外レーザーヘテロダイン分光計、熱圏の風と温度を計測するファブリーペロー干渉計、大気光全天イメージャー、超高層雷放電発光現象を捉えるためのアレイフォトメータとサーチコイルセンサーなどの機器を開発しました。また衛星観測用としては火星探査機のぞみ搭載用の紫外撮像分光計と水素重水素セル、台湾のFORMOSAT-2衛星搭載用のアレイフォトメータを開発しました。 それらの観測器を用いて様々な新しい現象をとらえることができましたが、成功を収めた観測の一つにエルブスの発見があります。1989年にミネソタ大学のウィンクラー教授の研究グループによって雷雲上方の放電発光現象が発見され、スプライトと命名されましたが、この発見を知った時、この発光現象の解明は超高層物理学と気象学の両方に関係したきわめて興味深い研究テーマであると直感しました。しかし放電発光現象は100分1秒以下の瞬間的な現象であるために従来の高感度CCDカメラではその時間的空間的変化をとらえることができませんでした。そこで2万分の1秒の時間分解能と鉛直方向に16チャンネルの空間分解能をもつアレイフォトメータを開発し、1995年に米国コロラド州で実施されたスプライトキャンペーンに参加しました。
1995年に米国コロラド州で実施されたスプライトキャンペーンに参加 |
このキャンペーンに参加できたのは、私が米国南極無人観測所プロジェクトチームのメンバーとしてサーチコイル磁力計を担当し、ランゼロッティ博士やスタンフォード大学のイナン教授らと共同研究を進めていたことが背景にあります。その結果、電離圏の下端、高度90km 付近に出現する直径300~500km の巨大なドーナツ状の発光現象を発見し、エルブスと命名しました。エルブス(elves)とは、Emissions of Light and VLF Perturbations Due to EMP Sourcesの頭字語です。雷放電によって放射されたVLF帯(超長波)の強い電磁パルスが上方に伝搬し、電離圏下部の大気を加熱発光させたものがエルブスです。エルブスは巨大すぎて地上観測で発光領域の全体がとらえられた例はまれですが、私たちの観測器を搭載した台湾のFORMOSAT-2衛星でその形状をきれいに捉えることができました。
FORMOSAT-2衛星搭載ISUAL観測器で観測されたエルブスの例 |
FORMOSAT-2衛星ISUALチームのメンバー |
雷雲上方の雷放電発光現象 |
これまでの研究を振り返って、自分が最も大切にしてきたのは、「チームによって新しい研究領域を切り開く」というやり方でした。その原点は自分が4回参加した南極観測隊にあります。これからもこのやり方を大事にしていきたいと思っています。
福西 浩(ふくにし ひろし)プロフィール東北大学名誉教授、公益財団法人日本極地研究振興会常務理事。1966年東京大学理学部物理学科卒業、1972年同理学系大学院地球物理学専攻博士課程修了、理学博士。米国AT&Tベル研究所研究員、国立極地研究所助教授、東北大学教授、日本学術振興会北京研究連絡センター長を歴任。南極地域観測隊には4回参加し、夏隊長や越冬隊長を務める。 |