新発見―オーロラ爆発でバン・アレン帯電子が高度65kmまで流入
片岡龍峰(国立極地研究所 准教授)
オーロラ爆発の際に、メガ電子ボルトの電子が地球に降り注ぎ、上空65 km付近というオーロラよりも低い高度の大気を電離させていることが、南極昭和基地のPANSYレーダーなどを用いた研究により明らかになりました。昭和基地を取り囲む1000km四方で同様のことが起こっていると仮定すれば30万キロワットという大きな電力がオーロラよりも下の大気まで運ばれている換算になりますが、オーロラのように肉眼で観察することは叶わず、また継続時間も数分間という短時間の現象です。こういった短時間にメガ電子ボルトの電子が大量に生み出されることは考えにくいため、すでにメガ電子ボルトの電子が溜まっている放射線帯(メガ電子ボルトに達するほどエネルギーの高い電子が地球の磁場に捉えられている領域のことで、発見者の名からバン・アレン帯とも呼ばれています。)から電子が落ちて来たものと考えられます。そのような限られた時間だけ開く電子の通り道があるらしいのです。
より具体的に状況を説明しましょう。オーロラが急激に明るく光る現象「オーロラ爆発」が昭和基地上空で世界時2017年6月30日22時20分から約6分間にわたって発生し(写真)、同基地の大型大気レーダー(PANSYレーダー)によって、オーロラよりもはるかに低い65 km高度で大気の電離が確認されました。
通常は電離しない高度の大気が、オーロラの光る高度と同様に電離していることに驚き、なぜこのような低い高度の大気が電離したのか、という謎解き型の研究を行いました。このとき幸運にも、昭和基地から磁力線を辿った先の宇宙空間にジオスペース探査衛星「あらせ」が位置しており(図1)、放射線帯の電子数の急激な変化を観測していました。
「あらせ」(ERG衛星)は、2016年12月に打ち上げられた日本の科学衛星で、放射線帯の中心部で直接、荷電粒子や電場・磁場の変動を観測し、放射線帯が変動するメカニズムの解明を目指しています(図2)。
観測事実を説明できそうな仮説は2つあります。宇宙空間から降ってきてオーロラを光らせる数キロ電子ボルトの電子は高度100 km付近の大気を電離させて止まりますが、そのとき発生するX線は、オーロラよりも低高度の大気を電離させることが知られています。したがって、PANSYレーダーの観測結果の解釈として「オーロラ爆発の際にX線が大量に増えた結果ではないか」という可能性が考えられます。一方で、「放射線帯の電子がオーロラ爆発と同時に大量に降ってきた結果ではないか」という可能性も考えられます。放射線帯の電子は普段は宇宙空間に留まっていますが、メガ電子ボルトという高いエネルギーを持つため、仮に宇宙空間から大気に降ってくることがあれば高度65 kmにまで侵入できるからです。本研究では、電子が大気に入射した際に発生するX線や大気電離を計算できるモンテカルロ型シミュレーションPHITSによって、オーロラX線と放射線帯電子の両者が引き起こす電離度を見積もり、この謎に迫りました。
シミュレーションの結果、高度65km付近ではオーロラX線による電離はわずかであり、電離のほとんどはあらせ衛星で観測された放射線帯電子の大量降下のために起こったことが明らかになりました。このシミュレーション結果は、昭和基地に導入されている様々な観測装置のデータとも整合的であり、どのくらい高いエネルギーの電子が宇宙から大気へ降り込んでいたか、これまでにない説得力を持って確実に推定できた、ということになります。このような検証が十分にできるのは、昭和基地が、さまざまな観測器が一カ所に集められた観測拠点であるためです。また、放射線帯電子の流入は、オーロラ爆発のピーク後に発生する脈動オーロラ(もやもやとしたオーロラが数秒間に1回明滅する現象で、通常のオーロラよりも10倍エネルギーの高い電子によって光る。)の時に起こることが知られていましたが、今回、オーロラ爆発の直後にも起こりうることが判明しました。
今回観測されたオーロラ爆発は、特に強いわけでも、特に弱いわけでもなく、ごく典型的なものでした。本研究によって、オーロラとしては光らないために肉眼で確認することができない放射線帯の電子が、オーロラ爆発と同時に大量に落ちて来ることによって、高度65 kmといった中間圏の大気もオーロラ高度と同等に電離し得る、ということが定量的に確認されました。また、今回の結果は、オーロラ爆発直後の数分間という短い時間に限って放射線帯電子が降ってくるということを明らかにしたものですが、なぜその限られた時間だけ放射線帯電子が大気まで落ちてくるための道が開通するのか、という具体的な仕組みは明らかになっていません。
しっかり予測できるほどまで理解するには、つまり放射線帯電子の流入量を制御する主な要素を明らかにするためにはオーロラ爆発の規模によって変わるのか、放射線帯の電子がもともと多いことが条件なのか、あるいはまったく別の要素なのか、など、類似の観測結果を多数集め、さらに詳しく調べていく必要があります。また、今回のシミュレーション結果から、成層圏の大気は、この放射線帯電子によるX線で僅かに電離していることにも気が付きました。この放射線帯X線が成層圏に与えている影響を詳しく知る研究も、並行して進めて行きたいと思っています。
論文:Kataoka R. et al., Transient ionization of the mesosphere during auroral breakup: Arase satellite and ground-based conjugate observations at Syowa Station, Earth, Planets and Space, doi:10.1186/s40623-019-0989-7.
片岡龍峰(かたおか りゅうほう)プロフィール国立極地研究所准教授。2004年、東北大学大学院理学研究科博士課程修了。博士(理学)。専門は、宇宙空間物理学。2015年、文部科学大臣表彰 若手科学者賞受賞。著書に『オーロラ!』(岩波書店)、『宇宙災害』(化学同人)、『太陽フレアと宇宙災害』(NHK出版)がある。 |