赤田 幸久(第59次南極地域観測隊 越冬隊・野外観測支援)
ボツンヌーテン・・・。
観測隊経験者でその名を知らない人はいないでしょう。
昭和基地から南方へ180kmほど離れた氷床上に、ぽつんと存在する「孤高の露岩」です。
ボツンヌーテンとは、ノルウェー語で「奥岩」の意味。
主要部の山体は3つのピークから成り、主峰/中央峰(1486m)、西峰(1472m)、東峰(1450m)。周辺の氷床高度は約1,000mですので、山頂までの高度差は500mほど。決して高い山ではありませんが、切り立ったその威容と存在感はなかなかの迫力です。
多くの隊員が一度は行ってみたいと願いつつも、その機会に恵まれることはごく稀です。
私は49次の夏期オペレーション(測地観測の支援作業)で、ボツンヌーテンの西側にある「犬山」に登ったことがあるのですが、それだけでもかなり貴重な経験と言えます。
ボツンヌーテン全景(北東より空撮)
ボツンヌーテンの初登頂は、1次隊(犬橇旅行隊3名)によるものです。昭和基地から約10日間かけて到達し、1957年10月27日にリーダーである中野隊員をはじめ、菊池隊員、北村隊員の3名が、南面のクーロアールから主峰に登頂しています。その時の記録は、中野隊員の著書「南極越冬記」などにも詳述されています。
その後の登頂記録については、あまり情報が整理されていなっかたので、以前調べてみたことがあります。その結果は次の通りでした。
【第2登】34次隊3名(33次越冬隊員2名も参加)1994年1月17日 北面のクーロアールから東峰へ5名全員が登頂。(東峰の初登頂)
【第3登】48次隊2名(47次越冬隊員3名も参加)2007年1月23日 北面のクーロアールから東峰へ5名全員が登頂(東峰の第2登)
観測隊の長い歴史の中でも、山頂域に到達したのは僅か3回(登頂者数13名)だけという事実を知って少し驚きましたが、ボツンヌーテン山頂での主な観測目的は地質調査ですので、定期的に実施されるオペレーションではないのでしょう。
59次の越冬終盤に、60次隊からボツンヌーテン地質調査の野外支援依頼を頂きました。私にとっては「渡りに船」、「棚からぼた餅」といったところです。あのボツンヌーテンをまた拝める、しかも山頂に登れるのかと思うと、興奮して数日は夜も眠れませんでした。
2019年1月3~6日、3泊4日で60次隊による地質調査がボツンヌーテンにおいて実施されました。メンバーは5名で、リーダーの豊島隊員を筆頭に60次隊員(全員が地質の研究者)が4名、野外支援・ルート工作要員として59次越冬隊から私が参加しました。
ここでは、野外観測支援の立場から「登山行動の記録」として、ボツンヌーテンでの行動の様子をスライドショー感覚で紹介したいと思います。
【1月3日】天候(06:00昭和基地)曇り一時雪 気温-1.8℃ 風速5.2m/s
08:05 昭和基地発(ヘリ2便)~ 沿岸観測拠点にて人員・物資の入替えを行いつつ、ボツンヌーテンへ向かう。
10:55 ボツンヌーテン着 ~ BC(ベースキャンプ)の選定
ベースキャンプ設営のようす
11:20 物資移動 ~ 昼食 ~ BC設営作業
16:00 登攀装備のチェック、使用法の再確認
17:40 BC発(ルンゼ入口までの偵察、荷上げ)~ 最初の固定ロープを設置19:55 BC帰着
ボツンヌーテン北面(空撮)。左から東峰、主峰、西峰。
中央部の雪のついたラインが「中央ルンゼ」(今回つけた仮のルート名)
ベースキャンプから見る中央ルンゼ(撮影:1月5日 石川隊員)
中央ルンゼ(ベースキャンプより望遠)。
ルンゼ入口に隊員2名が見える(撮影:1月5日 石川隊員)
ひとつ目の確保支点。3本のハーケンを使用、場所によってはアイススクリューも使用した。
最初の固定ロープを登高する香取隊員。最大傾斜部は約40度。
ベースキャンプ夕景
【1月4日】天候 07:15 快晴/地吹雪 気温-13.7℃ 風速7.4m/s
09:00 地吹雪止まず午前中は待機とする(過去の記録からも午前中はカタバ風が強く、行動を見合わせることが多いのは想定していた)
13:20 BC発(2名にてルート工作、3名は下部露岩の調査)
第1バンド直下の岩場を登る香取隊員
14:42 第1バンド着、2つ目の固定ロープを設置。ルンゼ内の状況から、この先も全て固定ロープを設置することとした。
15:55 核心部(通称:のど)通過
核心部を登る北野隊員(1月5日に撮影)
核心部を登る北野隊員 (1月5日に撮影)
16:00 第2バンド着
18:15 コル(頂上稜線の鞍部)着
コル到着し、ひと息
コル直下のルンゼ側壁を調査する石川隊員
山頂への登攀に備えて確保の準備
山頂直下の岩場
19:18 東峰頂上着、最後(7つ目)の固定ロープを設置
頂上直下を登る
19:26 香取隊員が頂上着。その後、1人ずつ固定ロープを登高して山頂へ。
19:58 リーダー豊島隊員も頂上着
20:00 山頂での調査開始
限られた時間で効率的な調査をおこなうために打合せ
山頂での調査風景
走向・傾斜を測定
岩石試料を採取
21:00 調査終了 ~ 下山開始
下山を開始する頃には、ボツンヌーテンの山影も長くのびる
下山は全て固定ロープを使った懸垂下降。時間はかかるが1人ずつ降りる。
23:16 BC帰着
全員無事にベースキャンプに帰還
24:00 夕食!
待ちに待った夕食。笑顔がこぼれる。
【1月5日】天候 09:13 快晴/地吹雪 気温-12.4℃ 風速7.8m/s
09:00 昨日同様、午前中は待機とする
13:40 BC発(2名にてコルまでの調査とロープ回収、3名は下部露岩の調査)14:20 第1バンドにて調査
第1バンドで調査する北野隊員
同上 採取した試料を観察する。
第1バンドでの調査のようす。
15:46 第2バンドの上部にて調査
氷化したルンゼ内での調査は、アッセンダーも利用して安全確保。
17:02 ルンゼ上部の側壁を調査しつつコルへ向かう
コル直下を登高する
17:30 コル着
17:50 下降開始 ~ 固定ロープを回収しつつ下山
17:45 BC帰着
【1月6日】天候 08:50 快晴/地吹雪 気温-11.6℃ 風速7.2m/s
05:30 起床 ~ 天候確認
07:00 BC撤収 ~ ヘリポート作り ~ 物資集積
10:35 ヘリ1便目着 ~ 物資積載・人員搭乗 ~ 離陸
12:50 ヘリ2便目着 ~ 物資積載・人員搭乗 ~ 離陸
ヘリが到着すると、物資輸送の支援チームも降機するので、ベースキャンプがしばし賑やかに。
13:53 昭和基地着(おつかれさまでした!)
今回のオペレーションによりボツンヌーテンの登頂記録は、第4登(東峰は第3登)、延べ登頂者数は18名となりました。(延べ人数としているのは、石川隊員が34次で登頂しており、今回が2度目の登頂となるためです)
短期間の野外行動ではありましたが、本当に幸せな時間を過ごすことができました。そして、人生の宝物がひとつ増えた気がしています。本当にありがとうございました。
赤田幸久(あかだ ゆきひさ)プロフィール1967年生まれ。信州・安曇野在住の山岳ガイド。北アルプス 槍・穂高連峰を中心にガイド業を営む傍ら、北アルプス南部地区遭対協の活動、講習会講師や検定員、山小屋の設営支援、登山道整備などに従事している。南極観測には49次(越冬)、53次(夏)、54次(夏)、57次(夏)、59次(越冬)に参加し、昭和基地沿岸部をはじめ、セールロンダーネ山地、ナンセン氷原、ドームふじ、中央ドロンイングモードランドなどで長期の野外観測を支援。現在、61次夏隊(セールロンダーネ山地地質調査チーム)の一員として、極地研究所にて準備業務を行っている。 |