JARE57重点研究観測-南極氷床上中層掘削-
櫻井俊光(国立極地研究所 特任研究員)
国立極地研究所(以下、極地研という)に赴任して1年が経とうとした頃に、第57次南極地域観測隊(以下、JARE57という)に参加することが決まった私にとって、はじめての南極、はじめての掘削である。このような私がメールマガジンに投稿させていただくことに恐縮するとともに、とても光栄に思う。 今回の掘削プロジェクトは、本山秀明(国立極地研究所 教授)のもと遂行してきた「氷期-間氷期サイクルから見た現在と将来の地球環境」というテーマの一環で、過去2000年の地球環境変化を捉えることを目的としている。過去2000年という時間スケールは、産業革命(18世紀~19世紀)前後や小氷期と呼ばれる時代(14世紀~19世紀ごろ)を含むため、人為的な活動や気候変動による地球環境変化を知るうえでちょうど良い。ここで地球環境変化とは、たとえば南極域での海氷消長、植物プランクトンの増減、温室効果ガスの増減などと思えば良い。これらは地球の温度変化を知るうえで重要な要素である。それらの情報が、氷床上で掘削されたアイスコア(円筒状に掘削された氷の柱)から復元できる。 さて、本題の掘削である。掘削場所は昭和基地からアクセスしやすい沿岸で、目標の2000年を復元できる掘削深度は、積雪量などを考慮して計算上300m程である。過去の極地研のプロジェクトでは3000mを超える深層掘削が実施された。その1/10ほどが目標である。そのため玄人には、それくらい…、と思われるかもしれないが、素人には掘削とは何か、まず想像ができない。ここで南極経験者・未経験者を含む人員構成を示す。掘削班5名:本山秀明(極地研)、川村賢二(極地研)、櫻井俊光(極地研)、須藤健司(総合研究大学院大学院生)、荒井美穂(山形大学院生)、エアロゾル班2名: 竹中規訓(大阪府立大学)、野呂和嗣(大阪府立大学院生)の計7名で、本山氏以外は南極未経験者である。この素人集団で掘削できるかどうか心配だ…、そもそも掘削までたどり着けないのでは? という声を南極出発前によく耳にした。一番不安を感じていたのは本山氏だったかもしれないが、兎にも角にもやれるだけやるしかない、という気持ちだけであった。気持ちだけでは誰にも負けていない。出発前、掘削に必要な物資を本山氏が揃え、私にはトラブルが生じたときにどのように対処したらよいか、考え行動することが求められた。本山氏とブレインストーミングを何度も行い、そのための物資調達に取り掛かった。 アイスコア掘削点までの行程を図1に示す。大陸上の輸送拠点となっているS16地点(番号は、内陸調査旅行時のルート上地点番号で、かつてJARE9、1968年に行われた、南極点到達旅行以来のもの)までヘリコプターで空輸して、H128地点まで雪上車を利用して移動した。およそ10時間で移動可能である。写真では南極の素晴らしさが伝わらないかもしれないが、荷物の量は写真で感じ取ることができるかもしれない(写真1)。掘削班、エアロゾル班の全体で梱数284梱、総重量4,663kg(Gross)である。ひとつひとつをヘリコプターに載せておろす作業を行うのだから、それだけで重労働と思われるが、しらせ乗組員の協力にはとても感謝している。また、我々だけで作業するには少し荷が重いように思われたが、第56次隊ですでに昭和基地に滞在していたJARE56越冬隊員2名、大平正氏、高橋学察氏の強力なサポートがあったからこそ現地での作業をスムーズに行うことができた。
図1.JARE57重点研究観測「中層掘削」の行程(往路)。S16地点からおよそ77km先のH128地点が掘削地点である。 |
写真1.南極大陸S16地点に到着した直後の荷物。右手前に2トン橇、右奥に見えるのはS16に配置されている雪上車群(2015年12月24日、撮影者:櫻井俊光)。 |
写真2.掘削現場風景。奥:掘削場、手前:コア処理場、右:フィルンエアサンプリング場(テント内に装置を設置)、中央:雪上車SM100。左:気象観測装置(2016年1月20日、撮影者:本山秀明)。 |
写真3.掘削終了時の掘削ドリル(左)と集合写真。左から:本山、櫻井、荒井、竹中、川村、野呂、須藤(敬称略)。2016年1月27日撮影(自動撮影)。 |
櫻井俊光(さくらい としみつ)プロフィール第57次南極地域観測隊夏隊員(重点研究観測)。国立極地研究所気水圏研究グループ特任研究員。1980年愛知県岡崎市生まれ。北海道大学大学院環境科学院修了、博士(環境科学)。北海道大学低温科学研究所学術研究員、公益財団法人レーザー技術総合研究所研究員を経て現職。海洋研究開発機構高知コア研究所招聘研究員を兼任。 |