北極の氷河をとかす暗色不純物「クリオコナイト」の謎に迫る
著者:永塚尚子
国立極地研究所・学振特別研究員
❄️ 氷河上の微生物
氷河の上は雪や氷に覆われた厳しい環境ですが、実はこのような寒い環境に適応した特殊な生物がたくさん繁殖しています。
雪氷生物と呼ばれるこれらの生物は、一生を雪や氷の上で過ごし、雪氷藻類と雪氷動物の主に二種類の生物がいます。雪氷藻類は顕微鏡を使わないと見えないサイズの微生物で、主に緑藻とシアノバクテリアの仲間が世界中で百種近く報告されています。彼らは表面で光と水と栄養を使って光合成をして繁殖します。一方、雪氷動物は目に見えるサイズの昆虫で、雪氷藻類をえさにしています。
🌱 クリオコナイト
このうち、雪氷藻類が北極の氷河の融解に大きく関わっていることが最近の研究でわかってきました。小さな微生物が一体どうやって氷河をとかすことができるのでしょうか?
雪氷藻類は、氷河の上に堆積している砂粒(鉱物粒子)を取り込んで、クリオコナイトと呼ばれる泥状の黒い物質を作り出しているのです(図1)。クリオコナイトの大きさは1-2mmほどで、微生物だけを光らせることができる特殊な顕微鏡でクリオコナイトを見てみると、まわりをたくさんのシアノバクテリアが覆っています。
図1:氷河を黒く汚すクリオコナイトの正体
このクリオコナイトが堆積すると、氷河の表面は黒く汚れてしまいます。黒い色は太陽の光や熱を吸収しやすいため、クリオコナイトがある氷河では氷がどんどんとけてしまうのです。たとえば、ヒマラヤではクリオコナイトによって氷河がとける速度が3倍も早くなってしまうことがわかっています。氷の上のクリオコナイトが一カ所に集まると、太陽の光を吸収してその黒い部分だけがとけてしまい、クリオコナイトホールと呼ばれる穴ができることもあります。ホールの深さは深いもので50cm以上、直径は数センチから1メートルを超えるものまで様々です。
🌎 グリーンランドの氷河暗色化
図2:暗色化するグリーンランドの氷河の衛星画像
氷河上に堆積するクリオコナイトの量は、氷河の地域によって大きく違います。それは氷河上に飛んでくる砂粒(鉱物粒子)や、繁殖する雪氷藻類の種類や量が異なるためです。まわりを砂漠に囲まれたアジアの氷河では、たくさんの鉱物粒子が飛んでくるので、表面は大量のクリオコナイトに覆われて真っ黒です。一方、グリーンランドはもともとクリオコナイトが少ないきれいな氷河でした。しかし、2000年以降、グリーンランド西部の氷河のクリオコナイトの数が増えて表面が暗色化し、その面積が年々拡大して暗色が濃くなっていることが衛星画像や現地調査からわかってきました(図2)。最近、氷河が急激にとけているのは温暖化だけではなく、クリオコナイトの存在が大きく影響していることが解明されたのです。
雪氷藻類が氷河を暗色化させ、氷河の氷をとかしているという事実は世界中の研究者に衝撃を与えました。これまでの研究で氷河暗色化の主な原因として考えられてきたのは、黒色炭素(ブラックカーボン)と呼ばれる煤や鉱物粒子の存在でした。黒色炭素は主に化石燃料の燃焼や森林火災によって排出される物質です。しかし、氷河の表面は日中、太陽によってあたためられて溶け出した水が大量に流れているため、黒色炭素や鉱物粒子はこの流れによってほとんどが氷河の外に流出してしまいます。しかし、雪氷藻類は泥状のクリオコナイトを作って周囲に付着することで流されにくくなり、氷河の上で繁殖し続けることを可能にしています。長期間、氷河の上に滞在することができるため、暗色化に最も大きな影響を持つのです。クリオコナイトの研究はこの10年間で急速に注目を集めるようになり、主にヨーロッパや日本のグループを中心に研究が進められています。
🔍 まめちしき
雪氷藻類は氷河を黒く汚すだけではなく、赤くしてしまうこともあります。
これはアスタキサンチンと呼ばれる赤い色素を分泌して紫外線から身を守るためです。日焼け止めのような役割をしています。
📚 参考資料
\もっとくわしく/ ぷれ極(2018)
[特集:氷河をとかす微生物] 北極の氷河がたいへん!!
たくさんの写真とかわいいイラストで分かりやすく説明しています。
ぜひご覧ください♪