シリーズ「南極・北極研究の最前線」第2回
- 2015.06.22
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- シリーズ「南極・北極研究の最前線」, 研究, 南極, 北極
南極の気候変化とペンギン
国立極地研究所准教授 高橋 晃周
「南極の気候変化がもたらす影響」という話題になると、必ず登場するのがペンギンである。南極の温暖化でペンギンが困っている、といった調子の報道を目にすることが多いが、実際のところはどうなのだろうか?南極のペンギンの個体数変化の現状をご紹介したい。
まず南極にどんな種類のペンギンがいるのか、ご存知の方も多いと思うが、おさらいしよう。南極に大きな営巣地をもつペンギンは4種類いる。コウテイペンギン(エンペラーペンギン)、アデリーペンギン、ヒゲペンギン、ジェンツーペンギンである(以下コウテイ、アデリー、ヒゲ、ジェンツーと略す)。コウテイとアデリーは南極大陸の沿岸に広く分布しており、昭和基地方面でお目にかかるのはこの2種である。一方、ヒゲ、ジェンツーは南極半島を中心に分布している。
南極半島は南極の中で最も顕著に温暖化が進んでいる地域として知られている。この地域では過去50年間で、年平均気温が2.7度上昇した記録がある。棚氷の崩壊と流出や冬の結氷海域の縮小など、気温・水温の上昇にともなって海洋環境にも大きな変化が現れている地域である。
この地域ではイギリス、アメリカ、アルゼンチンといった国の観測基地が中心となって、1970年代からペンギンの個体数が調査されている。その結果をみると、アデリーの個体数は1970年代に最大で、そこから2010年代まで約60-80%近く個体数が減少した。ヒゲも同様の傾向で、40-80%近く個体数が減少した。
アデリーとヒゲの個体数はなぜ減少したのか?これに深く関わると考えられているのが、餌となるオキアミの量の減少である。この海域の夏のオキアミの量は冬の結氷海域の面積が大きいほど多くなることが知られている。これは結氷した海域には海氷直下で増えるアイスアルジーが豊富で、これが冬から春にかけてオキアミの重要な餌となるためだとされている。したがって、結氷海域の面積の減少にともない、アデリー、ヒゲが繁殖する夏の期間中に利用できるオキアミの量は、年ごとの変動は大きいものの長期的な減少傾向にあると考えられる。これがヒナの巣立ち数や親の生存率を減少させ、この地域でのペンギン個体数の減少の原因になっていると考えられている。
一方、アデリー、ヒゲとは対照的に、ジェンツーは南極半島域で個体数を増やしている。ジェンツーもオキアミを主な餌としているので、なぜジェンツーだけが個体数を増やしているのか、その理由はまだはっきりしていない。また、営巣地の分布域も南へと拡大しつつある。ジェンツーは元々亜南極を中心に、アデリー、ヒゲよりも低緯度に分布しているが、海氷の減少にともなって、営巣に適した環境が南へと拡大したためだと考えられる。
さて、南極半島より緯度の高い東南極域(南極大陸の東半球部にある地域)ではどうだろうか?最近私たちはオーストラリア、フランスの研究者と共同で東南極域のアデリーの個体数変化傾向を取りまとめた。その結果、昭和基地周辺を含む東経40度から140度の広い範囲の営巣地で、1970年代から2010年代にかけて、アデリーの個体数は50-90%増加していた。この地域全体で増えたペンギンの個体数は南極半島域で減少した個体数に匹敵すると推定された。つまり、南極域全体で見た場合、アデリーの種全体の個体数には1970年代から最近まで大きな変化はないものの、南極半島域と東南極域では個体数の減少と増加の傾向が対照的だということである。
東南極域でアデリーの個体数が増えているのはなぜだろうか?昭和基地も含めてこの地域の気象観測の結果からは、気温の長期的な変化はなく、海氷にも顕著な長期傾向はみられず、個体数増加の原因はわかっていない。ただ、もともと海氷が多い東南極域では、海氷の少ない年ほど、ペンギンの繁殖の成功率が高い傾向が見られている。大陸沿岸から定着氷が数十キロ以上にわたって張りだす東南極域では、海氷が少ないほうが海に潜れる場所が多くなりペンギンにとって好都合な状況となりそうである。定着氷の氷状は数年スケールで変化しており、こうした氷状の変化がペンギンにも影響を与えている可能性が高い。
東南極域にはコウテイの主要な営巣地も分布している。その中で最も長期的に調査されているフランス基地近くの営巣地では、1970年代後半に個体数が半減した。しかし、この営巣地も含め、多くの営巣地で1980年代以降の個体数変化には顕著な増減の傾向はみられていない。
さて、ここまで読んでくださった方には、南極のペンギンの個体数変化は種ごと、地域ごとに異なっており、気候変化との関係も複雑であることがお分かりいただけたかと思う。確かに気候変化の影響は南極半島域のペンギンにすでに現れているが、それは南極全体にあてはまるわけではない。日本の南極観測隊は1960年代から昭和基地周辺のアデリーの個体数を調べており、南極全体でのペンギンの動向を考える上で貴重な長期データを提供してきた。今後も地道な観測を続けることで、ペンギンたちの将来を見守っていきたい。
写真1:コウテイペンギン(撮影:國分亙彦)
写真2:アデリーペンギン
写真3:ヒゲペンギン
写真4:ジェンツーペンギン
高橋 晃周(たかはし あきのり)プロフィール国立極地研究所准教授、2001年総合研究大学院大学極域科学専攻修了・博士(理学)。日本学術振興会海外特別研究員(英国南極調査所)等を経て2005年より現職。南極でのペンギン調査歴は、昭和基地3回(40次夏隊同行者、52次夏隊、54次夏隊)、英国シグニー島基地3回、英国バード島基地2回、韓国セジョン基地1回と多数。専門は動物生態学。 |