シリーズ「極地からのメッセージ」第4回
- 2015.12.30
- 第4回 メルマガ
- シリーズ「極地からのメッセージ」
白瀬中尉の見果てぬ南極の夢を追って
夢を追う男 阿部 雅龍
浅草で人力車をひく(2015年11月) |
大和雪原を踏んで南極点まで単独徒歩で到達する。その夢を抱いたのは、幼い頃からの白瀬中尉への憧憬があるからに違いありません。
白瀬中尉を初めて知ったのは僕が10歳の時。「未知の世界を開いた探検(金の星社)」という学習漫画からです。学校推薦図書の購入用紙が小学生達に配られていました。用紙に欲しい本を記入すれば購入できて届くという仕組みです。僕が購入をせがんだのか、母が買い与えたのかは記憶にありません。
届いた本を読み、大航海時代の英雄たちや桜蘭発見のスヴェン・ヘディンの冒険譚に不思議とわいてくる興奮を抑えられなかったのを覚えています。本の中にはアムンゼンとスコットの南極点の争奪戦もあり、その中の一枚の写真に目が釘付けになりました。それは、白瀬中尉が旭日旗を大和雪原に立てている”あの”写真でした。僕にはうなだれているように見えました。写真の後のマンガの一コマに、我々日本人は状況の厳しい中で最善を尽くしたんだ、と涙を流しながら言う白瀬中尉の姿が印象的でした。
世紀の南極点争奪戦に日本人が加わっていた事、それが僕と同じ秋田県民である事に、驚きました。困難に対して克己心を持ち、知恵と勇気で立ち向かう。本で読んだ探検家・冒険家の姿は子供の僕にとってヒーローでした。こんな風な生き方をしてみたい。素直に子供心にそう感じる。でも、現実の小学生の頃の僕は運動もできないし身体も弱く、先生がクラスの皆に「自由に班を作りなさい」と言ったら、誰も班に入れてくれなくて1人だけ溢れてしまう。そんな子供で、とても冒険をしようなんて思えませんでした。
少年期の僕には2つの居場所がありました。1つは本の世界の中。本を読んでいると、どんな人にもなれた。読書する事で憧れの英雄の人生を追体験する事が出来ました。もう1つは自然の中。秋田の農村で育った僕は、野山を走り周る事が1番の遊びでした。野山を走ってグミの木の実を食べ、野ウサギを追い、裏山に落木で作った秘密基地を作って寝転がる。大人と同級生の白い目はない。自然はいつも平等に僕を扱ってくれる。皆に上手く溶け込めない僕にとって、この2つが数少ない居場所でした。
気が弱くて周りに溶け込めないのは大学生になっても変わりませんでした。大学生になっても幼い頃に見た冒険家達への憧れは心の中にずっとあります。憧れた彼らのようになりたい。でも行動をおこす勇気がない。気付けば就職活動をする頃になっていました。考えて見れば、やりたい仕事も、したい勉強もない。人生に行き詰まりを感じていました。どうやって生きて行ったら良いのか分からない。
「笑って死ねる人生がいい。」
この言葉に出逢ったのはこの時です。人生で何をしたら良いのか分からずネットを見ていると、世界で初めて北極と南極を単独徒歩横断した極地冒険家・大場満郎さんの記事を見つけました。インタビュアーの、「なぜ冒険をするのか」という問いに、「人生は一度しかない。笑って死ねるような後悔しない人生にしたいから冒険している。」といった感じの事を答えていました。衝撃でした。このまま夢を諦めたら僕は一生変われない。人生は一度だからこそ、後悔がないように生きたい。大場さんのような人に僕もなりたい。気付けば大学に休学届けをつきだして、大場さんに手紙を書いていました。「あなたのようになりたい。何でもする。傍に置いて欲しい。」彼の主宰する冒険学校という自然学校のような場所に転がり込んだのが始まりです。
それから10年間。僕は冒険を続けています。学生時代に南米を自転車で縦断して復学、卒業時に大学から優秀生徒賞という身に余る賞も頂きましたが、冒険を続ける為に就職はしませんでした。卒業後は冒険のトレーニングの為に浅草で人力車を引き始めました。人力車を引く筋肉は極地でソリを引いて歩くのと同じ筋肉を使います。荷物を背負ってロッキー山脈を5000km以上踏破したり、イカダを現地で作ってアマゾン川イカダ下りなどの冒険以外にも、カナダに住んでビデオカメラマンをしたり、アフリカの孤児院で3ヶ月間のボランティアをするなどして、多角的に物事を捉える事が出来るように様々な経験を積みました。20代はそうして世界中を周って冒険を続けて来ました。そして30代になって見えたのが憧れの極地という世界でした。
2015年3月、カナダ北極圏のレゾリュート近くにて。カナダ北極圏単独徒歩 750km |
夢は大和雪原を踏み越え、南極点単独徒歩到達。100年前に白瀬中尉が雪原に残した夢を同じ秋田県人として、日本人として100年後に完結させる。実現する為にこの2年でカナダ北極圏を、ソリを引いて単独で1250km踏破しました。2月にはグリーンランド西沿岸部の世界最北の村シオラパルクに入り150kg以上のソリを引いて1200km踏破した後、2017年末に南極へ向かう計画です。
白瀬中尉と大場さんのようにはなれないかもしれない。実現できない夢かもしれない。それでも僕は幼い頃に憧れた彼らの背中を追いかけて走り続けたい。走り続ければ必ず南極点に辿りつけると僕は信じています。
にかほ市の講演会(2015年1月28日、白瀬中尉が生まれたにかほ市での白瀬中尉を偲ぶ会にて) |
阿部 雅龍(あべ まさたつ)プロフィール秋田県出身、国立秋田大学卒業。職業は夢を追う男。10年以上の冒険キャリアを持つ。秋田大学在校中から冒険活動を始め、講演執筆・メディア・SNSなどで冒険の様子を発信・共有し、『夢を追う素晴らしさ』を共有するために活動中。冒険を通して誰もが夢を自由に描け、笑顔になれる未来を目指す。2017年に同じ秋田県出身の白瀬矗中尉の足跡を伸ばし単独徒歩での南極点到達が現在の冒険目標。その為に近年は北極をソリを引いて歩く。普段は冒険のトレーニングを兼ねて浅草で人力車を引く。 |