シリーズ「南極・北極研究の最前線」第10回

1998年3月25日 南極プレート内巨大地震周辺の海底構造

国立極地研究所教授 野木 義史

 地震は、日本人が身近に感じる現象である。プレートテクトニクスの概念では、日本はプレートが沈み込む境界部の活動的な縁辺部に位置する。プレート・テクトニクスとは、地球の表面がプレートと呼ばれる何枚かの固い岩板で構成され、このプレートがマントル対流によって互いに動いているとする学説である。また、地球の表層は、大陸・大陸棚の部分と、海洋底の部分に大別され、それぞれ大陸プレートと海洋プレートとに分けられる。日本のように、プレートとプレートが互いに動きながら接しているプレート境界部では、種々の地殻変動が起こっている。地震はその地殻変動の一つであり、その分布はプレートの境界の定義にも使われる。多くの地震がプレート境界で発生しているが、ハワイや中国内陸部等、プレート内部で発生する地震もあり、プレート内地震と呼ばれている。最近では、2016年に起こった熊本地震もプレート内地震であり、陸域のプレート内で発生している事から、大陸プレート内地震とされる。一方で、プレート境界ではない海洋底や海洋プレート内部で起こる地震は、海洋プレート内地震と呼ばれる。

 1998年3月25日、南極大陸から約300km沖の南緯62.877度、東経149.527度のバレニー諸島付近で、マグニチュード8.1という巨大地震が発生した(図1)。この地震は、プレート境界ではない、南極プレート内で発生した巨大地震である。これは海洋プレートで起こった地震であり、海洋プレート内地震として最大規模のものである。震源に一番近い南極の基地であるフランスのデュモン・デュ ルビル基地では、すべての隊員が揺れを感じたと言われている。南極プレートはプレート内地震の発生頻度は少なく、比較的安定なプレートであると考えられていたため、この南極プレート内で最大規模の海洋プレート内地震の発生は衝撃的であった。また、この地震は、余震分布等からほぼ東西方向の横ずれ断層によるものと推定され (図2)、既存の東西走向の構造沿いに発生した地震である事が示唆されたが、周囲で知られている構造物は、ほぼ南北のフラクチャーゾーン(断裂帯)のみで、推定される断層の走向と全く一致しない。さらに、この地震の原因についても、南極プレートの動きからみた応力場では説明が難しく、氷床変動にともなう地殻の変動も有力な候補とされている。このように、南極プレート内巨大地震に関しては、その原因を含め、非常に謎が多く、基本的な情報である本震震源周辺の海底地形すら不明であった。原因解明のためには、震源付近の観測が必要であり、観測の実施が望まれていた。


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図1:南極巨大地震の調査海域および白鳳丸KH-01-3次研究航海のレグ2の測線(白線) を衛星による重力異常図上に示す。黒実線はプレート境界、白星印は南極巨大地震本震の位置。

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図2:南極巨大地震本震(白星印)および余震(黒丸)の分布。実線で囲んで海域が、調査海域。実線、破線でおよび灰色の線は、推定される横ずれ断層モデル。

南極プレート内巨大地震発生から約4年後、2001年11月から2002年3月にかけて、東京大学海洋研究所保有の観測船白鳳丸による、南極海を含むKH-01-3次研究航海が実施された。KH-01-3次研究航海のレグ2において、南極プレート内巨大地震本震震源付近の地球物理学的探査を、国際的にも初めて約1日の航海時間で実施する事ができた(図1)。

具体的な観測項目は、マルチビーム測深器による海底地形、プロトン磁力計による地磁気異常、および船上重力計による重力異常観測である。マルチビーム測深器は、船上から扇状に音波を発射し、幅をもって連続的に海底を測深するものであり、詳細な地形を面的に捉える事ができるものである。マルチビーム測深器は、効率的に海底地形の詳細を面的に明らかにできる事から、海底地形調査に大きな変革をもたらし、最近の観測船には標準装備となっている。第51次南極地域観測(2009-2010年)から就航した、新しい南極観測船「しらせ」にもマルチビーム測深器が搭載されている。

 観測船白鳳丸によるマルチ−ビーム測深器の調査結果から、本震の発生した直ぐ南側に、これまで知られていなかった海山の存在が明らかになった(図3)。この海山を以下、南極巨大地震海山と呼ぶ事にする。南極巨大地震海山上には、多くの東西走向の構造が見られる。さらに、周辺の堆積物の厚さ等を考慮すると、本震は、南極巨大地震海山の北側の、平坦な海底と海山の境界付近の、既存の東西走向の構造物沿いで発生したと推定された。


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図3:マルチ−ビーム測深器で得られた海底地形のイメージ。水深のカラースケールを右に、南極巨大地震本震を白星印、および余震を黒丸で示す。

 地磁気異常観測からは、南極巨大地震海山の北では、ほぼ東西走向の地磁気異常が観測され、既存の東西走向の構造物の存在を支持するものである。一方、南極巨大地震海山そのものは、ほとんど磁化を持たない事が明らかになった(図4)。海洋底や、海洋域の火山性の海山は、比較的強い磁化を保持しており、明らかな地磁気異常が通常見られる。しかしながら、南極巨大地震海山上では、地磁気異常はほとんど観測されなかった。これは、海山は火山性であるが、様々な極性をもつ磁化構造により磁化が相殺され、見かけ地磁気異常が観測されないか、大陸地殻のように強い磁化を保持していない事等が可能性として挙げられる。


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図4:地磁気異常観測から推定される地殻の磁化分布イメージを、海底地形の陰影図上に示す。磁化のカラースケールを右。南極巨大地震本震を白星印で、余震を黒丸で表す。南極巨大地震海山の北のほぼ東西走向の磁化構造を白線で示す。黒線は、南極巨大地震海山上の東西走向の構造物。

 さらに、船上で得られた重力異常を含む、より広域の衛星による重力異常の結果から、南極巨大地震海山付近の構造が、周囲の構造物の走向等と大きく違う事がわかった。さらに、南極巨大地震海山付近を境に、南北でも構造物の走向が変化している事が明らかになった。

 南極巨大地震海山上とその周囲の構造物の走向は、ゴンドワナ大陸として、かつて一体であった、オーストラリアと南極が分裂を開始した時期の海嶺の走向方向とほぼ同じである。さらに、南極巨大地震海山がほとんど磁化を保持していない事から、海山が大陸地殻である事が考えられる。このように、地形、地磁気、重力異常の結果をまとめると、南極巨大地震海山付近が、オーストラリアと南極間の初期分裂過程における、海嶺の進化過程で、捕獲された大陸地殻のブロックである事が示唆される。以上から、南極プレート内巨大地震は、大陸地殻と海洋地殻という大きな東西の構造的境界で発生した可能性が示される。

 南極プレート内巨大地震本震付近の調査において、マルチビーム測深器により得られた海底地形は、今まで知られていなかった東西走向の構造物をもつ海山を明らかにし、地磁気および重力異常の結果を含み、本震が発生した周辺の海洋底の構造に関して大きな制約を与え、初めて本地震の発生原因等の本格的な議論を可能とした。新しい南極観測船「しらせ」にもマルチビーム測深器が搭載されており、地磁気および重力異常観測も航路上で測定されている事から、KH-01-3次研究航海のレグ2で実施した観測船白鳳丸と同程度の調査が現在では可能となっている。南極プレート内巨大地震本震は、通常の南極観測船「しらせ」の航路近傍で発生しており、今であれば「しらせ」を使用した機動的な観測が可能であったと考えられる。南極海は未だ調査の難しい海域である事から、本事例のような観測には、南極観測船「しらせ」を機動的に使用した観測が今後期待される。

 最後に、本記事で紹介した、南極プレート内巨大地震本震周辺の地球物理探査結果の詳細は、以下の文献を参照されたい。

<文献>
Nogi, Y. (2013), Seafloor structure near the epicenter of the great 25 March 1998 Antarctic Plate earthquake, J. Geophys. Res. Solid Earth, 118, 13–21, doi:10.1002/jgrb.50059.


野木 義史(のぎ よしふみ)プロフィール

国立極地研究所教授、副所長、南極観測センター長。 専門は固体地球物理学。南極海、特に南インド洋を中心に、観測船や航空機による地磁気異常、重力異常や地形等の観測を行い、南極大陸を中心とした大陸の分裂過程に関する研究を行っている。南極観測隊に計4回参加し、観測隊長を一度務める。

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