シリーズ「南極・北極研究の最前線」第14回
- 2019.07.19
- 第18回 メルマガ
- シリーズ「南極・北極研究の最前線」, 研究, 南極, 北極
スリランカと昭和基地周辺域(リュツォ・ホルム岩体)の地質学的関連性
北野一平(九州大学大学院比較社会文化研究院 特任助教)
インド洋上の熱帯島国であるスリランカは、現地語で「光り輝く島」という意味でその名の通り宝石の産地として有名である。そのスリランカから南西へ約9000 km離れた東南極昭和基地周辺でも、スリランカと類似する岩石が露出している。これは、約6.5–5.0億年前に南米、アフリカ、マダガスカル、インド、スリランカ、東南極、オーストラリアの地質体が衝突・集合し、ゴンドワナ超大陸という巨大な大陸を形成したことに起因する(e.g., Meert and Lieberman, 2008)。スリランカと昭和基地周辺のリュツォ・ホルム岩体(Lützow-Holm Complex)はこの時の大陸衝突帯に位置し、大陸衝突により形成された岩石である高温変成岩が基盤をなしている。すなわち、この高温変成岩の解析により、ゴンドワナ超大陸の大陸衝突・集合過程を明らかにできる。
図1.ゴンドワナ超大陸復元図(Meert and Lieberman, 2008).
スリランカと昭和基地周辺域は大陸衝突帯(緑色の塗色域)に位置する.
スリランカとリュツォ・ホルム岩体ではこれまで膨大な先行研究が行われ、詳細な地質調査・岩石記載・温度圧力条件解析が実施されてきた。その結果、スリランカとリュツォ・ホルム岩体は複数の小岩体の集合体であり、これらの高温変成岩は600〜1100℃の高温〜超高温条件と時計回りの温度圧力変化を示すことが明らかにされている(e.g., Hiroi et al., 1983; Motoyoshi and Ishikawa, 1997; Osanai et al., 2006)。しかしながら、これらの小岩体が元々どのような岩石(原岩特性)で、いつどのように集合したのかは不明瞭である。
原岩特性の年代的特徴を把握するためには、ジルコンのU-Pb同位体年代が有用である。ジルコンは多様な岩石に普遍的に含まれ、少量のU, Th, Pbを含むためU-Pb系の放射壊変を利用した年代測定が可能な鉱物である。さらに、ジルコンは物理化学的耐久性が高く極めて丈夫であり、U-Pb系同位体の閉鎖温度が900℃程度と高温条件化でも安定に放射性Pbを保持できる。そのため、変成岩中のジルコンは、大陸衝突などの変成作用以前の原岩形成時の年代と変成作用時の年代の複数の熱履歴を記録している。そして、二次イオン質量分析計(SHRIMP: Sensitive High Resolution Ion Microprobe)またはレーザーアブレーション誘導結合プラズマ質量分析計(LA-ICP-MS: Laser Ablation Inductively Coupled Plasma Mass Spectrometry)などを用いた精密微小領域分析により、ジルコンから原岩特性と変成作用の両方に関する情報を引き出すことが可能である。
図2.野外地質調査の様子.(a)スリランカ、(b)東南極リュツォ・ホルム岩体.
スリランカの高温変成岩中のジルコンへの適用例を紹介する。スリランカの高温変成岩はワンニ岩体(Wanni Complex)、ハイランド岩体(Highland Complex)、ヴィジャヤン岩体(Vijayan Complex)の3つの岩体に区分されている。特に、ワンニ岩体とハイランド岩体では原岩特性の情報が乏しく、両者の境界分布も不明瞭であった。そこで、両岩体から広域的に地質調査を展開し、採取した45試料の高温変成岩からLA-ICP-MSによるジルコンU-Pb年代測定を行なった。
図3.南インド-スリランカ-東南極リュツォ・ホルム岩体間の小岩体原岩特性対比(Kitano et al., 2018).
(a)ゴンドワナ超大陸形成時の位置関係と推定岩体境界(赤点線)、
(b)スリランカ-南インド間のジルコン年代分布の対比.
黄色の塗色域は変成堆積岩中のジルコン年代確率分布を示し、
赤色の塗色域は変成火成岩中のジルコン年代幅を示す.
スリランカ・ハイランド岩体(一番上)は南インド・トリバンドラム岩体(上から4番目)に対比され、
スリランカ・ワンニ岩体(上から2番目)は南インド・アチャンコヴィル剪断帯(下から3番目)および
南マドゥライ岩体(下から2番目)に対比される.
その結果、ハイランド岩体は35–15億年前の変成堆積岩(堆積岩起源の変成岩)および20–18億年前の変成火成岩(火成岩起源の変成岩)で特徴付けられるのに対し、ワンニ岩体は11–7億年前の変成堆積岩および11–8億年前の変成火成岩で特徴付けられた。しかし、これらの原岩特性の年代分布と従来のワンニ岩体-ハイランド岩体境界は完全に一致しておらず、岩体境界の分布を再検討する必要性が示唆された。また、変成作用で再結晶したジルコンは両岩体で共通して6.5–5.0億年前の年代幅を示したが、6.5–6.0億年前の年代値はヴィジャヤン岩体では認められていない(e.g., Kröner et al., 2013)。先行研究を踏まえると、この変成年代の年代幅と相違は、6.5–6.0億年前にワンニ岩体とハイランド岩体が衝突し、続いて、5.8–5.5億年前にヴィジャヤン岩体が衝突し、衝突後の5.5–5.0億年前に3岩体で火成・流体活動が活発になった可能性を示唆する。そして、これらのワンニ岩体とハイランド岩体の原岩特性のジルコン年代特徴は、ゴンドワナ超大陸形成時に、スリランカと隣接していた南インドと東南極の地質体との対比により、スリランカのハイランド岩体は南インドのトリバンドラム岩体、東南極リュツォ・ホルム岩体スカーレングループと、スリランカのワンニ岩体は南インドのアチャンコヴィル剪断帯および南マドゥライ岩体、東南極リュツォ・ホルム岩体オングルグループおよび奥岩グループとそれぞれ同じ起源である可能性が示唆された。詳しくは、Kitano et al. (2018)を参照されたい。
一方で、東南極リュツォ・ホルム岩体に関しては、構成岩石種によってスカーレングループ、オングルグループ、奥岩グループに区分されていたが、近年のジルコンU-Pb年代データからこの岩体区分の再検討の必要性が示唆されている(e.g., Takahashi et al., 2018)。また、スリランカの岩体との関連性もまだ不明瞭であり、リュツォ・ホルム岩体広域からジルコン年代特徴を明らかにする必要がある。そこで、2016年度に第58次日本南極地域観測隊夏隊に同行者として、2018年度に第60次日本南極地域観測隊夏隊に隊員として参加し、リュツォ・ホルム岩体広域の地質調査を遂行した。結果として、リュツォ・ホルム岩体20露岩域の調査ができ、南はボツンヌーテン、東は新南岩までの東西約200 km×南北約200 kmのほぼ全域を網羅できた。今後は、これらの試料からスリランカ変成岩と同等の高精度かつ膨大なジルコン年代データを取得し、リュツォ・ホルム岩体の原岩特性の把握と岩体区分の再検討、そしてスリランカの変成岩体との関連性を考察し、ゴンドワナ超大陸形成時の大陸衝突過程を明らかにしていきたい。
文献
北野 一平(きたの いっぺい)プロフィール九州大学大学院比較社会文化研究院特任助教。地質学、変成岩岩石学、年代学を専門とする。2018年に九州大学大学院地球社会統合科学府博士後期課程を修了し、博士(理学)を取得した。第58次夏隊(同行者)、第60次夏隊(隊員)に参加し、昭和基地周辺域〜アムンゼン湾周辺域の広域地質調査を実施した。 |