メールマガジン 第8号(2017年1月16日発行)

シリーズ「南極観測隊~未知への挑戦」 第5回

地震アレイ観測現場から 第56次夏隊員・第58次越冬隊員 中元 真美 東オングル島内水準測量の手伝い。背景に映るのは接岸した南極観測船「しらせ」と南極大陸。  「南極に行ってみる気はあるか?」そう問われ私が初めて南極行きを意識したのは博士論文提出を翌年春に控えた秋のことでした。昔からただ漠然と南極に興味を持っていたので軽い気持ちで行きたいと返事をしていました。それから年が明け2月、改めて参加意思を

シリーズ「南極観測隊の生活を支える技術」 第8回

南極昭和基地での太陽エネルギー利用 国立極地研究所極地工学研究グループ 石沢 賢二 1. はじめに  昭和基地は南緯69度にあり、太陽高度も最大で40度と低いため、エネルギーとしての太陽光利用はあまり期待できないと思われがちです。しかし、年間の積算日射量は、日本国内と同等であり、夏期には東京の約3倍の量があります(図1)。 図1 昭和基地と東京の全天日射量  南極で日射量が大きい理由として第一にあ

シリーズ「南極観測隊員が語る」第5回

第58次南極地域観測隊 越冬隊員 一般研究観測担当 鈴木 裕子 インタビュアー:福西 浩 インタビューは2016年10月25日に国立極地研究所(東京都立川市)の南極観測センターで行いました。 福西 最初に子供時代のことが知りたいのですが、出身はどこですか。 鈴木 新潟県出身で、現在は新潟市に編入されているのですが、昔は西蒲原郡と呼ばれていた所です。小学校は木山小学校という、ちっちゃな、全学年1クラ

シリーズ「南極観測隊員が語る」第6回

第58次南極地域観測隊 越冬隊員 環境保全担当 葛西 尚 インタビュアー:福西 浩 インタビューは2016年10月25日に国立極地研究所(東京都立川市)の南極観測センターで行いました。 福西 今回、南極観測隊に応募されるきっかけは何だったですか。 葛西 応募するきっかけは、インターネットでいろいろなホームページを見ていた時、たまたま自分と同じ消防職員で南極に行った方のホームページにヒットしました。

シリーズ「極地からのメッセージ」 第7回

グリーンランド単独徒歩行 夢を追う男 阿部 雅龍 3年連続で北極に通っている。2016年も2月から6月、グリーンランドに行っていた。 グリーンランドの北端、北緯77度、北極点までわずか1,500kmほどにシオラパルクという村はある。ここにはグリーンランド西海岸を単独で歩くために来た。80日間で海氷上を1,200km歩く計画である。食料や燃料などを積んだ150kgのソリを引いて歩く。日本から空路で少

シリーズ「南極観測隊エピソード」 第7回

南極観測と朝日新聞その7 4次越冬の福島伸隊員の遭難死 元朝日新聞社会部記者 柴田鉄治  生きていたタロ、ジロを発見した第3次隊の活動をピークに、南極観測事業に対する国民の関心もしだいに冷めてきて、朝日新聞社も特派員を同行させることを、第4次隊をもって一旦打ち切り、第5次、第6次隊には同行記者を送らなかった。  第4次隊に送り込まれた朝日新聞の同行記者は犬養堯記者で、優れたセンスを持った名文記者と

シリーズ「極地の観光」第3回

氷河・南十字星・オーロラを求めて 日本極地研究振興会会員 狩野 通男  日本が国家事業として南極に観測隊を送る事は、昭和31年中学1年生の時、兄より教えられて知りました。新聞の記事を切り取ってスクラップブックを作り始めました。読んでいるうちに氷河・南十字星・オーロラは日本では見られない事を知りました。観測隊を送るための基金に私も出し、朝日新聞に名前が載りました。公益財団法人日本極地研究振興会が出版

シリーズ「南極・北極研究の最前線」 第9回

日本ベルギー共同隕石探査 国立極地研究所助教 今栄 直也 探査の概要  日本とベルギーとの共同隕石探査は、これまで、第51次夏隊 (2009-2010年)、BELARE (2010-2011年)、第54次夏隊 (2012-2013年)の3回実施され、合計1200個ほどの隕石採集に成功している。地圏研究グループが中心となりセールロンダーネ地域での地質・地形を主とする調査と隕石探査を第VII期(200

シリーズ「南極観測隊員が語る」第4回

第58次南極地域観測隊 越冬隊員 医療担当 大江 洋文  服部 素子 パキスタンカラコルムのバツーラ氷河で 米国ジョシュア・ツリー国立公園で インタビュアー:福西 浩 インタビューは2016年10月27日に国立極地研究所(東京都立川市)の南極観測センターで行いました。 福西 最初に、子供時代は何に興味があったのか、また、南極のことを考えたことがあったのか、その辺のことをお話しください。 大江 私は

シリーズ「南極観測隊員が語る」第3回

第58次南極地域観測隊 越冬隊員 野外観測支援担当 土屋 達郎 インタビュアー:福西 浩 インタビューは昨年11月25日に、日本極地研究振興会の立川事務所で行いました。 福西 最初に、土屋さんの小中高時代を教えてください。 土屋 産まれた所は、東京の保谷市、当時はまだ市じゃなかったと思うんですが、ひばりが丘です。小学校は練馬の小学校で、両親の都合で転校して、東村山市の秋津小学校に通いました。中学校