シリーズ「最新学術論文紹介」第3回

白瀬氷河下流の氷山を活用したGPSブイによる氷河流動と海洋潮汐の観測

国立極地研究所助教 青山雄一

東南極リュツォ・ホルム湾の最南部に流れ込む白瀬氷河 (図1a) は、 南極氷床で最も速く流動する氷流のひとつである。氷流は氷床の氷質量を海洋へ輸送し、全球的な海面上昇に作用する。そこで我々は、地球環境変動監視の一環として、GPSを活用した白瀬氷河流動の直接観測を実施してきた。今回、これらの観測結果を紹介する。
第51次隊で、1周波GPS受信システム(図1b)で白瀬氷河の水平方向の流動計測を実施した。このシステムは、海流などを測定するゼニライト社製漂流ブイ(直径30cm、重量5kg、カーナビやハンディGPSで用いられる精度数mの1周波GPS受信システム、イリジウム衛星データ通信装置、6V4.5Ah鉛バッテリ、8V0.99Wの太陽電池パネルを装備)とヘリコプターからの吊り降ろし設置用の海洋電子社製設置用架台 (重量50kg) で構成される。
2010年2月5日に、1周波GPS受信システムを白瀬氷河下流の氷山集合体 (conglomerate of icebergs) 域に設置し(図1aのJ-51EとJ-51W)、30分毎の水平位置情報(経度・緯度)を衛星データ通信 (イリジウムショートバーストデータサービス)で国内に自動転送 (電子メール) する無人観測を、電池切れで停止するまでの約3ヶ月間実施した。この間の平均流動ベクトルは、白瀬氷河下流の東側でN1.4°Eの方向に5.79 m/日、西側でN13.1°Wの方向に7.01 m/日であり、白瀬氷河は東西端で異なる方向・速度で流動していることが示された。

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図1: リュツォ・ホルム湾に張り出した白瀬氷河下流におけるGPS観測点分布(a)と氷河流動観測用GPS観測システム(b〜d)。(a)GLはグランディングライン、CFはカービングフロントを示し、黒点線は幅約10kmの白瀬氷河の両端を示している。GL(黒実線)、CF(緑太線)と黒点線で囲まれた領域は浮氷舌、CFよりも下流の黄色い点線に囲まれた領域は、氷山の集合体 (conglomerate of icebergs) を表す。J-51EとJ-51Wは1周波GPS受信システムの観測点、J-53は2周波GPS受信システムの観測点の位置を示す。GLから伸びる緑色の矢印は、衛星合成開口レーダー観測で推定された流動ベクトル、ピンク色の矢印はGPSで観測された流動ベクトルである。ピンク色の丸印は海洋潮汐が観測された、昭和基地西の浦潮位観測点(Syowa Station)、弁天島沖のGPSブイ観測点 (off Benten Island)、海底圧力計観測点(OBP)の位置を示す。(b)1周波GPS受信システム。(c) 2周波GPS受信システム。(d) 2周波GPS受信システムの設置状況。

次に第53次隊で、精密測地観測用2周波GPS受信システム(図1c)を用いた3次元流動計測を実施した。このシステムでは、雪に埋まらないように50cm長の脚を持ち、ヘリコプターからの吊り降ろし設置、釣り上げ回収を考慮した架台に、2周波GPS受信機 (測位衛星技術社製GEM-1) とリチウムイオン1次電池 (14.4V、432Ah)を納めたペリカンケースを赤いガムテープで固定している (高さ107cm、重量35kg)。GEM-1は低消費電力型 (〜2.6W) の測地観測用2周波GPS受信機で、今回使用したリチウム1次電池で約4ヶ月間連続観測が可能である。1秒毎の測定データは1日あたり120MB程度のファイルサイズになり、2枚の8GBのSDHCカードを使うことで約136日間分のデータを記録することが可能である。
衛星データ通信装置は搭載していないため、測定データの回収にはGPS受信システム自体を回収する必要がある。そこで、ヘリコプターが利用可能な夏期間に観測を実施した。2011年12月28日、白瀬氷河のカービングフロント(CF) 付近の氷山集合体 (図1aのJ-53) 域にヘリコプターから2周波GPS受信システムを吊り下げて設置し、2012年2月14日にヘリコプターから釣り上げて回収を行った。
回収したGPS測定データから、2012年1月20日頃からシステムの傾きが大きくなり、1月24日頃には完全に横倒しになり、その後はアンテナが雪に埋まり、一方の周波数の電波しか受信できていないことが分かった。そこで、2011年12月29日から2012年1月21日の約24日間のデータを解析に用いた。GPS測定データの解析には、参照点を必要とせず、単独で位置を決定することができる精密単独測位 (Precise Point Positioning; PPP) 解析用プログラムパッケージ GPSToolsを用いた。
30秒間隔に間引いたGPS測定データから決定したGPS受信システムの瞬間位置 (解析精度は4-5cm) を図2に示す。この30秒毎の瞬間位置の変化 (変位) は、GPS受信システムを設置している白瀬氷河下流の氷山集合体の氷山の流動を表している。水平方向 (図2a) には、この期間に平均6.23 m/日の速度でN23.8°Wの方向に直線状に流動した。1周波GPS受信システムの結果とまとめると、白瀬氷河の東端から西端にかけて流動速度が増加し、流動方向が西寄りになることが示された。一方、図2bに示す鉛直方向 (高度−緯度断面) の変位は潮汐変動が顕著に見られる。PPP解析では、潮汐による固体地球の変形 (固体地球潮汐) も決定された位置情報に含まれる。観測された潮汐成分から海洋潮汐成分だけを導出するために、国際地球回転事業で使われている固体地球潮汐予測値を計算し、観測された30秒毎の南北/東西/鉛直変位データそれぞれから差し引いた。これらのデータはローパスフィルター適用後、1時間間隔に間引き、潮汐解析プログラムを用いて、海洋日周・半日周潮汐解析を行った。1時間毎の変位データの不確定性は0.5cm程度であるので、4〜30cmの振幅 (鉛直成分) を持つ海洋日周・半日周潮汐の主要分潮成分を十分な精度で求めることが可能である。

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図2:2011年12月29日から2012年1月22日の期間に、2周波GPS受信システムで観測した白瀬氷河の水平方向 (a)と鉛直方向 (b) の流動。鉛直方向のGPSで得られる楕円体高から標高への変換には、ジオイドモデル(EGM2008)と平均力学海面高 (DTU10)を用いた。

図3に白瀬氷河下流で観測された海洋日周・半日周潮汐成分 (赤線) と潮汐残差成分 (緑線) を示す。南北/東西成分に関しては、潮汐残差から氷河流動の線形成分も差し引いている (青線)。潮汐残差成分に顕著な日周・半日周成分が見られないことから、海洋潮汐成分の分離が十分にできていると判断し、観測された海洋日周・半日周潮汐の主要分潮 (Q1、O1、P1、K1、N2、M2、S2、K2) の振幅と位相 (グリニジ位相) を海洋潮汐モデル(FES2012、TPXO8) と比較した (図4)。またあわせて、昭和基地西の浦験潮儀、弁天島沖に設置したGPSブイ、リュツォ・ホルム湾沖水深約4000mに設置した海底圧力計 (OBP) で観測された海洋潮汐も比較しているが、FES2012とTPXO8の海洋潮汐モデルの値は、浅海域にある昭和基地の験潮儀の観測値と良い一致を示した。

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図3: 海洋潮汐を分離した南北(a)、東西 (b)、鉛直 (c) 方向の位置変化。分離した海洋潮汐成分を赤線で、またその残差成分を緑線 (鉛直成分)で、位置決定誤差を黄線で示す。水平成分 (南北と東西成分)については、氷河流動の線形成分も差し引いている (青線)。

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図4: 海洋潮汐観測値と海洋潮汐モデル(FES2012、TPXO8)の比較。海洋日周・半日周潮汐の主要分潮 (Q1、O1、P1、K1、N2、M2、S2、K2)の振幅と位相 (グリニジ位相)をベクトル表記している。水色矢印が白瀬氷河での観測値であり、矢印先端の円は推定精度を表す。白瀬氷河以外の海洋潮汐観測値 (観測点位置は図1に示す)、海洋潮汐モデルの分潮成分の表記については図中の凡例に示す。

一方、白瀬氷河下流の観測値は、OBPや弁天島沖など水深が大きい海洋での観測値に近い傾向を示した。潮汐解析期間が約24日と短いことから、P1とK1分潮、S2とK2分潮の分離が十分ではないため、この4つの分潮の推定誤差 (円で表示) は大きい。しかし、推定誤差が小さいO1やM2分潮では海洋潮汐モデルの振幅と85-93%、位相差で6-12度で一致しており、白瀬氷河下流の氷山集合体などにある氷山の上にGPSを設置することで、海洋潮汐観測も可能なGPSブイとして利用できることが示された。深海域の海洋潮汐観測値を増やすことで海洋潮汐モデルの高度化、あるいは氷河流動と海洋潮汐が同時に測定により海洋潮汐が誘導 (抑制) する氷河流動の定量的な評価などに、氷山GPSブイの活用が期待される。
潮汐残差成分の鉛直成分 (図3c) に注目すると、24日間で1.94±0.05 m (8cm/日) のゆっくりとした沈降が見られる。今、この沈降が氷山の底面融解による効果と仮定する。RACMO2.3モデルによると、この24日間でのフィルン層の厚さ変化は0.1±0.02 mであることから、(1.94-0.10)×0.917 ≒ 1.69 m の氷表面の沈降を意味する (氷密度は0.917 g/cm3)。氷密度と海水密度 (1.03 g/cm3) の差を考慮すると、24日間で15.0±0.4 mの氷厚変化に相当する (-0.63±0.02 m/日)。 南極の棚氷の表面沈降は年間4 m程度であることが示されているが、白瀬氷河下流の氷山は夏期間の沈降率をそのまま外挿すると年間25.7±0.8 mの沈降になることから、6-7倍大きいことになる。データを蓄積し、より詳細な検証が必要であるが、氷山GPSブイは底面融解 (海水温) 推定にも利用可能であることが示唆された。今後、白瀬氷河下流の氷山集合体に測地観測用2周波GPS受信システムを設置し、氷河流動、海洋潮汐(海水準変動)、底面融解 (海水温) の長期間の観測を通じて、全球的な海面上昇や地球環境変動の監視に貢献していきたい。

この論文紹介は、主に以下の論文をまとめたものである。詳細は、本論文およびその引用文献を参照されたい。

Aoyama, Y., T.-H. Kim, K. Doi, H. Hayakawa, T. Higashi, S. Osono, and K. Shibuya (2016): Observations of vertical tidal motions of a floating iceberg in front of Shirae Glacier, East Antarctica, using a geodetic-mode GPS buoy, accepted in Polar Science.

青山 雄一 (あおやま ゆういち) プロフィール

国立極地研究所助教、総合研究大学院大学助教。2000年総合研究大学院大学数物科学研究科天文科学専攻修了、理学博士、京都大学宙空電波科学研究センター (後に生存圏研究所) 研究員、情報通信研究機構専攻研究員、国立極地研究所助教を歴任。第36次、第49次越冬隊、第55次夏隊に参加。専門は測地学的手法を用いた地球計測。

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