シリーズ「日本の南極地域観測事業を支える企業たち」第2回

KDDI株式会社~昭和基地のインテルサット衛星通信とLANを守る~

第59次南極地域観測隊員インタビュー

越冬隊員 齋藤 勝

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南極・昭和基地のインテルサット衛星通信設備
(写真は第56次隊・田村勝義隊員提供)

南極の昭和基地と1万4千キロ離れた日本との通信手段は当初は短波通信しかなく、わずかな情報しか送ることができませんでした。その後、第29次隊(1988年)からインマルサット衛星通信が利用できるようになりかなり改善されましたが、第45次隊によって2004年に昭和基地に直径7.6mのパラバラアンテナをもつインテルサット衛星通信設備が建設され、本格的な衛星通信時代を迎えました。
KDDI株式会社は第46次隊(2005年)から南極観測隊に社員を派遣し、インテルサットおよび昭和基地内LANの保守・運用を担っています。第59次隊には齋藤勝さんが越冬隊員として参加します。そこで南極に向けて出発する直前に南極に駆ける思いを伺いました。

インタビューは平成29年10月19日に国立極地研究所南極観測センターで行いました。

インタビュアー:福西 浩

福西 南極に出発する準備でお忙しい中でお時間を割いていただきありがとうございます。最初に、これまでどんな仕事をされてこられたのかお聞かせください。
齋藤 私の会社人生はもう30年近くになります。元々はNEC系列のNECシステム建設、現在はNECネッツエスアイという社名に変わっていますが、そこで大規模な電話交換機の開発を約6年やりました。その後、KDDIの前進である第二電電に転職し、最初は電話交換機の運用業務を担当しました。固定電話網のIP(インターネット・プロトコル)化の進展にともなって業務も変わり、IP設備であるルーター・スイッチなどの保守運用をKDDI新宿ビルで約10年間担当しました。最近の2年間は沖縄にあるKDDI保守拠点で通信設備の保守運用を担当していました。ここには日本と米国やヨーロッパと結ぶ海底光ファイバーケーブルの陸揚げ設備もあり、その保守も担当していました。
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鳳凰山の山頂で

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ペルーのマチュ・ピチュ遺跡で

福西 齋藤さんは様々な経験を積んでこられましたが、南極に行こうと思った動機は何ですか。
齋藤 KDDIは2005年に昭和基地と日本とのインテルサット衛星通信を担当することになり、第46次南極観測隊から毎年1名社員を越冬隊に派遣しています。自分も当時応募しようと考えました。ただ南極はあまりにも未知な大陸でしたし、越冬隊ですと1年半も日本から離れることになるので、応募するのを少し躊躇したんです。でもその時から13年経ち、KDDIの社内選考の年齢制限から応募する最後の年になってしまったんです。今手上げないと後で後悔すると思いまして、最初で最後だったんですけれど、手を上げましたら運よく社内選考で残ることができました。
福西 社内選考はどのようなかたちで進められるのですか。
齋藤 年に1回ですが社内公募が掛かります。業務の一環でお前行けよというわけではなく、社内公募という形で広く募集をかけておりまして、書類選考と面談を経て決定するかたちです。
福西 自分の子供時代を振り返って南極とつながるような思い出はありますか。
齋藤 残念ながら南極と直接つながる思い出はありません。でも私はどっちかというと子供の頃から宇宙への憧れがあり、例えば天文学者とか宇宙飛行士みたいなものになりたいとずっと思っていました。実はNECシステム建設に入る前に何カ所かそういった関係の機関を受けたんですがうまくいきませんでした。ただ南極はオーロラが出る場所なので宇宙に近いと感じています。
福西 そうですね、「南極は宇宙の窓」と言われてますよね。
齋藤 そうですね、そういう意味で南極には惹かれます。

南極での仕事

福西 1年間昭和基地に滞在されることになりましたが、越冬隊でどのような仕事をされるのでしょうか。
齋藤 越冬隊の中で通信関係の仕事は3名が担当します。私がLAN・インテルサット部門担当で、他に多目的アンテナ担当隊員と無線機を使った通信担当隊員がいます。多目的アンテナは直径11メートルのパラボナアンテナで、VLBI観測に使われています。VLBIは、電波星(クエーサー)から発せられた電波を地球上の何か所かで同時に受信し、南極大陸と数千km離れた他の大陸間の距離をわずか数ミリメートルの誤差で測ることができます。無線機を使った通信は内陸や沿岸に出た調査隊との通信に使われます。
LAN・インテルサット部門担当の私の仕事は、昭和基地内のインターネットを使う観測設備や隊員のパソコンをつなぐLANの保守・運用と、昭和基地と日本を結ぶインテルサット衛星通信設備の保守・運用です。これらの設備が故障すると日本との通信は途絶え、観測データや研究者のレポートなど一切送れなくなるので、正常な環境を維持するという大きな役割があると思っています。
福西 インテルサット衛星通信ではだいたいどれくらいの情報量を常時送れるのですか。
齋藤 そうですね、3Mbps程度です。ちょっと分かりずらいかも知れないんですが、日本でいうと20年前のISDN(電話デジタル回線)が出た頃よりもちょっと良い程度です。
福西 やはり衛星通信が実現したと言っても無制限ではなく、送れる情報量に限りがある状態ですね。
齋藤 そうです。衛星通信のコストは非常に高いので、そうした制限があります。
福西 やはり衛星通信が実現したと言っても無制限ではなく、送れる情報量に限りがある状態ですね。
齋藤 そうです。衛星通信のコストは非常に高いので、そうした制限があります。

日本での訓練

福西 実際その仕事を昭和基地で担当するために南極に行く前の準備としてどのような訓練をされたのですか。
齋藤 そ自分自身が足りない部分を補うために日本国内でいろいろな訓練を受けました。先日は山口県にあるKDDI山口衛星通信センターで訓練を受けました。そこには直径5メーター、10メーター、あるいはそれ以上大きなパラボラアンテナが20数機あります。昭和基地に設置してあるインテルサット通信アンテナと同じ型のアンテナもありまして、それを使って昭和基地で運用できる技術を身につけるために1週間かけて訓練を受けました。
福西 昭和基地と同じ設備を使って訓練を受けたそうですが、南極の厳しい環境下では想定外のことが起こることもあると思いますが。
齋藤 いろいろあると思います。昭和基地のインテルサット衛星通信設備は基地の中心部からかなり離れた場所にあります。ブリザードの時の対応ですが、A級ブリザード(視界100m未満、風速25m/s以上)では外出禁止ですが、もう少し弱いブリザードの時に、隊長の許可を取ってインテルサット設備の保守のためにライフロープをつたって外出する必要が出てくる場合もあると思います。また地球の公転と太陽の位置関係によって太陽が人工衛星の背後を横切り通信ができなくなることが年に6、7回起こりますが、その時は太陽が通り過ぎるのを待つことになります。
福西 南極ではどんなトラブルが起こっても自分で対処しなければならないわけですが、トラブルに対処するための予備品を調達しましたか。現在昭和基地で越冬中の隊員から、こんなものが必要だという連絡が来ていると思いますが。
齋藤 はい、いろいろと連絡が来ています。インテルサット関係が主ですが、何分特殊な機材ですからそれなりに高価ですね。予算繰りで難しい部分もありますが、LAN・インテルサットは昭和基地の生命線ですので、ちょっとご無理を言ってなんとか調達することができました。

越冬生活の心構え

福西 KDDIからは毎年南極観測隊に社員を派遣されていますが、KDDIの南極観測隊OBの方からいろいろな経験を聞かれたのですか。
齋藤 そうですね、いろいろと聞きました。経験知が大切だと思っています。やはり経験したことを聞いていれば、それと同じことが起こったら場合に対処の仕方があらかじめ予想がつきますので。
福西 昭和基地での1年を乗り切るためにどういうことに気をつけようと思っていますか。越冬生活では自分の仕事だけでも大変ですが、他の隊員の仕事を手伝うことも多いので、1人で3人分くらいの仕事をするという感じはありますよね。
齋藤 そうですね。自分の仕事でも一人ではできない部分がかなりありますので、その場合は他の隊員に助けてもらいます。やはりみんなの協力体制が大切ですね。常日頃からギブアンドテイクなので協力体制で臨みなさいと南極観測隊OBのどなたも同じことを言われますので、それを大事にしたいと思っています。まずは自分の仕事をやりつつ、いかにのりしろをもって皆さんに協力できるかってとこなんですけど、ぜひ協力していきたいと思っています。

越冬生活で楽しみたいもの

福西 越冬生活は長いので趣味で持っていかれるものはありますか。
齋藤 そうですね、趣味では自転車を持って行きます。あとは昨日、三線買いました。1年かけて練習して弾けるようになりたいと思っています。
福西 そういえば昨年まで沖縄勤務だったんですよね。
齋藤 はい。沖縄にいた時は全く三線をやろうと思ってなかったんですが、南極に行くと冬季は少し時間ができ、練習できるよと言ってもらったので。今回の隊は楽器を持っていく人が結構います。ギターなど。
福西 写真を撮るのは好きですか。
齋藤 好きですね。ただ、あまり高額なカメラを持っていなかったんですが、今回はちょっと良いカメラとレンズを買いました。それでオーロラや星を撮ろうと思っています。
福西 日本極地研究振興会が毎年発行しています南極カレンダーにぜひ応募して下さい(笑)。
齋藤 普通に撮るだけじゃダメですもんね。珍しい写真とか絶景とか(笑)。
福西 あと南極でこれは見たというものはありますか。
齋藤 そうですね、やはりオーロラ以外にはペンギンやアザラシですね。環境保護からあまり近くでは見れませんが、南極の自然の中で生きている姿を見てみたいですね。

観測隊の仲間たち

福西 もう3ヶ月くらい観測隊の仲間と一緒に、ここ国立極地研究所の南極観測隊員室で仕事をされていますが、チームワークはどうですか。お互いに気心が知れてきましたか。
齋藤 そうですね。アフターファイブでも楽しく交流しています(笑)。
福西 お酒が好きな方多いですか。
齋藤 多いですね(笑)。お酒が本当に好きな人は何でも呑むようですが、僕はビールと芋焼酎とウイスキーが好きです。
福西 調理担当隊員が準備する酒類以外に、自分の好みのお酒を南極に持って行くことはあるんですか。
齋藤 もちろんあります。好きな日本酒の銘柄ってありますよね。人によって。それは自分で調達します。
福西 昭和基地にはバーもありますしね。
齋藤 ええ、調理担当隊員が事前に酒類についてヒアリングしたんですが、今回の隊はみんな凄いですよ、飲む量が。好きだし、飲むし、お酒が切れてしまわないか心配しています(笑)。
福西 観測隊にはいろいろな違う職業の人がいますね。技術者だけではなく、研究者もお医者さんも料理人もいて。これからそういう人たちと1年間一緒に過ごすことになりますが。
齋藤 すごい経験になると思いますね。うちの会社の選考の面談の時にも話したんですが、これからの時代を担う子供たちに南極の素晴らしさを伝え、興味を持ってもらえる様な仕事がしたいですね。子供たちには観測隊の生の声が一番分かりやすいと思うんです。59次隊では昭和基地と日本の小・中・高校を結んだ南極授業や南極教室を30回くらい開催することを予定しています。LAN・インテルサットによる技術的サポートがなければそれが実現できないので、その担当として頑張りたいと思っています。
福西 日本極地研究振興会は教員南極派遣プログラムを国立極地研究所と共催で実施しているのですが、将来はこのプログラムをさらに発展させ、多くの企業の支援を得て、たくさんの学校が同時に参加できる形式の南極授業や南極教室が開催したいと思っています。
齋藤 それが実現するといいですね。やはりメディアの影響は大きいですから、テレビなどでも南極のことをどんどん取り上げてもらいたいですね。
福西 日本日はいろいろなお話をお聞かせくださりありがとうございました。南極での活躍を応援しております。

インタビュアー:福西 浩(ふくにし ひろし)

プロフィール

公益財団法人日本極地研究振興会常務理事、東北大学名誉教授。東京大学理学部卒、同理学系大学院博士課程修了、理学博士。南極観測隊に4度参加し、第22次隊夏隊長、第26次隊越冬隊長を務める。専門は地球惑星科学で、地球や惑星のオーロラ現象を研究している。

南極とKDDI株式会社

KDDIは、2005年の第46次越冬隊から毎年1名の隊員を南極地域観測隊に派遣しています。KDDIから参加する隊員は、LAN・インテルサット部門に所属し、大きく2つの役割が課せられます。
1つは、インテルサット衛星通信設備の運用保守業務です。昭和基地にはインテルシェルターと呼ばれる衛星通信設備を収容する棟屋があり、インテルシェルターの隣にはレドームと呼ばれる黒い球体状の施設があります。このレドームの中には衛星アンテナが収容されており、これらの設備を代々LAN・インテルサット部門が保守してきました。
昭和基地からは、主にこの衛星アンテナと衛星通信設備を使ったインテルサット衛星通信により、昭和基地外とやり取りをしています。インテルサット衛星通信は、山口県にあるKDDI山口衛星通信センターを経由しており、障害や計画作業等の際は連携した対応が求められています。
もう1つの役割は、昭和基地内LANの運用保守業務です。昭和基地内にある様々な棟屋には、LAN NWが敷設されています。先述の衛星通信のデータは、このLAN NWを通じて様々な棟屋から授受されています。また外部とのデータ通信だけでなく、昭和基地内でのサーバやIP電話といった設備についてもLAN担当が扱っています。加えて、PCやプリンタ、ソフトウェア全般等のOAサポートからテレビ会議システムやNWカメラの整備等も行っています。
観測データならびに隊員の家族通話利用といった、非常に重要な通信回線を提供・保守できることを光栄に思い、今後も極地研究所ならびに越冬隊員をサポートしていきます。

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KDDI山口衛星通信センターの遠景写真

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