シリーズ「日本の南極地域観測事業を支える企業たち」第5回

株式会社日立製作所~昭和基地の生活インフラを担う~

第59次南極地域観測隊員インタビュー

越冬隊員 船木 覚

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オーロラと昭和基地(第59次越冬隊・船木隊員撮影)

日立製作所は南極観測事業に大きな貢献をしてきました。2009年に就役した南極観測船・砕氷艦しらせは世界トップクラスの砕氷能力をもち、30,000馬力のディーゼル電気推進システムで氷厚1.5メートルまで連続砕氷航行が可能ですが、日立製作所はこの電気推進装置の開発を担いました。また1966年の第8次南極越冬隊から今日まで、のべ40名の社員を南極地域観測隊に派遣し、昭和基地の発電システムなどの生活インフラを担ってきました。第59次南極観測隊では日立製作所サービス&プラットフォームビジネスユニット所属の船木覚さんが参加することになりました。そこで南極に向けて出発する直前にインタビューさせていただきました。

インタビューは平成29年10月19日に国立極地研究所南極観測センターで行いました。

インタビュアー:福西 浩

福西 南極に出発される直前のお忙しい時期にインタビューのために時間を割いてくださりありがとうございます。それでは最初に船木さんが現在会社でなさっている仕事ついて紹介していただけますか。
船木 私が所属する日立製作所サービス&プラットフォームビジネスユニットは電力・水・鉄道、その他もろもろのインフラ設備の製造やメンテナンスサービスをやっている部署で、私は発電制御盤に必要な装置や基板を保守する品質保証部で働いています。
福西 今回南極に行くことになったきっかけは何ですか。
船木 日立製作所は以前から、主に品質保証部より南極観測隊に隊員を派遣しています。かなり前になりますが、南極観測隊に参加したOBから体験談を聞き、自分も南極で仕事をしてみたいと思いました。普通は20代から30代前半の若い人が派遣されているのですが、今回はたまたま20代、30代に適任者がおらず、40代の私が選ばれました。幸運だったと思っています。
福西 かなり前から希望を出されていたとのことですが、いつ頃からですか。
船木 そうですね、10年くらい前からずっと希望を出していました。
福西 10年越しの夢がようやく実現したわけですね。おめでとうございます。では昭和基地で担当される仕事について教えてください。

昭和基地での仕事

船木 昭和基地の電力設備としましては240kWの発電機が2台あります。これを交代で運転し、基地の電力をまかなっています。発電機のエンジン部の保守運用はヤンマー株式会社から派遣される尼嵜隊員が担当します。私の方は発電機と制御盤の保守を担当します。これが私のメインの仕事です。
福西 その他にどんな仕事がありますか。
船木 昭和基地では自然エネルギーを利用した太陽光発電や風力発電が拡充されつつありますが、それらの設備のメンテナンスも私が担当します。
福西 太陽光発電ではどの程度の電力が得られるのですか。
船木 昭和基地に設置されている太陽電池パネルは約700枚で、最大発電能力は約70kWです。冬期は使えませんが、最大の発電量が得られるのは太陽が沈まない12月で、全消費電力の約7%を太陽光発電で賄うことができます。
福西 将来太陽光発電がさらに伸びていくといいですね。風力発電の方はどうですか。
船木 昭和基地にはすでに20kWの風力発電機が2機設置されています。今回3機目を設置します。
福西 3機目の設置も船木さんの仕事ですか。
船木 いいえ、設置は他の隊員が担当します。59次隊では設置だけで、使用するのは60次隊以降からの予定です。
福西 昭和基地の冬季は、強風が1日中吹き荒れるブリザードがかなり頻繁にやってくる過酷な環境ですので、風力発電機はこれまでもよく故障したようですね。今回は故障対策を考えていらっしゃるのですか。
船木 そうですね、風力発電機を定期的に止めて、十分な点検をやっていきたいと思っています。
福西 その点検は1人ではできないと思いますが、他の隊員に手伝ってもらうのですか。
船木 風力発電機は回しながら試験したり、回っている所を作業する必要があります。そこでちょっと気を抜くと怪我する危険性がありますので、みんなで協力して安全な作業を心掛けたいと思っています。

南極に出発するまでの準備

福西 すでにここ国立極地研究所の南極観測隊員室で勤務されて3か月ほどになりますが、どのような準備をされてこられたのですか。
船木 これまでにやってきた準備としては、発電機と制御盤の保守に必要な資材を調達する仕事と各種の訓練への参加がありました。資材の調達はそれほど多くはなかったのですが、訓練の方は大変でした。発電機制御盤の訓練は日立製作所で、発電機エンジン部の訓練はヤンマー株式会社でやりました。
福西 発電機制御盤の訓練では日立製作所から南極に派遣されたOBの方にいろいろと教えてもらったのですね。
船木 そうです。保守でむずかしい所など、いろいろと質問しました。また実習も昭和基地に設置されているのと同じ様な装置でやらせてもらいました。
福西 先ほど話された太陽光発電装置と風力発電機の訓練はあったのですか。
船木 はい、太陽光発電装置や風力発電機の保守の訓練も受けました。その他に、除雪や荷物の搬入を他の隊員と一緒にやることになりますので、フォークリフトやブルドーザーなどの作業用車両の運転訓練も受けましました。
福西 いろいろな訓練を終えられて、1年間、昭和基地でやっていく自信はつきましたか。
船木 そうですね、昭和基地での越冬中にどんなことが起こっても何とかするという覚悟はできました。日本での訓練で十分に時間をかけられなかった部分は南極に行ってから、58次隊に日立製作所から派遣された江口隊員との引継で補いたいと思っています。
福西 日本での訓練の一つに観測隊員全員が参加する長野県松本市乗鞍高原での冬期総合訓練がありますが、雪中での訓練はどうでしたか。
船木 乗鞍高原では雪の中でいろいろな訓練をやりました。テントで一泊したり、スノーシューズを履いて、ビバーク訓練や山の中でロープを使っての木登りをやりました。また斜面を転げ落ちた場合を想定して、自分で這い上がる訓練やみんなで引き上げる訓練もやりました。危険なクレバスを想定した訓練もありました。
福西 そうした訓練をしているとだんだんと南極へ行く気分になってきますか。
船木 そうですね、3月の冬期総合訓練に参加し、6月の群馬県草津町での夏期総合訓練に参加し、ようやく南極に行くのだと実感しました。今は出発まで1か月ほどしかないのでちょっとドキドキしている感じです。
福西 南極観測隊では互いに協力して行う作業が多いのでチームワークが大切ですが、ここで3か月ほど一緒にいてチームワークはかなり出来てきましたか。
船木 かなりチームワークは出来てきたと思います。私が属する機械部門の隊員だけではなく、建築部門の隊員や観測系の隊員にも手伝ってもらわなければいけない仕事もたくさんあるので、積極的にコミュニケーションをとるようにしています。さらに、「しらせ」に乗ってワイワイガヤガヤ話していけばチームワークは出来ていくのではないかと思っています。
福西 「しらせ」にはすでに乗船しましたか。日立製作所は「しらせ」の電気推進装置の開発を担当しましたが。
船木 残念ながらまだ乗船していません。でも今週末の体験航海に申し込んで、乗れることになりました。
福西 船酔いは大丈夫ですか。暴風圏ではすごく揺れますが。
船木 ちょっとドキドキしています。弱いって言えば弱いですから。どれくらの期間で船酔いに慣れるのか心配です。

南極で体験したいこと

福西 南極では仕事以外にどんなことを体験してみたいですか。
船木 日常と違う、非日常を体験したいですね。例えばマイナス何十度とか、ブリザードとか、これまで日本で体験したことのないことを体験してみたいです。アウトドアも好きなんで、南極の自然を体験したいという好奇心がすごくあります。ペンギンが普通に歩いているのを見てみたいし。
福西 子供の頃を振り返ってみて、そういう冒険心や好奇心は子供の頃からあったんですか。
船木 あった方だと思います。それが続いて、今でもキャンプしたり山登りをしています。
福西 趣味は何ですか。
船木 キャンプと山登りです。山を走るのも好きですね。
福西 スキーはやりますか。
船木 時々やりますね。
福西 スキーを持って行くんですか。
船木 昭和基地には隊員が持って行ってそのまま置いてきたスキーがたくさんあるというので、それを借りようと思っています。
福西 越冬中のプライベートな時間にやることで、なにか用意したものはあるんですか。
船木 走りたいと思っているので、ランニングウエアを持って行きます。あとは釣りをしてみたいですね。釣り道具もあるらしいので。
福西 昭和基地にはなんでもあるんですね。
船木 こだわりがなければ、向こうでみんな調達できるらしいですね。でも心配して、これもいるかな~と詰めていると私物は5、6箱になってしまいました。普通の隊員は3箱ぐらいなんですが(笑)。
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昭和基地で球技を楽しむ(第59次越冬隊・船木隊員撮影)
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昭和基地で見かけるハチの巣岩(第59次越冬隊・船木隊員撮影)
福西 最後にお伺いしたいことですが、ご家族は応援してくれていますか。
船木 家族にはもう10年前からずっと南極に行きたいんだと言っていて、「行けるといいね」と言われていましたので、南極観測隊員に選ばれたことをとても喜んでくれました。でも南極に出発する日が近づいてくると、「1年半いなくなるという実感が湧いてきて寂しいね」と言われています。
福西 そうですよね。メールや電話などの連絡手段があるとしても、1年半会えないのはつらいですよね。でも南極観測隊に4回参加した私の経験では、会えないからこそより強く家族を思いやることができる気がします。
それでは、本日はお忙しい中でインタビューの時間を作っていただきましてありがとうございました。南極での活躍をお祈りしております。

船木 覚(ふなき さとる)プロフィール

1995年3月に株式会社日立製作所日立研究所に入社し、制御コントローラの研究開発に従事。2006年4月に同社情報制御システム事業部(現サービス&プラットフォームビジネスユニット)に異動、制御コントローラの設計開発・品質保証業務に従事。南極派遣への10年来の念願が叶い、晴れて59次越冬隊に発電機制御担当として参加。

インタビュアー:福西 浩(ふくにし ひろし)

プロフィール

公益財団法人日本極地研究振興会常務理事、東北大学名誉教授。東京大学理学部卒、同理学系大学院博士課程修了、理学博士。南極観測隊に4度参加し、第22次隊夏隊長、第26次隊越冬隊長を務める。専門は地球惑星科学で、地球や惑星のオーロラ現象を研究している。

南極と日立製作所

日立製作所は、1966年の第8次越冬隊から、のべ40名の隊員を南極地域観測隊へ派遣しています。
日立製作所から派遣した隊員は、設営・機械チームの一員として昭和基地の生活インフラを維持する業務に従事することが多く、現地では電気・生活用水・暖房などの生活環境維持のため、ほかの隊員と協力しながら、雪上車の整備、火災報知機や水回り設備の点検など、設営・機械チーム一丸となって昭和基地での生活環境の維持に貢献しています。
昭和基地においては、日立製の発電機、発電機制御盤といった機器を採用いただいており、日立の隊員はそれら機器の保守や運用の面で活躍しています。なかでも、発電機は隊員たちの生活を支える生活基盤のひとつとして、重要な役割を果たしています。また、日立の隊員は蛍光灯が切れたときに呼ばれるなど「電気の何でも屋」として仲間からも頼りにされています。
観測を終えて帰還した隊員は茨城県内の小学校や中学校において、南極の魅力を伝えるための講演会へも参加しています。子どもたちをはじめとした、幅広い世代へ向けて現地で活動した隊員の体験を伝えることで、普段はなじみのない南極の存在も、もっと身近に感じてもらえるよう、精力的に取り組んでいます。
日立製作所は、これからも隊員の派遣や設備の納入、南極観測を地域に伝える活動を通じて、南極における隊員たちの観測活動をサポートしていきます。

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