シリーズ「日本の南極地域観測事業を支える企業たち」第4回

ヤンマー株式会社~昭和基地の電力を守るディーゼル発電機~

第59次南極地域観測隊員インタビュー

越冬隊員 尼嵜 慶次

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昭和基地でディーゼル発電機を点検する尼嵜隊員(2018年3月)

ヤンマー株式会社は、エネルギー有効活用の先駆者として、ディーゼルエンジン、建設機械、農業機械、空調、発電システム等の分野で社会に貢献しています。このエネルギー有効活用技術を生かしたヤンマー製ディーゼル発電機が1984年に南極・昭和基地に導入されました。それ以来30余年にわたってヤンマーから派遣された南極観測隊員は厳しい環境の下で発電機をメンテナンスし、昭和基地の電力を守ってきました。この度は第59次越冬隊に尼嵜慶次さんが参加することになりました。そこで南極に向けて出発する直前に南極に懸ける思いを語っていただきました。

インタビューは平成29年10月19日に国立極地研究所南極観測センターで行いました。

インタビュアー:福西 浩

福西 南極に出発される直前のお忙しい時期にインタビューのために時間を割いてくださりありがとうございます。会社では現在どのような仕事をされていますか。
尼嵜 特機エンジン統括部の品質保証部市場サービスグループに所属しています。主に船舶用の発電機、漁船のエンジン、病院の医療発電機のエンジンなどで初期不良のクレームがあった場合に、修理や部品交換を行うサービス関係の仕事をしています。
福西 ヤンマーに入社した動機は何ですか。
尼嵜 私の父がヤンマーに勤めていたんです。日本各地だけでなく世界各国に出かけて、ほとんど家にいない状態でした。現地・現地・現地、出張・出張・出張、そういう仕事にすごい憧れがあったんです。自分もそういう仕事をしたいなと思いヤンマーを選んだのです。今の職場になるまでは下積み生活もありましたけれど、やっと南極まで行けるようになりました。
福西 お父さんに勧められたわけではないんですね。
尼嵜 勧められてはいないです。自分の意志で入りました。
福西 実際にヤンマーに入っていろいろな仕事をやってみて、自分に合っていると感じていますか。
尼嵜 ああ、もう自分では天職かなと思っています。

設営主任の役割

福西 第59次越冬隊では設営主任という大役を任されることになりましたが、設営主任とはどういう役目なのですか。
尼嵜 第59次越冬隊は越冬隊長のもとに、観測担当隊員14名、設営担当隊員17名の合計32名で編成されています。設営隊員は昭和基地のいろいろな設備を維持管理し、観測や越冬生活を支える役目を担っています。また昭和基地周辺の野外調査や南極大陸内陸部への調査旅行も支援します。そこで設営には様々な部門があります。昭和基地の発電機や車両などを担当する機械部門、建物の建設・維持を担当する建設・土木部門、環境保全部門、通信部門、LAN・インテルサット部門、多目的衛星アンテナ部門、調理部門、医療部門、野外観測支援部門などです。各部門は少人数ですので、部門の隊員だけではできない仕事が多く、互いに協力して様々なプロジェクトを実施していきます。設営主任の主な役目は部門を超えた調整です。また越冬隊全体の安全と生活環境を絶えず考え、隊員の生命と健康を守る意識を強く持つことも大事な役割だと思っています。
福西 大変重要な役割を担うことになったので責任を強く感じていらっしゃると思いますが。
尼嵜 今回は2度目の南極観測隊への参加ですが、自信よりも不安が大きいですね。よく観測隊は設営主任が隊の雰囲気を決めるとも言われていますし。でも各企業から来られる方はみんなプロの方たちばかりなので、それぞれの部門のことに関しては決して口出しはしないでおこうと決めています。調整役に徹したいと思っています。
福西 すでに1回越冬されておられるそうですが、最初に南極に行くことになった経緯を教えてください。
尼嵜 最初に南極に行ったのは今から10年前の第49次越冬隊です。当時、自分から南極に行こうとは全く思っていなかったんですが、ヤンマーには南極観測隊に参加したOBが20人以上おられて、その中の1人が、私が南極に向いているのではないかと候補者として上司に推薦してくれました。それで上司から南極観測隊に参加しないかと言われたのです。声をかけて頂いたのは幸せなことなのですぐに行く決心をしました。
福西 南極観測隊員になることは突然の話だったとのことですが、その時はどのようにして準備をしたのですか。
尼嵜 会社の代表として行く限りは失敗は許されないと思いましたし、責任ある行動をしようといろいろと勉強しました。特に主に担当する発電機のエンジンのことは会社の南極観測隊OBの方にも聞いて必死で勉強しました。
福西 それでは今回はどのような経緯で設営主任として南極に行くことになったのですか。
尼嵜 南極観測隊に毎年社員を派遣している企業がいくつかあるのですが、国立極地研究所がそれらの企業に設営主任になる人を推薦してほしいと依頼します。ヤンマーには昨年も一昨年も推薦依頼がありました。私の場合は家庭の事情や仕事の事情で昨年も一昨年もお断りさせてもらっていたのです。でも今回は3回目だったのでお引き受けしました。

昭和基地での仕事

福西 昭和基地では設営主任としての役割以外にどんな仕事をされるのですか。
尼嵜 発電機用エンジンの維持管理がメインの仕事です。昭和基地にはヤンマー製のS165L-UT×300kVA ディーゼル発電機が2台ありまして、それらの日々の維持管理を行います。また2台のヤンマー製の非常用ディーゼル発電機とそれに燃料を送油するためのポンプの維持管理もやります。その他に野外にある各観測小屋の発電機の維持管理の仕事もあります。
福西 昭和基地の心臓部である発電機のエンジンを維持管理する仕事はどういう所が大変なんですか。
尼嵜 基本的にはほとんどトラブルはないんですが、24時間何が起こるか分からない所ですね。その辺のプレッシャーを常に感じています。もしエンジンが止まってしまえば昭和基地のライフラインが全て止まってしまいます。水道も凍ってしまいます。歴代のヤンマー隊員が泊まる居住棟の部屋があるんですけど、そこだけに警報がついているんです。夜中でも鳴る。そういうプレッシャーを日々感じながら仕事をすることが最も大変なことですね。
福西 昭和基地には2基のディーゼル発電機があるそうですが、それを交代で運転するのですか。
尼嵜 そうです。1基が常に動いているんですが、500時間ごとにメンテナンスをやるためにそれを切り替えるんです。切り替えが終わった発電機のエンジンを整備して次の500時間に備えるというローテーションでやっています。
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ディーゼル発電機の点検作業(2018年3月)

59次隊の仲間と昭和基地での生活

福西 ここ国立極地研究所の隊員室に勤務されて3か月ちょっとですが、チームワークはかなり出来てきましたか。
尼嵜 自分で言うのもなんですけど、いいコミュニケーションが取れていると思っています。
福西 49次隊の時と比較して今回の59次隊はどんな雰囲気ですか。
尼嵜 そうですね、今回は設営だけで私と機械設備、調理、環境保全、野外観測支援を担当する5名が越冬経験者なんです。その方たちが、「昔はこうだった」などと言わず、私のことを立ててくれるのですごくやりやすいですね。59次隊は59次隊の明るい雰囲気をみんなで作っていきたいと思っています。
福西 今回の越冬ではプライベートで何か持って行くものはありますか。
尼嵜 今回はゲームくらいしか持って行かないです。
福西 趣味は何ですか。
尼嵜 趣味がないんですよ(笑)。趣味についてお話しできず申し訳ないです。お酒も飲まないんです。たばこは吸いますけど。
福西 昭和基地には喫煙ルームがあるんですか。
尼嵜 あります。49次隊の時は、普段私がいた隊員室とバーと、もう1つサロンという所があって、そこで吸えたんです。でも最近はそこも全部禁煙になって、小さな1部屋のみになったらしいです。
福西 南極に2度行かれる方は、1回目で日本では得られないものすごく貴重な体験をして、もう一度それを経験したいと応募される方が多いと思うんですが、いかがですか。
尼嵜 そうですね、もちろん南極の自然を楽しもうとは思っていますが、どっちかと言ったら自然を楽しむことよりも仕事への使命感の方が強いですね。
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秋を迎えた昭和基地風景(2018年3月)
福西 ご家族はどうですか。2度南極に行くことに関しては。
尼嵜 去年も一昨年も、また7、8年前にお誘いがあった時も大反対でしたね。
福西 今度は納得してもらったわけですね。
尼嵜 そうですね、まあ行って来たらって言ってもらいました。
福西 南極から家族への連絡手段としてはどんなものがあるのですか。
尼嵜 10年前の49次隊では電話とスカイプのチャットしかなかったんです。最近はLineも繋がるみたいです。
福西 1年4か月も家族と会えないということはかなりつらいことですが、便利になったコミュニケーション手段を十分に活用してください。

南極観測隊経験者としての活動

福西 ヤンマーからはたくさんの方が南極に行かれていますが、南極観測隊経験者の集まりはあるのですか。
尼嵜 ヤンマーの南極OBがつくるペンギンクラブというのがあります。年に2回くらい、南極から帰って来られた方と次に南極に行く方の慰労会兼激励会みたいな集まりをやります。また個人的ですが、小・中・高校で講演活動をされている方もたくさんいます。
福西 私はヤンマーの大阪本社を見学させていただいたことがあるのですが、自然エネルギーをできるだけ使った建物だったので大変印象に残りました。昭和基地は昔から少ないエネルギーで基地を維持する方法を追求してきましたので、ヤンマーが目指す方向と昭和基地が目指す方向が同じだと思いました。
尼嵜 そうですね。そういう所はありますね。ディーゼル発電設備や建物など、いろいろと省エネルギーの工夫をしていますので、帰国後は南極での自分の経験をいろいろな方に伝えていければと思っています。
福西 本日はお忙しい中でインタビューの時間を作ってくださりありがとうございました。南極での活躍をお祈りいたしております。

尼嵜 慶次(あまさき けいじ) プロフィール

1993年3月ヤンマー株式会社特機エンジン事業本部に入社。工場にてエンジンの組立作業に従事した後、第49次南極地域観測隊越冬隊発電機エンジン担当として参加。帰国した後、同社品質保証部市場サービス部に配属、現地クレーム対応作業員に従事。この度第59次南極地域観測隊越冬隊発電機エンジン担当兼設営主任として、10年ぶりの参加となる。

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左が尼嵜隊員(59次越冬隊)、右が鎌松隊員(58次越冬隊)。

インタビュアー:福西 浩(ふくにし ひろし)

プロフィール

公益財団法人日本極地研究振興会常務理事、東北大学名誉教授。東京大学理学部卒、同理学系大学院博士課程修了、理学博士。南極観測隊に4度参加し、第22次隊夏隊長、第26次隊越冬隊長を務める。専門は地球惑星科学で、地球や惑星のオーロラ現象を研究している。

ヤンマー株式会社紹介

ヤンマー㈱は、1912(明治45)山岡発動機工作所として創業しました。
1933年に世界初の小型ディーゼルエンジンを完成させ、1936年には現:尼崎工場が誕生し、ディーゼルエンジンの生産を行ってきました。時を経て現在、尼崎工場では舶用推進・発電用ディーゼルエンジンのほか、陸用・一般動力用ディーゼルエンジンやガスエンジン、ガスタービンを生産しています。
創業100年を迎えた2012年には、ヤンマーグループの社会的存在意義と使命を表したミッションステートメントを策定し、以降も「食料生産」と「エネルギー変換」の分野でさまざまな課題解決に貢献し続けています。そして2016年、未来につながる持続可能な資源循環型社会の実現に向けて、“A SUSTAINABLE FUTURE -テクノロジーで、新しい豊かさへ。-”を新たなブランドステートメントとして掲げ、各地域の特性やニーズにマッチした最適地生産・最適地調達を行い、世界中のお客様にベストなソリューションを提供しています。

ヤンマーと南極

1984年、昭和基地にヤンマー製発電機が導入されて以来、過酷な環境下で地球システムや環境変動の解明という重責を担う隊員の暮らしと命を支えつづけてきました。南極観測に貢献することは、わたしたちヤンマーの象徴であり、ブランドステートメントそのものです。これからも電力供給、コージェネレーションシステムを通じて、南極観測の発展に貢献していきます。

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ヤンマー工場棟
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