シリーズ「南極観測隊員が語る」第9回

南極越冬隊員の一番の楽しみは食事

第59次南極地域観測隊員インタビュー
越冬隊調理担当隊員 北島隆児 三原光司


北島隆児隊員(昭和基地にて)

三原光司隊員(昭和基地にて)

南極観測隊員に応募したきっかけ

福西 本日は南極への出発準備でお忙しい中、インタビュー時間を作ってくださりありがとうございます。第59次南極地域観測隊の越冬隊で調理を担当されるお二人ですが、最初に南極観測隊員に応募することになったきっかけをお話しください。
北島 私の方は今回が2度目の南極行きです。最初に南極に行ったのは8年前の51次隊の時でした。この時は前に働いていた職場のシェフの方に観測隊員に応募しないかと声をかけてもらったのがきっかけです。運よく調理担当隊員に選ばれ、昭和基地で越冬隊の料理を1年間作ったのですが、すごく喜んでもらったんです。越冬隊の最大の楽しみは食事ということもあって、観測隊員のお母さんみたいな、そんな感じで料理を作りました。その素晴らしい体験が忘れられず、もう一度自分が作った料理を食べてもらいたいと思い今回また応募しました。
福西 三原さんはどういう動機で観測隊に応募されたのですか。
三原 今から30年位前のことですが、最初に入った会社が当時は毎年南極に調理担当隊員を派遣していまして、何人も先輩が南極に行っていました。その先輩たちから南極の話を聞いているうちに、自分もいつか行ってみないなと思うようになったんです。実は8年前に北島さんに南極観測隊員への応募を勧めてくれた先輩が私の先輩でもあり、今回は私に南極観測隊員への応募を勧めてくれたのです。

料理人への道

福西 それでは料理人への道を歩み始めたきっかけを教えてください。
北島 小さい頃のことですが、両親が共働きをしていたのでお腹がすくと自分で何か作ることが多かったんです。それで料理をやってみたくなったんです。それにちょうどその頃、1990年代ですが、テレビの料理番組が増えたんです。「料理の鉄人」やTVチャンピオンなど伝説のテレビ番組を見て、料理人になりたいと思ったのです。
三原 私の方は、母と祖母が料理好きで、食事は全部手作りでした。父は釣りが好きで、私を良く釣りに連れて行ってくれたのです。釣りから帰って来て、母親に教わりながら魚をさばいて、それで料理が好きになりました。
福西 専門の料理は何ですか。
北島 初めはフレンチをホテルでやりましたが、同じホテルのイタリアンに移り、その後はいろいろな料理をやったので、基本的には何でも屋さんです。最近は横浜の方にあるケセラセラというスパニッシュダイニングの店で料理長をやっていました。
福西 三原さんの専門は何ですか。
三原 私もフレンチから入ってイタリアンをやって、ハワイアン、ステーキハウス、鉄板焼き、いろいろやりました。
福西 お二人とも幅広いですね。そうした経験を生かして現在は南極に持っていく様々な食材を調達する作業を進めされておられますが、どのように調達されるのでしょうか。

食材の調達

北島 だいたい2か月くらいの間に購入する食材のアイテムを決め、発注、納品までやる必要があるので、これまでの観測隊のリストをみながら、越冬隊の人数を考慮し、これは要るか要らないか、こういう食材はもうちょっと多くしようか、二人で話し合って決めていきました。
福西 現在越冬中の観測隊からはどんなアドバイスがあるのですか。
北島 足りなくなった食材や余った食材のリストを送ってくれます。
福西 どんなものが不足したのですか。
北島 鶏肉がもうなくなったそうです。58次隊は自分たちの越冬中の食事を作るだけでなく、59次隊の先遣隊が航空機で11月に昭和基地に入り3か月にわたるドームふじ基地までの内陸旅行を実施するための旅行食作りもやったからです。何千食も作るので、昭和基地の予備食まで使い、鶏肉はなくなってしまったとのことです。
福西 越冬隊員の好みを食材の調達段階でどのように反映させるのですか。
北島 夏の総合訓練の時に越冬隊員に食事調査を行います。好きなもの嫌いなもの、どんなものを持って行ってほしいか記載してもらいます。
福西 その結果はどうでしたか。
三原 嫌いなものはほとんどなくやりやすい感じですね。
北島 そうですね、しいたけが嫌いという人が一人いたくらいですね(笑)。
三原 アレルギーの人も一人しかいなかったですね。
福西 アレルギーの方もいらっしゃるんですか。
北島 甲殻類アレルギーですが、生でなければ食べられるとのことでした。
三原 そんなに厳しいことではないですね。
福西 南極持って行くのに不向きな食材はあるんですか。
北島 冷凍できる食材は問題ありませんが、こんにゃくなどは冷凍にできないので冷蔵で持って行きます。でも賞味期限が切れてしまえばそれで終わりになります。

酒類の調達

福西 酒類の調達はどうですか。最近の観測隊は昔ほど呑む人が少なくなったと聞いたのですが。
北島 いや~(笑)呑む人は呑みます。本当に呑めないって人も中にはいらっしゃいますが、59次隊は呑む人の方が多い気がしますね。
福西 どんなお酒を用意するんですか。
北島 日本酒もワインもビールも持って行きますが、ビールはどうしても味が変わってしまうので少し控え目です。大体5種類の450ケースくらいを調達しました。
福西 日本では最近ワインの愛好者が増えていますが南極観測隊ではどうですか。
北島 ワインの購入量は増えています。昔はやはり日本酒が多かったと思います。

昭和基地でのメニュー

福西 昭和基地での毎日のメニューですが、日本でだいたいは決めるのですか。
北島 いいえ、日本で決めることはしていません。
福西 それはどうしてですか。
北島 前回の51次隊の時もそうだったのですが、1年分の食材を購入して持って行くので冷凍庫や冷蔵庫が一杯になってしまいます。特に冷凍庫が目一杯になってしまうんです。野菜・肉・魚と分けて段ボールに記載して冷凍庫に収納するのですが、メニューを決めてからその食材を探そうとするとどこにあるか分からなくなってしまいます。そこでまず冷凍庫の中に入って、取り出しやすい食材を見てからメニューを決めます。前日にメニューを考えて段取りを組んで作る場合や、冷凍庫の中でメニューを考えたりすることもあります。
福西 和食か洋食か、その日のお楽しみということですか。
北島 基本的にそうですね。
福西 6月21日の夏至の日を中心に数日間を南極ではミッドウインター祭として盛大にお祝いしますが、昭和基地ではどのような料理を提供しようと考えていらっしゃるのですか。
北島 和食専門の調理隊員と洋食専門の調理隊員がいる観測隊では、それぞれがコース料理を作ります。今回は2人とも専門は洋食なので、和のコースと洋のコースを2人で一緒に作ろうと話はしています。でもまだ細かくは詰めていません。
三原 ミッドウインター祭用の特別のワインも用意しました。

昭和基地のミッドウインター祭で初めての野外でのコース料理(2018年6月)

メインディッシュのステーキ

野外でのミッドウインター祭コース料理

野外でのミッドウインター祭コース料理であいさつする北島隊員
福西 季節感を出すためにいろいろと考えられると思いますが、正月料理はどうされるのですか。
北島 正月はおせち料理を出しますのでその具材は用意しました。
福西 フジパンは第8次南極観測隊から50年間にわたって毎年冷凍パンを提供してくださっていますが、59次隊でも朝食に出す予定ですか。
北島 最近の観測隊では朝食は必ずパンという人も多いですね。フジパンからはいろいろな種類のパンを寄贈していただいたのですごく助かっています。
福西 夜勤の隊員のための夜食の用意もありますね。
北島 そうですね。気象庁から来られた隊員さんは常に24時間体制で勤務されておられるので夜食は用意します。
福西 生野菜の水耕栽培も最近やっていますね。どの程度利用できるのですか。
北島 水耕栽培は生活係の農協係が担当します。昭和基地に現在いる58次隊の農協係と相談して持っていく種の種類など決めているようです。去年はきのこの菌も持って行ったという話を聞きました。

昭和基地での越冬生活

福西 今回初めて南極観測隊員になった三原さんはどの辺が大変だと思っていますか。
三原 不安はないですね。一度経験されている方が一緒なのでかなり心強いです。いろいろと助けてもらっています。
福西 59次越冬隊は全員で32人ですが、32人分の料理を毎回作るのはかなり大変ですね。
北島 隊員の皆さんにもよく言われるんですが、実は32人分の料理ってあまり大変ではないんです。基本的に同じメニューなので。レストランで働いていて、オーダーで飛んだ来た方が大変なんですね。昭和基地では調理担当は二人しかいませんが、段取りを上手く組めばそんなに苦じゃないですね。
三原 私も同感です。それぞれ違うものを作るのではないので。
福西 昔の観測隊では日曜日を調理隊員が休む日にして他の隊員が作るというようなことがあったんですが、今回はそういうやり方はしないのですね。
北島 基本的にはシフト制にして一人で作り休みを回していく予定です。日曜日に関してはこれまでの観測隊と同じようにブランチにします。普段の日は朝食は7時、昼食は12時ですが、日曜日は朝食と昼食を一緒にしたブランチが11時になります。
福西 隊員に特に作ってもらう必要はないということですか。
北島 そうですね。でも本当に料理好きの方が多いので、じゃ2人で野外調査旅行に出るよ、と話はしてるんですけど(笑)。
福西 料理教室なんかは考えていないのですか。
三原 やりたいですね。シュークリームの作り方覚えたいとか、あれ覚えたいとかいろいろな話がありますので。
福西 休みの日に何かやろうと思って用意した物はありますか。
北島 特にないですね。前回の51次隊の時もそうだったんですが、休みの日は洗濯したり、他の観測の人たちも1人か2人で作業されているので、その人たちの手伝いをしたりして気分転換をしようと思っています。他にも、屋外に水を貯めている大型の水槽があるんですが、水を使うとどんどん少なくなってしまうので、雪かきをして水槽に雪入れをしようと思っています。
福西 三原さんはどうですか。
三原 ゲームや楽器や自転車を持って行く隊員はかなりいますが、昭和基地にギターがあるというので、楽譜を持って行って弾こうと思っています。


ドームふじ基地へのルート上にある中継拠点までの内陸旅行に参加した三原隊員(2018年10月)
福西 本日は出発準備でお忙しい中でインタビューの時間を作ってくださりありがとうございます。南極に駆ける思いが伝わってきました。昭和基地での楽しい越冬生活をお祈りしております。

北島隆児(きたじま りゅうじ)プロフィール

1977年生まれ、佐賀県出身。小学生の頃父の転勤で埼玉に引っ越す。調理師専門学校卒業後、ホテル、イタリアン、アジア料理店で料理を学び、2009年に第51次南極観測隊の越冬隊に調理担当として参加。帰国後、レストランウェディング、スパニッシュダイニングで働く。2017年に第59次南極観測隊の越冬調理担当隊員として2度目の南極を経験する。

三原光司(みはら こうじ)プロフィール

1989年に神奈川県立柿生高等学校を卒業。1990年に東京調理師専門学校を卒業し、株式会社東条会館に入社。1999年に株式会社スティルフーズに入社。2017年に第59次南極観測隊に越冬調理担当隊員として参加。

インタビュアー:福西 浩(ふくにし ひろし)プロフィール

公益財団法人日本極地研究振興会常務理事、東北大学名誉教授、日本地球惑星科学連合フェロー。東京大学理学部卒、同理学系大学院博士課程修了、理学博士。南極地域観測隊に4度参加し、第22次隊夏隊長、第26次隊越冬隊長を務める。専門は地球惑星科学で、地球や惑星のオーロラ現象を研究している。

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