シリーズ「極地にチャレンジする大学院生たち」第2回

海氷下における魚類の行動・生態の解明

浅井咲樹(第60次南極地域観測隊 夏隊同行者 大学院生)

昭和基地前の海氷にて(2019年2月)

 初めての南極は一言で言い表すと「知らない世界」であった。一面を氷に閉ざされた海、水族館や動物園でしか見たことがない野生の動物たち、どれをとっても新鮮で胸を躍らせる景色が広がっていた。今回はJARE60の夏隊同行者で参加したが、南極に行きたくても行けないという人がたくさんいる中、大学院生という立場で参加させてもらえたのは幸せ者だったと思う。

 萌芽研究課題として「海氷下における魚類の行動・生態の解明」を目的に調査を行なったが、萌芽研究ということもあり、何度も観測隊に参加している人でも私たちの存在は真新しいものであったらしい。そのため、今日は何をするの?どんなことをするの?と興味を持ってもらえ、隊の中では「おさかなさんチーム」と呼んでもらえるのが嬉しかった。私たちの研究では音響機器を用いて魚を追跡する。魚に超音波発信機を装着し、それらの超音波信号を取得する受信機を海中に設置して、遊泳深度や追跡範囲内の魚の位置を把握している。魚の行動追跡手法としてよく用いられる手法であるが、南極での調査例はごくわずかである。そのため、ほとんど海氷下の魚類調査を行うノウハウが無い状態で臨んだ調査であったが、たくさんの人に助けられ何とか成果を持ち帰ることができた。

 海氷下の魚を調査するためにはもちろん海氷にでないといけない。海氷作業を行うにあたり、昭和基地に着いたらまず海氷安全講習を受けた。島と海氷の境にはタイドクラックがあり、視認できるほどのはっきりとした亀裂が走っていた。一見ただの亀裂に見えるが、クラックの手前を掘るとぽっかりと大きな穴が現れた。安全そうに見える場所でも真下には空洞が広がっているかもしれないということを目の当たりにした瞬間だった。もちろん南極で調査をすることに対する期待や高揚感はあったが、一方で常に危険と隣り合わせであるという不安が大きかった。調査を進めるにも毎日遅くまで3人で意見を言い合いながら安全第一で方針を決め、海氷状況の確認や観天望気は欠かさず行った。判断するときは臆病なくらいが調度良いと言われたがその通りだと思う。海氷安全講習の後は、移動で使用するスノーモービルの講習を受け、調査の準備が整った。

写真1.調査範囲の選定作業(2118年12月)

 調査初日はFA(フィールドアシスタント)の支援の下、調査範囲の選定と穴あけ作業のテストを行った。この時は移動にスノーモービルを使わず、小さな橇を引っ張りながら徒歩で海氷探索をしていた(写真1)。調査では何か所も穴開けを予定していたため、あまり氷が厚くない場所が良い、でも夏期間に氷が溶ける心配もあるので薄すぎず1.5mぐらいの場所が良いと考えていたがこれが難しかった。海氷は薄いところで1m弱、厚いところで7mもあったが、実際の厚さは穴を開けてみないと分からないからだ。何とか調査範囲を決定し、必要な場所にアイスオーガを使って穴を開けたが、これがかなりの重労働(写真2)。雪の層はすんなり穴が開くが、氷の層になった瞬間ドリルが進まなくなる。そうなると腰にきて辛い。

写真2.アイスオーガによる海氷穴開け作業(2019年1月)

 穴が開いてからは、受信可能距離のテストや受信機の設置方法の検討、そして釣りによる供試魚の確保を行った(写真3)。そして釣れたショウワギスとヒレトゲギスの腹腔内に外科的手術で発信器を挿入し、穴から放流した。調査の結果、放流個体の移動軌跡を測位してみると意外と動き回っているような結果が得られ、調査期間中にも放流した穴とは別の穴で再捕獲されることがあった。行動要因はまだはっきりとは分かっていないが、海底地形や餌場、水温変化、潮流など様々な要因が挙げられる。南極の魚類行動研究に関しては未だ知見が少ないため、今後新しい発見があることを期待している。

写真3.受信機を取り付けたショウワギス(2019年1月)

 昭和基地の生活では居住棟に部屋をもらい、夏期間を過ごしていたが快適であった。節水は心掛けないといけないが、食事は美味しいし、お風呂も洗濯も生活するうえで不自由しなかった。もっと不便な生活を覚悟していたので拍子抜けしてしまった。ただ一つ困ったのが白夜で体内リズムが狂ったのか、軽い不眠症になってしまったことである。それでも毎日朝から晩まで活動していたが、一度も苦に感じることはなく充実した日々を送ることができた。基地生活の朝はラジオ体操と朝礼から始まる。朝礼の最後にはペアを組んで服装チェックを頭の方から順番に指差し確認をしていくのだが、最初の頃は早すぎて何を言っているのか分からず呪文を唱えているようだった。1か月も経つと自然と口が呪文を唱えており、滞在期間の長さを感じたものだ。

 1月後半からは海氷の状態が悪化し、実験ができなくなったため私も基地内の作業支援にまわっていた。終わりの見えない雪かきやアンテナの解体、自然エネルギー棟の屋根作業など国内では経験できないようなことをさせてもらった。日本を出発した時よりも心なしか逞しくなれたのではないだろうか。観測隊は言わばプロの集まりだった。学生だからとか女性だからといった扱いはされず、全員が対等な立場で観測隊行動にあたっていた。一人の研究者として意見を尊重してもらえる環境は、色々と至らない点に自分の未熟さも感じたが今後に繋がる良い経験となった。南極での経験は私にとってかけがえのないものであり、全てが楽しかった。JARE60に参加できて本当に良かったと思う。

 

浅井 咲樹(あさい さき)プロフィール

生まれも育ちも東京都。東京海洋大学大学院海洋科学技術研究科応用環境システム学専攻博士後期課程2年。南極地域観測隊は第60次隊が初めてで、夏隊同行者として参加した。超音波バイオテレメトリーと呼ばれる音響機器を使った魚類の行動追跡や水中モニタリングなどを専門に研究している。

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